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最近めんどくさくて仕方ないので

「婆ちゃん……」


 不安げに呼びかけてくるウゲンに、大丈夫と告げる代わりに小さく頷くと、ヒョコヒョコと歩いて父子の前に立つ。

 対峙したメンバーの顔をサッと見渡すと、ペコリと頭を下げた。


「二人を助けてくれて、どうもありがとう。

 父子揃って、ちょいと考えの足りない連中だけど、アタシにとっては大事な家族でねェ……どんなに感謝しても足りないよ。本当にありがとう」


「あ、いや、こちらこそ。同じ冒険者がひどいことをしてしまって、申し訳ないです」


 自分とは縁もゆかりもない小悪党達に代わって謝罪するノブを見て、老婆はニッと笑った。

 相変わらず警戒しているウゲンを振り返り、声をかける。


「ほらご覧、人の好い子じゃないか。リーダーがこうなら、他もみんな優しいに決まってる。

 アタシ達に悪さしようって気はないだろうよ」


「う、うん」


 長く生きているだけあって、老婆の言葉には大きな説得力があった。

 息子が落ち着いたのを確かめると、サゲンは老婆に目を向け、さっきから気になっていた疑問をぶつける。


「婆さん、いつからここに?」


その子(ウゲン)がブローチ取り出した辺りだよ。家の外が何だか騒がしいから見に来てみたら、面倒なことになってたんで、コレで」


 老婆は手に持っていた陶器を、少し高く掲げてみせる。形からしてどうやら小型の香炉らしいが、煙は出ていない。


「……痺れ薬を焚いてやろうと思って風向きが良くなるのを待ってたんだけどねえ。

 その前にあちらがパパッと倒してくれたんで、助かったよ」


「し、痺れ薬!?」


 今度はノブ一行が戦慄する番だった。どうやらこの老婆、見かけ通り知恵の回る御仁らしい。

 もし戦闘になったらさっきの二人よりずっと苦戦することになるかも……


 ノブ達の不安を察知した老婆は、さっきウゲンに投げかけたような、したたかな笑みをノブ達にも向けた。


「やれやれ……恩人に変な薬を使ったりしないよ、安心おし。ところでアンタ達、この男に何か用があるんじゃないのかい?」


 これにはサゲンが首を傾げた。


「俺に?」


「ああ。でなきゃ殺す気もないのに追いかけてきたりしないだろう。違うかい?」


「お、おっしゃる通りです」


 どうやら老婆には、こちらの考えがある程度読めているらしい。やはり賢い人だ。

 ノブは無礼がないよう、言葉に気をつけながら答える。


「実は、あの、魔王城の内情について少し、知りたいことがあって、会話できる魔族の方を探してまして。

 そしたらこの山に脅しをかけてくる魔族が出……じゃなくて、喋りかけてくる魔族の方がいらっしゃると耳に挟んだんで、来てみたんです。

 で、まあ何やかやあって、今こんな状況になってます」


「魔王城の内情?」


 城内で要職に就いていた頃の心が騒ぎ、サゲンは不審げに眉をひそめる。


「そんなこと聞いてどうするんだ」


「それは、えーと、何と言うか……知的好奇心、いや個人的事情……うーん、両方かな」


 なかなか説明しづらい感情ゆえ、ごにゃごにゃと語尾を濁してハッキリしないノブをしばらく睨んでいたサゲンだが、やがてフッと肩から力を抜いた。


 この期に及んで忠誠心を捨て切れていない自分が、どうしようもなく滑稽で情けない。


「よくわからねえが、俺の知ってる範囲のことで良ければ話してやるよ」


「え、本当ですか!?」


「ああ。これでも魔王城では上階のほうで警備隊長やってたんだ。何を知りたいか知らねえが、その辺の魔族やつらに比べれば、話せることも多いと思うぜ」


「上階の警備隊長!!」


 思いがけず貴重な人材に会えたことに舞い上がりかけたノブだが、続いて耳に届いた老婆の言葉も驚くべきものだった。


「そいうことなら、アタシも少しは役に立てそうだね。役職に就いたことはないけど、無駄に300年も生きてるからさ」


「300年……!?」


 これには、ノブならずとも全員が驚いた。300年前といえば、ちょうど魔王城が出現した頃だ。

 ということは……


「そう、アタシは城ができたころを知ってる……何なら城が建つその前から生きてるんだよ」


「それじゃ魔王城がどうして出来たのか……魔王がどこから来たのか、ご存知ってことですね?」


 あまりの僥倖に、ノブは興奮を通り越えて緊張してきた。訊いてみたいこと、確かめておきたいことがゴチャゴチャと頭の中を駈け巡り、混乱に近い状態になる。


 ノブの反応を窺い、これは短い時間では済まないだろうと判断した老婆は、ちょっと迷ったがある決断をした。


「こんな所で立ち話も何だから、家へ来ないかい?お茶ぐらい出すよ」


 老婆の誘いに驚いたのは、ノブ達だけではなかった。サゲン父子も目を丸くしているが、反対の言葉を口にしたりはしない。


 洞窟の主は老婆であるし、この冒険者一行に住処を教えても、恐らく害はないだろうと判断したのだ。

 後はノブ達の出方次第、罠を警戒して招待を蹴るならそれも致し方ないと思ったのだが、


「ちょうどお昼だし、いいですね!サンドイッチ買ってあるんで、皆で食べましょう」


 すこぶる朗らかに、リーダーは答えてくれた。それを聞いて白魔導士が手に提げているバスケットを、ちょっと心配そうに見る。


「でも五人分しか……足りるかな?」


「この前おじさんからもらった干し芋あるだろ。あれで何とか」


「ああ、それならたぶん大丈夫ですね。……っと、その前に」


 白魔導士は近くにいた盗賊に「ちょっと持っててください」とバスケットを預け、伸びている小悪党に歩み寄る。


 二人まとめて固く縛り上げられ、ご丁寧にノブの書いた“親善、指名手配犯”のメモが縄の間に挟みこんである彼らに向けて、軽く杖を振る。


 すると二人が倒れている辺りの地面が白く光り出し、ふわっと微風が吹きつける。

 風が治まると、二人の姿はその場から掻き消えていた。市警団の本部へ転送されたのだ。


 一仕事終えた白魔導士が杖を下ろすのを見届けてから、ノブは老婆のほうへ向き直る。


「それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔させてもらいます……あ、申し遅れましたが、俺はノブ。

 このパーティーでリーダーやらせてもらってます」


 リーダーの自己紹介に続き、後ろのメンバーも次々と名乗りを上げた。


「あたし、アキナっていいます。格闘家です」


「ヴェンガル。見ての通り、剣士だ」


「テリー、盗賊っす!」


「ミアです。白魔導士ですよ~~」


 明るく簡潔な自己紹介を聞いて、


「やれやれ、本当に緊張感のない奴らだな」


 とサゲンが呟くが、立ち上がったその顔には、うっすら笑みが浮かんでいる。


「俺はサゲン。こっちは息子のウゲンだ。

 さっき言った通り、以前まえは魔王城の15階から20階までの警備隊長をやってたが、今は何者でもねえ」


 あまり湿っぽくならないよう、淡々と語ったサゲンにならい、老婆のほうもごく短く名乗る。


「アタシはコルルってもんさ。お城を出てからもう百年も経つし、覚えてることより忘れてしまったことのほうが多いけど、できる限りは教えてあげるよ……

 さ、ついておいでな。すぐそこだよ」


 くるりと踵を返した老婆が歩き出し、サゲン父子も続く。念のため少し距離を取って、ノブ一行はその後を追いかける。


 昼時の晴れ渡った空の下、魔族と冒険者の不思議な一行は、崖下の洞窟を目指して共に進んだ。


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