伝説の勇者『尾羽のヒュー』
* * *
「うん……まあ、いいと思うよ」
ノブが帳面に書きつけた簡単な年表を確認し、コルルは軽く頷いた。
「他にも細々といろいろあったけどさ、全部話してたらキリがないからね」
「ふ~~ん……こうやって見ると、三代目から四代目にかけての80年間って、城の内も外もそこそこ平和だったんだな」
ノブが作った即席の年表を覗き込みながら、テリーがしきりに感心しながら言う。
「そりゃ『炎雷の舞踏』が決着ついてからは人間側も大変な思いして復興に当たってきたって話だけど、それでもこの80年で劇的に文明は進歩した。
もしも三代目の魔王がもう少し長生きしてたらどうなってたかわからないけどさ、次に立った四代目の魔王っていうのはこっちから見ても有り難い存在だな」
「……だからこそ、城内の過激派からは嫌われてたんだよ」
三代目が暗殺されるより少し前に城へ入り、四代目の王に長く仕えてきたサゲンは、当時のことを思い出しながら客人たちへ語り聞かせる。
「四代目は戦いに不向きな下級層へ心を寄せ、暮らしぶりを良くするために城を修繕・改築したり、可能な限り敷地内で自給自足できるよう畑や畜産施設を増設・整備してくれたおかげで俺たち魔族は大戦後の大変な時期を乗り切ることができた―――と、ここまでは良かったが、その後がな。
人口が増えて有能で野心的な若者も多くなって、強い武器を造るための技術が向上しても、陛下は城外へ攻撃の目を向けることはなかった。
それが血気盛んな若い連中には不満だったんだな。
先の戦で家族や友人を失い、その報復を狙ってる奴も多かった。
かく言う俺も所帯を持つ前は、戦場で手柄を上げたい、なんて願ってウズウズしてた時期もあった。
……今思い返してみれば軽率な考えだったがな―――とにかく、四代目ってのはお優しい方だったんだよ。
三代目と交代した時もその側近や支持者を粛清・追放したりしなかったし、自分の命を狙って城内へ侵入してくる冒険者達すら、なるべく死なせずに帰していたし。
冷酷で厳しい他の魔王とは違った……違ったからこそ疎まれて追い落とされちまったわけだ」
「側近と、支持者を追放」
興味深い話の中でも、特に気になった単語を繰り返し、ノブはサゲンに質問する。
「それって、四代目以外の魔王は、皆やったことなんですか?」
「ああ。まあ先代の時代は終わったってことと、自分に逆らえば城に居場所はないぞって下の者たちへ伝える、いわばパフォーマンスみてえなもんだ。
こう言っちゃ何だが、身体が衰えて戦闘能力落ちた戦士とか、古い考えで凝り固まって新しいモノを開発できなくなった技術者とか、足手まといになってる連中が選ばれることが多いな。
才覚のある者は、まず対象にならねえ」
「はあ~~、なるほど」
断定してしまうとちょっと可哀想な気もするけど、先日のモグラ科学者は後者なんだろう。
彼と同年代の魔族が、ほぼ同時期に城から消えた理由を、『魔王の代替わり』が起こった故だと睨んだノブの読みは当たったようだ……もっとも、二代目と三代目が切り替わった辺りでも同じような現象が確認されているので、『大戦が終わるたびに魔王が替わっている』という説と並んで、以前から提唱されてきた仮説の受け売りに過ぎないが。
それにしても、これでだいぶ、スッキリした。
二十年前に『魔王の代替わり』が起こり、その三年後に―――寿命が長い魔族の感覚からすると、“直後”と言っていいだろう―――タンダ村は襲撃された。
これがもし、モウグスの村なら『進軍の手始めに近くにある村を一つ落とした』という流れで納得できるのだが、タンダ村は魔王城から見れば東の果てにある、山間のごく小さな村に過ぎない。そんな村が、何故―――?
コルルに訊いてみようか。でも、これ以上知ってしまったら例のフラグが―――いや、でも、もう、さすがに今更という気もするし―――いつもの悩みのループに嵌まってしまったノブを差し置いて、アキナがコルルに顔を向ける。
「コルルさん、確か百年前に城を出た、って言ってましたよね?
ひょっとしてその、代替わりの時の追放で……?」
心配そうな表情を浮かべているアキナに、コルルはふるふると首を横に振った。
「うんにゃ。アタシは戦乱のドサクサに紛れて逃げ出したクチさ。
あの頃の魔王城は来る日も来る日も武器の準備やら輸送物資の補給、傷病兵の世話とかね、城外で戦ってる男共の後始末に明け暮れるばっかりの毎日で嫌気が差してねえ……一人になってゆっくりしたいばっかりに、思い切って脱け出したのさ」
コルルが自分の意志で城を出たと聞けて、アキナはホッとしたようだ。
次いで、ノブが書いた年表をじっと見つめていたテリーが顔を上げた。その視線は、サゲンに向けられている。
「あの、俺も一つ、質問していいですか?」
「何だ?盗賊」
「この、三代目が暗殺された時って、今から70年前くらいで、ちょうど有名な剣士『尾羽のヒュー』が活躍した時代なんですけど、何か関係あったりします?」
サゲンは顎を擦って考える素振りを見せるものの、結局は首を傾げた。
「『尾羽のヒュー』……?聞いたことねえな」
「えーっと、今まで城に入った冒険者で唯一、魔王の玉座に辿り着いて、その顔を目にしたって人なんですけど」
「玉座に?……おお」
思い当たる人物が居たらしく、サゲンはぽんと膝を打つ。
「そりゃあ、『キジ羽の双剣士』のことか」
「あっ、そういう風に呼んでるんですね?そっちのがカッコいいな」
サゲンを見ているテリーの目が、少年のように輝き出す。
二人が話している『尾羽のヒュー』というのは、70年前に活躍した剣士だ。
田舎の農村出身で、努力の末に我流で二振りの剣を扱う戦闘スタイルを確立し、旅を進めるうちに信頼できる仲間も得て魔王城へ入城。
並み居る敵を薙ぎ倒し、ついには玉座の間へ辿り着いたという、エーヤンで育った者なら誰でも知っている英雄だ。
雉の尾羽を使った髪飾りを着けていたことから、その二つ名で呼ばれている。
高貴な家柄の出身でなく、己の腕一本で魔王に肉薄したという彼は庶民から人気があり、テリーも憧れの勇者だと普段から公言している。
本人を見たことはないが、と前置きしてから、サゲンは『尾羽のヒュー』について詳しく語ってくれた。
「関係あるというか、三代目の治世が長続きしなかった一番大きな原因、と言っていいな。
お前さっき魔王の顔を目にした、って言ってたけど、実際はそんな小さなコトで済んじゃいねえぞ。
剣を交えて、あろうことか瀕死の重傷にまで追いこんじまった。
すんでのところで幹部の増援が間に合わなきゃ、そのまま倒されてたろうよ」
「ええっ!?すげえ!!!」
思わず大声を出してしまったテリーは、興奮を抑え切れずグッと身を乗り出す。
「そ、それで、魔王を追い詰めて、ヒューはどうなったんですか!?
俺の知ってる話だと、あえなく城内で殺されてしまったとか、ひどい怪我を負ったものの上手く城から抜け出して、故郷へ帰ってひっそり暮らしたとか、色々なパターンがあるんですけど」
判然としなかった憧れの英雄譚の結末が、ついに明らかになると胸を高鳴らせるテリーだが、サゲンは肩を竦めてしまった。
「さあな。何でも、幹部が到着した時には忽然と消えていたらしい。
お前が聞いている通り、大怪我はしていたみたいだから城のどっかで力尽きたか、それとも外へ逃げおおせたか……ハッキリしたことはこっちでも判ってねえな」
「ありゃ……そうですか」
うっかり大きく期待を膨らませたばかりに、反動で意気消沈してしまったテリーを、「そうがっかりすることはねぇぞ」とサゲンは慰める。
「死んじまったにしろ生き延びたにしろ、魔王を追い詰めたってのは事実だ。
三代目はその、二代目と比べたらお世辞にも名君とはいえない方だったから、大怪我して寝たきりになったのをこれ幸いと、看病の合間に毒盛られて殺されちまった。
だから実質的には『キジ羽の双剣士』が倒したようなもんだ」
「……なんかお話を聞いてるだけだと、お気の毒になってきちゃいますね。三代目の魔王さん」
二人の話に黙って耳を傾けていたミアが、難しい顔をしながら口を開く。