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いこうと思っています。

 ……と、ノブ達は聞いた話に納得したのだが、サゲンのほうは違うようだ。


「それで、その、フィーデルとはどういう知り合いなんだ?」


 しきりに首を傾げながら、サゲンが訊ねてくる。


「確か俺が城を出るより少し前に、エーベファルト様は幹部に昇進されたはず……その部下なんだから、今は城内の仕事が忙しいんじゃねえのか?

 城外で旅してる冒険者と関わりが出来るなんて、どういう経緯(いきさつ)があってのことだ?」


 どうやらサゲンが魔王城を出た時期は、フィーデルより早かったらしい。

 いろいろ聞かせてもらったし、こちらも説明するべきなんだろうが、ウゲンのことが気になった。


 フィーデルから聞いた話は、あまりに惨いし酷すぎる。いくら魔族とはいえ、子供の前で話すのはさすがに抵抗がある。


「それは、えーっと……」


 困って言い淀んでいるノブを見て、またコルルが助け船を出してくれた。


「ウゲンや。悪いんだけど、食器を片づけてくれるかい?」


「え~~……」


 少年は不満そうな声を出して渋ったものの、すぐに場の空気を読んで立ち上がった。なかなか賢い子だ。

 全員分の食器を集めて重ね持ち、名残惜しげな顔で冒険者達にぺこりと一礼してウゲンが出ていくと、ノブはコルルとサゲンに向き直り、フィーデルについて知っていること、今までにあったことを語った。


 彼が魔王城から出た理由と経緯、仲間になってから袂を分かつまでの間に起きた出来事を、時折り他の仲間達から補足を入れてもらいつつ、なるべく時系列に沿うよう心がけて説明する。


 話が進んでいくにつれ、コルルとサゲンの表情はどんどん険しくなっていき、ノブが口を閉じた時にはすっかり厳しくなっていた。

 特にサゲンのほうは、眉間に深い縦筋がいくつも浮かび、怒りが露わになった、鬼のような顔つきと化している。


「まったく、ロクなことしないもんだねえ……」


 溜め息混じりにコルルが呟くと、サゲンも頷いて口を開く。


「ああ、近ごろはそんな話ばっかりだ……実を言うと、俺の女房が死んだのも、その開発部のせいなんだ。

 ヘボ研究者どもが、対人間用のくだらねえ兵器を暴走させやがって、それに巻き込まれて……」


 ひどい、とアキナが呟くのが聞こえた。

 憤っているのは彼女ばかりでなく、パーティーのメンバー達も皆、眉を顰めたり悲しげに俯いたりしていて、リーダーのノブも魔王城で起きていることには心が痛むのだが、サゲンが何気なく口にした“近頃”という単語が引っ掛かった。


 幼いウゲンも席を外したことだし、お互いの人となりもだいたい理解し合えたと思うから、もう心配の種はない。そろそろ本題に入っていい頃合いだろう。


「サゲンさん、その、近頃っていうことは……以前はそんな風じゃなかった、という意味で合ってますか?例えば二十年前までは、そんなに城内が荒れていることもなかった、とか」


 サゲンはすぐには答えなかった。ノブがいったい何を問おうとしているのか測りかねているのだろう。

 ちょっと遠慮して回りくどい訊き方をしてしまったが、こういう探り探りの感じはノブも苦手だ。ここはやはり直球勝負、相手は何でも訊いていいと言ってくれているし、思い切って質問してみよう。

 ノブは意を決し、少し間を置いて気持ちを整えてから、言葉を続けた。


「二十年前、『魔王』を名乗る人物、つまり城内を統括する最高権力者が代替わりをした、なんてことがあったんじゃないですか?」


 こちらを見るサゲンの目が、いよいよ険呑なものになる。つい最近まで魔王に忠誠を誓っていた身ならば、当然の反応だろう。


「お前、どうして……」


 問いかけてきたノブと同様に緊張した様子で、否定も肯定もしないサゲンに代わり、コルルが口を挟んだ。


「ご明察だよ、リーダーさん。私はもうとっくの昔に城を出たから風の噂で聞いた話にだけどね。


 二十年前、『魔王ヘルフェレス』を名乗って城を治めていた男は、別の男に追い落とされ、その地位も名前も奪われた……

 そして、そんなことは初めてではなく、三百年前に城が建立してから今まで、何度も繰り返されてきて―――今の魔王は確か、ちょうど五代目だね」


 あっけらかんと答えたコルルが口にした内容を聞き、冒険者達の間に静かなどよめきが走る。

 サゲンは少し不安を滲ませた顔で、横の老婆を軽く睨んだ。


「婆さん……」


「いいじゃないか、別に。アンタもアタシも、今更もう魔王になんか義理立てする理由はないし、それに『ヘルフェレス』を名乗る魔王城の王が一人じゃないことぐらい、人間だってとっくに気づいてるさ。そうだよねえ?」


 コルルに水を向けられ、ノブ一行は何となく気まずくなって顔を見合わせる。

 少しの沈黙が流れた後、まずはアキナが口を開いた。


「そういう話は、確かに聞いたことあります……今までに少なくとも、三回は魔王が代替わりしてるって。どんな根拠があるか知らないけど」


「根拠は、三つの大戦ですよ」


 エーヤンの教育機関が定めた基礎教育しか受けていない一般人と違い、修道院でみっちり歴史の勉強を受けてきたミアが、アキナに替わって口を開く。


「まずは魔王城が出現してからおよそ五十年の間続いた『王土の略取』。

 これは単純に、土地とそれに伴う物資を巡って兵をぶつけ合った争いですね。

 互いに多大な損失を出し続けながら勝敗つかないまま、段々と争いの規模が小さくなっていくかたちで終息し、いま魔王城の敷地となっている半分くらいの土地を奪われた辺りで人間も魔族も兵を収め、一応の平穏が訪れました。


 二度目にまた大きく戦局が動いたのが、二百年前に起こった『王家の喪失』

 ―――これは戦乱というより謀略と騙し討ちによる国盗りですね。

 王侯貴族を始めとした当時の有力者を殺して、変化の術を使って入れ替わった魔族や、多大な報酬で釣って寝返らせた人間を使って、理不尽で残虐な振る舞いをしたり、根も葉もない流言飛語で不安を煽ったりして王族への信頼を下層民から奪うことに成功。

 各地で内乱や人間同士の争いが頻発し、ついには当時の王ジークアルドが王家の主たる人々……つまり自分の親族を手にかけた上で自害することで最後の名誉と誇りを守り、以降エーヤンは王を失いました。


 そして今のところ最後の大きな戦いが百年前、黒魔導士の激減を好機と見た魔王軍による侵略戦争。

 魔王軍の指揮を取る将軍が雷の力を宿した剣を使い、これを迎え撃ったレディー・アデライラが蒼い炎を操ったことから『炎雷の舞踏』と呼ばれている戦いです。

 魔族と人間が当時の総戦力をもって挑み合い、互いに多くの犠牲を払った戦いですが、これもまた決着はつかず終わりました……この時に魔王は支配する地を倍に増やしたので、魔王軍側の勝利って見方もありますね。


 長くなっちゃいましたけど、この三つの戦いの進め方や仕掛けの特徴、参加した魔族側の将の顔触れなんかがまったく違ったりすることから、トップに立っている魔王自体がそれぞれ別人が務めているのではないか―――というのが、“魔王は少なくとも三回、代替わりしている”という説の根拠となっています」


「……大したモンだねえ」


 すっかり感心しきった様子で、コルルが溜め息をつく。


「人間の王や領主なんかと同じように、魔王も弱り立場を追われ、死んでいくってことは、城の魔族どもにとってはあんまり知られたくない事実なんでねえ。

 だから適当なところで代替わりしてるってことは、城外では口外法度になってるんだけど……まあお互い、三百年も隣り合わせで顔突き合わせていがみ合っていれば、色々と調べもつくよねえ。

 魔族名鑑だの城内地図だの、本屋へ行けばたくさん売ってるもんね」


「魔族名鑑……?」


 城から出てまだ日が浅く、人間社会に疎いサゲンには引っ掛かる単語だったようだ。不審そうに眉間に皺を寄せている。


「そりゃ一体、何のことだ?」


「何って言われてもねえ。名前の通り、魔族の名前とか特徴、城内での役職なんかが詳しく載ってる本だよ」


「名前に、役職!?どうしてそんなモンが出回ってんだ!」


 さあ、と老婆が肩を竦めたので、その変には詳しい冒険オタクのノブが助け船を出す。


「魔族や城内の様子についてを調査する、専門の研究者が居るんですよ。

 元冒険者だったり、純粋に魔族や城について興味を持ってる学者だったり立場・肩書きは様々ですけど、城に挑戦して、ある程度のところで見切りつけて帰ってきた冒険者から聞き取りをしたり、昔の人々が残した備忘録を読み込んだりして得た情報をまとめたものを出版してるんです。


 これから魔王城に入ろうっていう冒険者はみんな重宝してて、どのパーティーも必ず一冊は虎の巻を持ってて……あ、そういえばサゲンさん、今年の名鑑に載ってたかもしれない。

 名前不詳になってたけど、『上階警備にあたる剛腕の牛頭武人』って、あなたのことじゃないですか?」


「えっ、俺のことも書いてあんのか!?」


 城内の情報がだだ漏れになっている事実に驚きつつ、ちょっと照れ臭いような気分にもなり、サゲンは頭のてっぺんをガリガリと掻く。


「参ったな。年々、上階まで辿り着くパーティーが増えてるとは思ったが、そういうことか……そこまで城の中の情報が筒抜けになってりゃ無理もねえな。

 ……まあ、こっちも脅威になりそうな冒険者パーティーの名簿とか作ったり、魔族討伐に力を入れてる地方有力者の動きを監視してたりしたからなあ。その辺はお互い様ってことか」


「パーティーの名簿?有力者の監視!」


 今度はノブが、サゲンが発した言葉に食いついた。これはなかなか聞き逃せない台詞だ。


「そういうのはどうやって、情報を集めているんですか?城内で捕まえた冒険者を尋問したりとか?」


「ん?まぁそういうこともしてるみたいだが、主な情報源は人間やら獣人やらに変化させてスパイとして飛ばしてる同族の連中からの報告だな。

 それから、金目の物で買収した人間から話を聞いたりってこともあるらしい。……って、二百年前の『王家の喪失』だっけ?その時代からあんまり変わってねえもんだな」


 横で話を聞いていた老剣士ヴェンガルが、ふっと小さく息をつく。


「そういう情報合戦なら、外の大陸で戦争してる国家間でも散々やってたぜ。時代や場所が変わっても、相争う者同士がやることは一緒だ」


 場所も種族も違えど、戦いの場で長く生きてきた二人には通じ合うものがあるらしく、サゲンとヴェンガル、どちらの表情にも同じ虚しさが滲んでいる。


 一方で、二人を軽く凌駕するくらい長く生きているコルルの顔は、暗く沈んだりはしていない。

 絶えることなく続く悲惨な戦いも醜い争いも、嫌というほど見てきた老婆は、今更もう下らない理由で互いに殺し合う者達の愚かさを嘆くなんて、無意味なことはしない。

 どうせこの先も延々と繰り返していくことに対して心を痛めたところで、時間の無駄だと理解っているのだ。


人間(そちら)の研究は中々のもんだけど、大戦のたびに魔王が変わってる、っていうのはちょっと違うね。

 最初の五十年に渡る“王土の略取”は初代の陛下によるものだけど、“王家の喪失”と“炎雷の舞踏”を取り仕切ったのはどちらも二代目さ。


 ……思えば、二代目のヘルフェレス様による治世が一番長かったねえ。良いことも悪いこともあったけど、偉大な方だったよ……


 その後を継いだ三代目は三十年としないうちに暗殺されちまって。

 次の四代目は五十年くらい頑張ったそうだけど、今の五代目に地位を奪われて行方不明とか。

 まあ生きちゃいないだろうが、なかなか良い王だったと聞いてるよ。

 ……なんて、私はもう百年も前に城を出たから、二代目より後の王のことは、実はよく知らないんだけどねえ」


「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」


 せっかく貴重な話なのに、聞いているだけでは頭の中でこんがらがってしまう。

 ノブは急いで自分の道具袋からノートとペンを探り出し、コルルとサゲンに質問しながら、魔王の代替わりとそれに伴う城内の変遷を書き起こしてみた。



 

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