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次話からはもうただの数字で

 ***


 いつもは広すぎる空間にたった三人の住人がいるだけで、水を打ったように静かな洞窟の中。

 今日は初めての来客五人を迎え、総勢八人分の賑やかな笑い声が響いている。


 人を招くことなど想定していない洞窟には、もちろん人数分の椅子や大きなテーブルなどがあるはずもない。

 だから洞窟の住人達はどうしたものか思案したのち、普段は納戸がわりに使っている大きめの横穴に年代物だが立派なラグを敷いて、急ごしらえの応接間を作った。


 そこに冒険者たちを招き入れ、車座になって昼食を摂ったのだが、同じ釜の飯を食った仲とはよく言ったものだ。

 食事を共にした魔族と人間は、短い時間のうちにすっかり打ち解けて会話を楽しんでいる。


 明かり取りのランプがあるとはいえ洞窟の中は暗いし、分厚いラグを持ってしても下の岩肌のゴツゴツした硬い感触は完全に消し去れず足に伝わって来るので、あまり快適とはいえない空間ながら、女主人コルルもサゲン父子も気を遣い心づくしの持て成しをしてくれる為、ノブ一行は町の宿屋に居るのと同じくらいくつろぐことが出来た。

 だから食後のお茶を淹れてくれたコルルが、


「色々ご馳走になったのに、こんな物しか出せなくて悪いねえ」


 と申し訳なさそうに言った時も、アキナはとんでもない、と首を横に振った。


「こんな所に広い洞窟があるなんて知らなかったから、色々見られて楽しいです。

 ダンジョンになってる危険な岩窟とかなら探検したことあるけど、住居として改造してある所なんて初めて来ました」


 隣に座るミアも、同調して頷く。


「洞窟レストランとか、流行ってますもんね。行ったことないけど~~。

 でも時代の最先端って感じですよ!このお茶も、とってもいい香り」


 ウゲン手作りのちょっといびつな木製カップから立ち昇る湯気を、うっとりと嗅ぐミアに、老婆は目を細めて微笑する。


「あらまあ、やっぱり女の子はお茶の淹れ甲斐があるねえ。夏に摘んだ野生のバラの花びらを乾燥させて、市販のお茶に混ぜた特製の薔薇茶(ローズティー)なんだ。気に入ってもらえて嬉しいよ」


 近場で採れる素材を工夫して自家製にこだわる辺り、故郷の祖母を思い出すノブだが、ちょっと気になるワードもあった。


「市販のお茶って、どうやって手に入れてるんですか?」


 もちろん街の商店に行けばいくらでも売っている物だが、この洞窟暮らしで入手するのはかなり困難だろう。

 コルル達の立場を思えば尚更、どんな経路で入手できるものかまったく想像できない。

 だから素朴な疑問を口にしたつもりだったのだが、横からヴェンガルがそっと小突いてきた。


「こらノブ、あんまり踏み込んだことは訊いてやるな……さっきみたいにボコボコにした冒険者から巻き上げてるに決まってんだろ」


「ああ、なるほど……」


 納得しかけたノブだったが、


「違うよ!!」


 ばっちり聞こえてしまったコルルが、怒りも露わに訂正する。


「人聞きの悪いコト言うんじゃないよ、まったく。アタシ達ゃ魔族だけど、追い剥ぎじゃないんだ。

 自分で稼いだ金使って、ちゃんと商店で買ったに決まってるだろ」


「そ、それはスミマセン!!……えっと、でも、どうやって……?」


 予想外の答えに、いよいよどういうことか解らなくなって混乱していると、コルルは傍に置いてあった素焼きの壺を手元に引き寄せて蓋を開け、ノブのほうへ押しやった。


 いったい、何が入っているというのか。

 恐る恐る覗きこむと、壺の中には真っ黒な丸い粒がぎっしり入っており、顔を近づけると様々な薬草の入り混じった独特の香りがぷんと漂ってきた。

 この匂いと形状ならば、よく知っている。


「あ、これ、道具屋で売ってる回復薬!?」


 意外な物品の登場にノブが驚いていると、薬の匂いを嗅ぎ分けたテリーも目を丸くする。


「しかも最上級の物ですね?一粒でHP全回復するやつ!」


「そうそう。男の子はアイテムの違いがわかるねえ~~」


 コルルは満足げに頷くと、壺を手元へ引き戻し、蓋を閉めてまた元あった所に置く。

 効き目を安定させるためには、まだもう少し寝かせる必要があるのだ。


「ちょいと手間はかかるけど、山に生えてる草や花、木の実なんかで作れるんだよ。

 他にも状態異常を直す薬なんかもね、それなりの品質のやつを作って、メイウォークとかモウグスの道具屋に卸してんのさ。

 おかげさまで山じゃ手に入らない日用品やら嗜好品やら、それなりに買えてるんだよ」


「なるほど」


 品質の高い薬を精製するには、作り手側に深い知識と高い技術が求められる為、当然、腕のいい薬師は引く手数多だと聞く。

 最上級の回復薬となればさっきの壺一個分だけでも、なかなかの稼ぎになるだろう。

 そういうことであれば収入源については理解したが、まだ大きな謎が残っている。


「でも、売りに行くにしても、その―――……」


 魔族が街に現れれば、大変な騒ぎになってしまうだろうに、その辺はどうしているのか?

 避けては通れない大きな疑問だが、それを訊くには外見の問題に触れなければならない。失礼にならないよう、どういう風に質問したものやら……。

 ノブにはちょっとハードルが高く、悩んでいると、コルルはすぐに察してくれた。


「……まあ、その辺りは上手くやってるさ」


 と答えるや、顔の前で両手を広げる。すると、老婆の手と顔の周りが一瞬ふわりと光り、銀色の鋭い爪と黄緑に光る目が、ごく普通のクリーム色で丸い爪と茶色の瞳に変わった。


「ああ、変化の術が使えるんですか!」


 なるほどこの姿なら、普通の獣人と変わらない。納品も買い物も問題なくできるだろう。


「まあ長く生きてるから、これくらいはね」


 ノブが納得したと見て、老婆は術を解く。また魔族の姿に戻ると、手を下ろして言葉を続ける。


「勉強不足な奴なら、形だけ上手く化けても人間との感覚の違いで尻尾を掴まれたりするもんだがね。幸いアタシは未だバレたことはないよ。年の功ってやつだね」


「はあ~~、なるほど。そういえばフィーデル君も上手だったもんなあ」


 ひょっとしたらコルルやフィーデルのように、外見も中身も上手く化けて人間社会に溶け込んで暮らしている魔族というのは結構いるのかもしれない、とノブは考える。


 実際、人間側の情勢は魔王軍に筒抜けだという話だし、変化の術が得意な者を優秀な密偵として放っているとしたら納得できる。

 スパイだけでなく、トーゴ達のパーティーのように、ヒトに化けた魔族に騙され酷い目にあったという事件だってしょっちゅう起きているし、そういう密かな侵略が進んでいるとしたらエーヤンにはもう、安全な場所なんてどこにも無いのかも―――


「フィーデル?」


 なかなか絶望的な方向へ思考がとんでしまっていたノブは、サゲンの声で我に返った。

 視線を向けると、少し驚いたような顔をしているサゲンと目が合う。


「そりゃあ、エーベファルト様の部下の、風魔法使う魔導士のことか?」


「あ、そうです!確かそのエーベファルトって人は、師匠でもあるとか……知ってるんですか?」


 どうやら自分の知っている魔族の青年で間違いないと確信して、サゲンの目はいよいよ丸くなる。


「ああ、まあ……そのフィーデルとは何回か顔を合わせたくらいでお互い名前しか知らんようなもんだが、エーベファルト様のほうは俺が警備隊長やってた時に、魔王城の整備とか非戦闘員たちの戸籍管理なんかの雑務を任されてた方でな。


 仕事の都合でしょっちゅう会ってたし連絡も取り合ってたから、それなりに親交もあったんだ。

 魔族の俺がこんなこと言うのは変かも知れんが……良い方だった。

 穏やかで賢くて、目下の者に対して慈悲や情けの心を持っていた」


 フィーデルと出逢う以前のノブ達なら、こんな話は到底信じられなかっただろうが、今は何の問題もなく素直に受け入れられる。


 彼と過ごしたのはほんの短い間だけだったが、それでも人間として大切な情や、優しさ、お互いを認め合い思いやる心を、フィーデルは確かに持っていた。


 恐らくは、目の前に居る三人の魔族にも、それはある。

 見た目は人間(こちら)と異なっていても、裡にある心は変わらないはずだ。

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