第一回宿屋会議④
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「また全滅だあ!!!」
またも同じ言葉が三人の口から飛び出た。今回、特に取り乱しているのはミアだ。
「せっかくいい感じに仲良くなってたのに……これじゃ、これじゃあ、
“メインキャラのイケメンに惚れているのに、ヒロインもそいつのことが好きだと知っているから身を引いてキューピッド役に回って、そのうち何となくサブキャラ男子とくっつくヒロインの親友”みたいじゃないですか!!」
青ざめて叫ぶミアが出した例えは、何となくアキナにはわかったがテリーはポカンとしている。
「あ、うん、そうそう」
そうは言うがノブもピンと来ていない様子ではある。
「えーっと、『ナ○ト』の『山○○の』みたいなことでしょ?違う?」
具体例を出してはいけない。だいたい合ってるけどやめろ。
それはともかく架空の映像とはいえ悲惨な死に様を見せられ、ミアと同様に顔色の悪いテリーがノブを仰ぎ見る。
「お……教えてくれ、ノブ。その後はどうなるんだ。ウィルたちは仇を取ってくれるのか!?」
仇もクソも、まだ死んでいないからと突っ込む気力はもうアキナにはない。
ノブは少し考えてから、神妙な顔で答えた。
「魔王城に入って折り返し地点くらいで再び戦闘になるもわずかに力及ばず、あわや全滅」
「そんな……ウィル……」
「でも調子に乗ったデイアモスが、保存しておいた俺たちの生首を見せつけてきて、ブチ切れからのウィル覚醒、パワーアップ。
デイアモスを倒してパーティーは二回りくらい成長し強くなる」
「ウィ、ウィルーーーー」
テリーの両目から、歓喜の涙が溢れだした。
「よくやってくれた、お前たちこそ、お前たちこそ……真の英雄だ!!」
「おい落ち着け!アンタちょっと入れ込み過ぎよ!?」
さすがに見ていられなくなって、アキナがなだめるも、テリーの涙は止まらない。
「何とか言ってやってよ、先輩!」
アキナが助けを求めても、ヴェンガルは溜め息をついただけだった。
「無理もねえな。死に方が悲惨過ぎた。まあ、ちょっと加減してやれよ、ノブ」
注意を受けたノブは、腕を組んで考え込む。
「うーん、でも主人公パーティーと絡んだからにはこれくらいインパクトある死に方しないと、印象に残らないしなあ」
「そうだなあ……」
ヴェンガルも腕を組み、二人して同じ格好でうーんうーんと唸り出す。
その頭の中では、また全滅へのストーリーが組み立てられているのだろう。
「あの~~」
恐る恐る、ミアが声をかける。態度こそおどおどしているが、言いたいことは言ってしまう娘である。
「さっきからヴェンガル先輩だけ、余裕なのは何でですか?」
これにはアキナも同調する。まるで他人事みたいに語る態度、気になっていたのだ。
「そういえば2パターンとも、ヴェンガル先輩だけはハッキリ死んだって描写がないわね」
「それはそうだろう、この方をよく見ろ!」
二人の疑問に即答したノブは、改めてヴェンガルを指し示す。
「獣人というだけで珍しいのに、超希少種のコアラ型。
可愛い外見と裏腹に老剣士というポジション、
おまけにダンディーで渋い声、印象に残るカッコいい名前……ヴェンガル先輩は俺たち『モブ』とは違う。
死亡フラグに耐性をもつ、『サブキャラクター』だ!!」
驚愕に目を見開いたのはテリーだけで、女性陣は首を傾げている。
いや違いがわからねえよ、とアキナが言葉に出すまでもなく、ヴェンガルが自ら説明を始める。
「まあ簡単に言えばお前らみたいに、女格闘家ならこう、盗賊ならこう!
っていう、没個性なステレオタイプと違って、個性の強いキャラクターってことだな」
「……さらっとひどいこと言うわね」
「でも本当のことだよな~~」
物理防御には強くてもメンタルは人並みの強度しかないアキナはちょっと傷ついたが、漠然と自分の立ち位置を理解しているテリーはうんうんと頷く。
ミアはといえば、納得いかない様子で、唇を尖らせている。
「でも、じゃあ、ヴェンガル先輩だけは死亡フラグを心配しなくていいってことなんですか?ずるーい」
「ばか言え……」
返すヴェンガルはどこか寂しげで、目線は誰を見るでもなく虚空に泳いでいる。
「俺の存在はあくまでサブだ。印象的な死に方もしなければ、主人公パーティーにも入れねえ。
中途半端な存在だぞ」
この言い分に、アキナは疑問を抱かずにいられない。
「主人公パーティーに入れないって、何で?
先輩、強いし頭いいし、それこそキャラだって立ってるじゃない」
「そう言ってもらえるとありがたいがな。アキナよ、これを見ろ」
そう言ってヴェンガルが小さな手でぺしっと叩いたのは、ウルフマンのケッジが載っているページだった。
「狼だ」
続いて、同じ手で自分を指し示す。
「そんでもって、俺はコアラ」
やや鈍感なアキナにもわかるくらい、ざわざわした不穏な、嫌な空気が流れ始めたが、ヴェンガルは続ける。
「狼、コアラ、狼、コアラ……コアラって、漢字で書くと子守熊……
入れるわけないだろ、主人公パーティー」
しまった、何となくわかる。
「お前らの無言が答えだ。
この世界観で、『コアラか狼、どっちか仲間に選んでね』って選択肢が出てきたら、どっち選ぶんだって話だよ。
向こうは牙も爪もあって“森に君臨する王者”みたいなイメージあるだろ?
かたや俺はコアラだぞ……コアラのイメージっていえば、おんぶ子育て、ユーカリもぐもぐ、木の上でお昼寝……連れて行きたいかそんな奴!?預けられるか、背中を!!」
だんだん表情が厳しく、声も大きくなっていくヴェンガルを止めようと、慌てて口を挟んだのはミアだ。
「で、でもそれは、イメージですから。
ヴェンガル先輩はアキナさんが言う通りすっごく強いし、おまけに大酒呑みで、ワイルドな老剣士って感じでカッコいいですよ?」
必死のフォローは、むしろ火に油だったようだ。
ヴェンガルはコアラらしからぬ鬼の形相でミアに向き直ると、大きな声で吼えかかる。
「そんなん初見でわかるか?お前だってこのパーティーに入ったばっかりの時、俺のこと見て『かわいい~~』って言ってたじゃねえか」
「う……そうでした、スミマセン」
ヴェンガルの怒りを受けながら、ミアは当時のことを思い出していた。
ぬいぐるみみたいで可愛いと思っていたヴェンガルが、新メンバー歓迎の焼き肉会で、がっつり内臓系のメニューばかり頼み、浴びるようにビールと焼酎を飲みまくっているのを見てドン引きしたことを。
ミアに謝らせてしまったことで、少し落ち着いたヴェンガルは、一つ溜め息をついて椅子に座り直す。
「まあ、これでもお前らには感謝しているんだよ」
語り出したヴェンガルは、いつもの穏やかな老剣士に戻っている。
「こんな外見のうえにムダに年食っちまった俺を、パーティーに迎え入れてくれた上に、先輩なんて呼んで頼ってくれてよぉ。
もうこの先、お前ら以上の連中と組めるとも思えねえし、この冒険が最後になってもいいって、覚悟してんだ」
パーティーの誰も、ヴェンガルがここまで思ってくれているとは知らなかった。
じ~んと胸を熱くさせ聞きいっている一同に、
「……って、俺がこういうこと言うたびに、お前らの死亡フラグが、より強固なものになっていくんだけどな」
そりゃないよ先輩……
「本当にすまねえ、俺がお前らを信頼し、好きになればなるほどパーティー全滅の可能性が高くなっていっちまう。
いまや俺の存在そのものが死亡フラグといって過言じゃねえかもな」
柄にもなく弱気なヴェンガルに、アキナはちょっと違和感を覚えた。
「ねえ先輩、それはさすがに考えすぎじゃない?
私たち、先輩には数え切れないくらい助けてもらってるもの。存在が死亡フラグだなんて、そんな馬鹿なことないって」
ヴェンガルはアキナに目を向け、ふっと笑う。その笑みはやっぱり悲しげだ。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、老剣士冥利に尽きるってもんだ。
だがなアキナよ、どうして俺が、こんなに死亡フラグについて詳しいこと知っていると思う?」
これには何故か、ノブが青ざめた。
「先輩!!その先は―――!!!!」
「いいんだノブ、ちゃんと俺の口で伝えさせてくれ!!俺はな……」
ノブとのオーバーなやり取りの後、ヴェンガルはおもむろに他の三人を見渡した。
大型モンスターにとどめを刺す時に見せるくらい真剣な眼差しだ。
ちなみにあと二人まで残ってしまったババ抜きでカードを選ぶ時に見せる眼差しほど真剣ではない。
「お前らみたいに死亡フラグ立てまくっちゃったパーティーが全滅するの、何組も見届けてきた上で生き残ってる、死亡フラグサバイバーなんだよ」
死亡フラグサバイバー??初めて聞いた。
「俺がつくった造語だ!ちょっとカッコいいだろ?」
ノブが笑顔でドヤっているが、腹が立つので引っ込んでいてほしい。
お前が知らないだけで似たような言葉がもうあるとしたらどうするんだ、黙ってろ。
以心伝心で伝わったものか、ノブはスンマセンと謝って小さくなったが、ヴェンガルの話はまだ終わらない。
「フラグ立てて死んでった奴、どのぐらい見たかな~、100万人くらいかな~~」
小学生か。
「なんつってウソウソ。だいたい20組くらいかな。
そのうち俺が所属して一緒に冒険したのは7組だけど、まァみんな散ったわ。
『この戦いが終わったら一杯おごらせてくれよ』とか約束して帰ってこなかったわ」
しまった、具体的な数字が出たほうが恐怖が増す……先輩の過去、けっこう悲惨だな……
「なあノブよ、一体俺ぁいつになったら、一杯おごってもらえんのかな」
小さな体にめいっぱい悲しい記憶を詰めたヴェンガルに訊ねられ、ノブは涙ぐんでしまう。
「安心してください、ヴェンガル先輩!!俺は絶対に守れない約束なんてしない!!」
その台詞こそ死亡フラグなんじゃねえの?と、だんだんわかってきたミアとアキナは思ったが、ノブが気づいた様子はない。
「決して先輩のことをひとり残して……
“魔王との最終決戦前に主人公パーティーと再会、以降はセーブポイントの前に立っていて、話しかけるとHPMP全快してくれる宿屋がわりの人”にはさせません!!」
パターン1で見せられた暗い廊下の片隅に佇むヴェンガルの姿が頭に浮かんだ。
主人公が話しかけると、
『魔王はこの扉の先だ。仇討ちはお前に任せたぜ……休んでいくか? >はい いいえ』というデフォルトのセリフを返してくる。
「なるほど、“仲間の墓の前に佇む姿がエンディングムービーでちらっと映る”ポジションなんだな、先輩は」
すっかりノブ側に回ってしまったテリーが口走ったのを聞いて、今度は四つの墓標の前にぽつんと立つヴェンガルの後ろ姿が頭に浮かんだ。
ご丁寧にセピアがかって、哀愁ただよう効果をつけられている。
「そうそう、こういう感じ。さすがノブ」
もう以心伝心には慣れっこになってしまったテリーが、感心しきって誉めるものだから、ノブはますます得意そうだ。
妙に楽しそうな二人を見ているとアキナは力が抜け、
「……いっそ、もうここで、しばらく様子見してようか」
そんなことを口走ってしまった。ミアが目をぱちくりさせる。
「魔王城に行かないってことですか?」
「いや、あくまで様子見よ。
この主人公パーティーってのが魔王を倒すって決まってるならさ、他の冒険者たちだってモブってことでしょ?だから魔王城に行った連中がどうなるもんか、確かめてみてから動いてもいいんじゃないかなって」
「へえ~、慎重ですね。なんかアキナさんらしくないなあ」
ミアの言うことはもっとも。
考えている暇があったら行動に移せ!!というのがアキナの基本姿勢だが、これだけ死亡だ全滅だと騒がれては慎重にもなる。
「うむ、時には足を止めることも大切だよな。走ってばかりでは見えない景色もあるものだ」
二人の会話を聞いているうち、ちょっとリーダーらしさを取り戻したノブが賛同を示した。
「でも、それって結構、さみしいパーティー全滅への第一歩かもしれないな」
結局それか、とアキナに突っ込みを入れさせる隙を与えず、デス・ビジョンが始まった。
※ヒロインの親友ポジション…多少の差異はあるが、他に「地○○生ぬ~○~」の「細○○樹」、「う○○と○ら」の「井○○○子」などがこれに当たる。
ピンときたあなたは私と同世代。