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逆に考えてこういうご時勢だからこそ

 ***


 硬く握った拳を、鳩尾みぞおちめがけて叩き込む―――たったそれだけの動作で、対峙していた相手は宙を舞い、地面に叩きつけられてしまった。


 倒れ伏した男の横には、先にやられて意識を失った相方が伸びている。

 二人ともきちんと防具をつけているし、体格と顔つきからしてもそれなりに強い冒険者であるようだが、所詮サゲンの敵ではなかった。

 こちらの繰り出す攻撃に、ろくに対処することもできぬまま、揃って無意識の底へ沈んでしまった。


「ふん、他愛もねえ……いいかテメエら、これに懲りたら、二度とこの辺りをウロチョロするんじゃねえぞ」


 気絶している者に警告したところで無意味ではあるが、これだけ痛い目に逢ったのだから、もう山に入ってくることはないだろう。


 さて仕事は無事に終わった、洞窟へ戻ろうと踵を返したサゲンの耳に、再び不審な物音が響いた。

 魔族の鋭い耳が捉えたのは、五~六人分の足音と、男女が会話する声……新たな侵入者だ。


「ちっ、次から次へと……」


 数が多いのは厄介だが、幸いまだ余力は充分にある。サゲンは行き先を洞窟から侵入者のもとへ変え、声がするほうへ向かった。


 敵に勘づかれないよう気配を殺し、細心の注意を払いながら近づくにつれ、冒険者達が交わす会話の内容がハッキリしてくる。

 聞き間違いでなければ、キャッキャとはしゃいでいるようだ。


「ふ~~~。やっぱここまで来ると空気がキレイね。晴れて良かった、山歩き日和だわ」


「お弁当持ってきて正解でしたね。もうすぐお昼だし、どこか見晴らしのいいトコで食べましょ」


「今の時期なら川へ行きゃマスが獲れるらしいな。二、三匹釣って帰って、イモ焼酎のアテにするってのはどうだ」


「先輩はまた昼間から酒のこと……おっ、山ブドウが生ってる。あれも帰りに摘んでいきましょうよ」


 ……この山でこんな緊張感のない会話、初めて聞いた……


 何だ?冒険者のパーティーじゃなくてハイキングのグループが来てるとでもいうのか?

 いや、そんなばかな。山中はもちろん、周りの平原にだってそれなりに強いモンスターがうじゃうじゃいるのだ、戦闘能力のない一般人では、まず近寄ることもできないはず。


 とすれば、熟練の冒険者が秋の行楽に来たとか、そういう……いや、どういう状況だそれは。このご時世に、そんな能天気なパーティーいないだろ。

 さすがにお気楽が過ぎると思ったのか、若い男の声がはしゃいでいるメンバー達に注意を促す。


「ほら皆、今日は遊びに来たんじゃないんだから。もう少し真面目に―――んっ?」


 途中で言葉を切り、男は足を止めた。

 顔こそ見えないとはいえ、緊張しているのがそこはかとなく伝わってくる……まさかとは思うが、気づかれたか?まだそこそこ距離はあるはずだが……


 サゲンは歩みの速度を落とし、最大限に用心しながら近づいてみるが、三歩も行かないうちに男が鋭い声をあげた。


「何か来るぞ、皆!!三時の方向、構え!!」


 どうやら“まさか”が起こってしまったようだ。連中から見て三時の方向といえば、まさしくサゲンがいる方角。

 これだけ離れていながら、こちらの気配を察知するとは、なかなかデキると見た。


 人数も多いようだし、一筋縄ではいかないパーティーかもしれない。

 だが、そういう冒険者こそ排除しておかなければ。洞窟で待つ、非力な家族の為……失うわけにはいかない、護るべき者達の為に。


 それに、ちょうど歯応えの無い奴らばかりで退屈していたところだ。たまには全力で遊んでやるのも面白いだろう。


 そうと決めたサゲンは、息づかいを殺すのも足音を忍ばせるのもやめた。戦いへ赴く戦士にふさわしい、堂々とした足取りで、敵の待つほうへ歩みを進める。

 ちょうど木立ちが切れ、少し広くなっている草地で、二組は相見えた。


 どんな強そうなパーティーが待っているかと思ったら、何てことはない。ヒョロヒョロした若い連中だ。

 武器を構え、全身から発する気迫は中々のものだが、まあサゲンの敵ではないだろう。

 唯一、コアラの剣士は手強そうだが、他は地味だし経験も浅そうだ。さっさとカタをつけてしまおう。


「この俺の縄張りに入ってきちまうとは、まったく運の無い奴らだ……尻尾巻いて逃げるなら、今の内だぜ?」


 魔王城仕込みの不敵な笑いを浮かべて脅し文句を並べながら、指の関節をボキボキと鳴らしてみせる。

 しかし冒険者達に怯んだ様子はなく、むしろ武器を持つ手に力が籠もったようだ。どうやら見た目の割に勇敢な心を持っているようだ。


「本当にいたな、牛型の喋る魔族」


 リーダーらしき先頭の男が呟くと、隣に並ぶ赤毛の女が頷いた。


「これは気合い入れていかないとね。並のモンスターよりずっと強そうだし、見てあの角」


 小娘が気を張ったところでこちらに勝てる見込みなど皆無だろうが、この角に目をつけるとはよくわかっている。


 魔王城に居た頃、この首を落とさんと狙う屈強な冒険者達が繰り出して来た数多の剣戟を、すべて弾き返してきた自慢の角だ。

 サゲンにとっては、どんな兜にも勝る最高の防具。


「ちょうど、新しいナックル欲しかったんだ。

 次は金属じゃないやつを試してみようと思ってたから、アレちょうどいい」


 なるほど、削って武器に加工するのもいいだろう。どんな金属よりも軽くて丈夫で扱いやすい、至高の逸品ができ―――じゃない、削るのはまずい!!!


 頭から離れた自分の角が削られ磨かれて、ピカピカの新品ナックルに生まれ変わったのを想像したら恐ろしくなり、サゲンは反射的に両手で角を押さえる。


 あの赤毛の女、手強そうな敵を前にして、いきなり素材加工の算段とはどういう了見だ?

 まさかもう、頭の中ではもぎ取った角を武器に仕立て上げているのか。


 サゲンの予想を裏づけるかのように、女格闘家は攻撃の構えを取りながら、こちらの頭部辺りをじーっと見つめている。

 その横でコアラ剣士も、値踏みするような視線を送ってくる。


「俺もそろそろ、籠手を新調しようと思ってたんだよなあ……アキナ、皮は俺にくれ。背中がいいや」


 こっちは皮を剥ごうとしている!!?


 戦慄するサゲンをよそに、アキナと呼ばれた娘は片手の指で丸印を作り「おっけ」と軽く返している。

 そんなフランクにヒトのこと解体しようとするな!!


「ほら二人とも、戦う前から皮算用しない!!」


 やや呆れたような感じで、二人を諫めるリーダー戦士の声に、サゲンも我に返る。


 遭遇エンカウントするなり角をもぐとか皮を剥ぐとか予想だにしていなかったことを言われて焦ってしまったが、冷静になって考えてみればこんな連中に自分がられるはずはない。

 何が皮算用だ、この俺を素材扱いしやがって……必ず後悔させてやる……!


 萎えかけていたサゲンの闘争心に、再び火がつく。それを察したか、若いリーダーは後方の盗賊に指示を出した。


「テリー、頼む!!」


「おう!」


 短いやり取りだったが、旅の苦楽を共にしてきた仲間同士には、それで充分通じるらしい。盗賊の両目が、一瞬きらりと光った。

 この眼光は何度も食らったことがあるから知っている。盗賊のスキル、『あばく』を使ったのだ。


「お、すごいぞ。防御もチカラも75を超えてる。HPの数値は……1万2740!」


「1万2千!そんなに!?」


 リーダー戦士の驚いた声が、耳に心地よい。

 今さら軽口を叩いたことを悔やんだところで許してやるつもりはないが、そんなに悪どい連中でもなさそうだし女もいるし、2~3発殴って終わりにしてやるとするか……


「んじゃ、4ターンってところかな。さ、みんな構え!!」


 4、ター、ン……?


 何でそんな具体的な数字を出せる?……え、まさか4ターンあれば、1万2千のHPをゼロにできるとでも……



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