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森の『笛吹き男』

 


「どうもその方、王様の器になかったって感じでしょうか?

 たぶん『尾羽のヒュー』さんと戦ってなくても、折を見て暗殺されちゃってたでしょうね。

 どうして二代目さんは、その方を後継者に指名したんでしょう?」


 なかなかいい質問だが、サゲンの返した答えは、詰まらないほどありきたりなものだった。


「それはな、血筋だ。三代目は初代魔王の甥、つまり二代目から見ると従兄弟にあたる方だったんだ……

 大戦の後、二代目は身も心も憔悴してたそうでな。

 本人が頼りなくても優秀な部下たちに任せておけば大丈夫だろうと踏んだらしい。あまりいい結果にはならなかったがな」


「ふーん、なるほど。血筋がいいからって、中身が伴っているとは限らないっていう、いい例ですねえ」


 ミアにつられて、アキナとコルルも頷いている。


「その辺は魔族と人間も変わんないのね」


「そりゃそうさ。魔族も元は人間だもの、やることは同じなんだよ」


「そっか、人間だから―――えっ!!?」


 あまりに自然にブッ込まれた爆弾発言に、アキナならずとも全員が顔を上げてコルルを見た。

 目を皿のように丸くしている冒険者達を、コルルは呆れ顔で眺める。


「何だね今更。それだけ魔族の研究が進んでるんだから、知らないはずないだろうに」


「そ……それは、確かにその、そういう話は聞いたことあるけど」


 一番焦っているアキナですら、魔族は人間から派生した種族である、という仮説はこれまでに何度も耳にしたことがあった。


 冒険者パーティーと対峙した上級魔族が、自分はどこそこの地方で領主をしていた、と語ったので後で調べてみたら、確かに同じ名前で外見の特徴も一致する領主が過去に実在しただとか。


 城内で負傷した戦士が、「私はあなたの祖父の妹です」と名乗る若い女性魔族に助けられ、無事に城外へ脱出できたとか。


 そんな話はゴロゴロと転がっている。あくまでも噂に過ぎないし、あまり深く考えないようにしていたのだが―――いや、本当はそうじゃなくて―――


「信じたくなかったんですよね」


 溜め息混じりに、アキナは本音を口にする。


「もし魔族が元は普通の人間だって言うなら、あたし達は300年の間ずーっと、人間同士で相争ってたことになる……

 これから城に入ってしまえば当然、今よりずっと高い頻度で魔族と戦わないといけないのに、相手が同じ人間だっていうなら、そんなこと……」


「それは魔族こっちだって一緒だ」


 自分の言葉に引っ張られ、だんだんと落ち込んでゆくアキナを気遣い、サゲンが優しく声をかけてくれる。


「元々は同じ種族だと解ってる上で戦争を仕掛けたり、城内に入ってきた冒険者を殺したり、捕まえて酷ぇ目に遭わせてきたんだ。

 だからお互い様ってやつだよ、お前らが気に病むことじゃねえ。

 俺だってこれまでに挑んできた奴は全力で倒して来たし―――


 ……これを言うと言い訳になっちまうが、城で働いてた時は普通の獣人だった頃のことなんかすっかり忘れちまってたんだ。

 最近になって何故だか色々思い出してきたんだけどよ」


 ノブはハッと顔を上げ、サゲンへ視線を向ける。


「思い出したって、それはいつ頃からですか?城を出てから?」


「ん?そうだな……」


 サゲンは腕を組んで、よくよく記憶を探ってみる。


 暗闇に閉ざされた長い廊下を、武具をまとい格下の兵士を引き連れて闊歩していた頃、自分は魔族でしかなかった。

 城の外に思いを馳せることなど一切なく、王に忠誠を尽くしていた。


 しかし、幼い息子の手を引き命からがら城を抜け、周りをぐるりと囲んでいる『魔の森』を後にして、何十年ぶりかの陽光を浴びたその時―――


 ……頭の中にもやもやと巣食っていた黒い霧が、スッと晴れていくような、何とも清々しい気分になったものだ。

 そして目の前が晴れると同時に、自分がかつてはただのきこりで、ここより遥か遠く、大陸の南端にある村で生まれ育ち、暮らしていたことを思い出した。


 それが一変したのはあるどんよりと曇った秋の日のこと。

 いつものように村の近くの森で木を伐っていたら、ボロボロのローブを着た男が枯れ葉の上に倒れているのを見つけた。


 年齢は恐らく五十そこそこ、痩せこけて肌の色も悪く、この辺では見かけない顔だったが、放っておくわけにもいかない。

 助け起こして水を与え介抱すると、男はいたく感謝してくれて、自分は旅の商人だと名乗った。


 商品を乗せた荷車をロバに引かせ、売り歩きながら各地を転々としており、次の商売先を探してこの近くを移動していたところ、恐ろしい魔物に襲われた。

 荷車を捨てて何とか身一つで逃げ切ったものの、ここまで来て足がもう言うことを聞かなくなり、行き倒れていたのだそうだ。


 もはやここで死を待つばかりと思っていたところ、あなたのおかげで助かった。

 命の恩人にお礼をしたいところだが、あいにく財産といえるものは全て失ってしまった。せめてこれを、受け取ってくれないか―――


 そう言ってローブの裏に吊り下げていたガラスの小壜を差し出して来たのだ。


 これは特別な酒だ、と商人を名乗る男は言った。

 とても貴重で、高価で、滅多に手に入らない。

 一口飲めば辛いことも悲しいことも忘れて、楽しい夢が見られる。騙されたと思って試してみてくれ、と。


 半透明のガラスの向こうに透けて見える液体は、不気味な黄緑色に光っており、とても飲んでもいい物とは思えなかった。

 しかしその怪しげな光は奇妙な魅力でサゲンの心を惹きつけ、誘われるまま手を伸ばし、不自然なくらいにこやかに笑っている商人から受け取った。


 蓋を開けてみれば、えも言えぬ甘い芳香が壜の中から漂い出し、なにか変だ、ダメだと思いつつ、誘惑に抗えず口をつけて飲み干してしまって―――気づけばまったく見覚えのない、暗い城の中に居たのだ。


 その取り戻した記憶を洗いざらい話すと、ノブ達同様に初耳だったコルルが、悲しそうに目を伏せた。


「あんたそりゃ、『笛吹き男』にやられたね」


「笛吹き男?童話に出てくるやつか?」


 サゲンにはさっぱり心当たりがない単語だが、コルルはその正体を知っているようだ。


「そう、お伽話にちなんでそんな名前を使っているけど、要は人攫いさ。

 有能な魔族になりそうな人間や獣人を選んで、誘惑の術やら薬やら使って城に連れてくる連中だよ。

 アンタはガタイがいいし、見るからに力持ちだから目をつけられちまったんだね。気の毒に」


「いや、そんなことは……」


 別にあれで良かった、というのがサゲンの本心だ。

 城に入る前はどこにでもいる貧しい樵でしかなく、老いて朽ちるまで働くだけの一生だったろうが、魔族になってからはそれなりの苦労はあったものの、努力に見合う評価をされ、地位と家族を得られた。


 だからあの時、あの男に出会い、薬を飲んだことを後悔はしていない。

 最近の数年を除けば、魔王城で過ごした日々は、身に余るくらいの幸せだった……


 そうは思うが、さすがに冒険者達の前でそんなことは言えず、ひとまずその辺の気持ちは胸の内に仕舞い込み、黙っておくことにした。


「あんたはどうなんだ、婆さん?やっぱりその笛吹き男とやらに城へ連れてこられたのか?」


 話題を逸らすために問うと、コルルは首を横に振った。


「いいや、アタシは自然とこうなっちまったクチさ。300年前、どういうわけかアタシみたいに姿形が変わって変な能力チカラを使えるようになる……まぁ病気というのかね。それが、この辺りの地方で流行ってねえ。

 病を免れ普通の姿を保っている連中は、変わってしまった者達のことを恐れたのさ。


 変化した者達を『忌み人』って呼んで、片っ端から追い払ったり殺しちまったりするもんだから、事態を重く見たこの辺の地方の領主だったビクトリオ・フェレス公が、領民を哀れんで大きな城を建て、そこに『忌み人』になった者達を集めて立て籠もっちまった。

 それが魔王城の始まりさ」


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