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パターン2:主人公パーティーと交流してしまった先輩モブパーティーの末路(後編)

 ***


「細身の剣を持っていたって?」


 道すがらウィルから敵の様子を聞いたグウェンの顔が、深刻そうに曇る。


「それはちょっと、まずいな」


 同じく隣で説明を聞いていたケッジが不思議そうに目を丸くする。


「どうして?細い剣なんて弱そうじゃない。大きな剣を使うチカラが無いってことでしょ?」


「人間ならな。だが魔族は違う。あいつらにとって重要なのは潜在魔力がどれだけ強いかってことだろ?

 自分の力が強ければ強いほど、武器には頼らなくていいわけだ。

 だから上級魔族ほど、貧弱に見える武器を好む傾向にある」


「なるほど……」


 グウェンに相槌を打ちながらも、ウィルの胸中は穏やかではない。

 例の魔族が持っていた剣は、今にも折れそうなくらい華奢なものだった。

 それだけ、奴は自分の力に絶対の自信を持っているということだ。


 急がなければ、ノブたちが危ない。

 男性陣と同じ速度では走れない為、セルビーとバギーに乗り合わせてついてくるセリーナにも、その会話は聞こえた。


 ただ祈るしかできない自分が歯痒くはあるが、なにも武力で応戦するばかりが戦いではない。


 ノブたちが傷ついていたら、自分が治す。ミアがそうしてくれたように、今度は自分が全身全霊で彼らを助けよう。


 セリーナは強く誓い、愛用の杖を握り締めた。

 ノブたちと別れた地点へもう間もなく到着する頃、


「ねえ……方向、こっちで合ってるのかな?」


 鼻をひくつかせながら、ケッジが不審げに訊ねてきた。

 ウィルとグウェンは顔を見合わせるが、互いに道を間違えているような感覚はなかった。

 まっすぐ、ノブたちがいるポイントへ向かっているはずだ。


「こっちで間違いないはずだ。匂いがしないのか?」


 ケッジは困った顔で、鼻をヒクヒクさせる。


「ニオイはずっと、しているんだよ。

 でも変だ……すごく静かなんだよ、誰かが戦ってる感じがしない」


 言われてみれば、辺りは静寂そのものだった。

 ノブのパーティーのような高いレベルの者たちが全力で戦っていれば、剣のぶつかる音や魔法を使った時の光で、それなりに騒々しくなるものだが。


 もやもやと胸に溜まっている嫌な感じが、どんどん大きくなっていく。

 急ごう、と口にしようとしたが、グウェンのほうが早かった。


「おい、あそこじゃないか!?」


 彼らしくない、狼狽した響き。グウェンの示すほうには、ウィルも見覚えのある古い切り株があった。

 熊と戦っている間、ノブたちが荷物を置いていたものだ。


 荷物は切り株の上に乗ったままで、アイテムがぎっしり入った袋もそのまま、使った様子はない。


 例の魔族と遭遇した地点に間違いないが、草むらが踏み荒らされていたり、周辺の木の幹に傷が残っているなど、戦いがあった形跡もまったくなかった。


「ねえ、移動魔法で脱出したんじゃないの?」


 希望を込めてセルビーが言うが、隣のセリーナは首を横に振る。


「そんな気配はしませんでした。」


 溜まらずバギーから降り、セリーナは辺りを見回す。


「ノブさん、どこに……?」


 答える者は誰も居なかったが、ふと、ケッジの様子がおかしいことにウィルは気づいた。

 目を皿のように丸くして、ぽかんと上空を見つめている。


 信じられない、という顔だ。


「ケッジ、どう――――」


 その目線を追って、ウィルも“彼ら”を見つけた。


 ノブ、アキナ、ミア、テリー。

 一瞬、それが四人とは思えなかった。思いたくなかった。


 四人はそれぞれ、両脚をまとめて縛られ、一本の大きな木の枝から逆さに吊り下げられている。


 手足に傷はないが、背中はひどかった。

 大きく服を切り裂かれ、露出した肌に妙な文字を刻まれている。

 魔族が使う文字らしいが、読めないウィルには痛々しい赤黒い傷にしか見えない。


 服装や体格でそれぞれを判断できるものの、どんな顔をしているかはわからなかった。

 四人の首が、すっぱりと付け根から切り取られていたからだ。


 不思議と出血は少ない。

 まるで四人が築いてきた絆を嘲笑うように、並べて吊るされた、血みどろでない異様な死体。


 それがさっきまで、穏やかに会話を重ねていたノブのパーティーであると理解することを、どうしても頭が拒否する……


 全員が言葉を忘れ、呆然と立ち尽くすなか、最初に動いたのはケッジだった。

 ノブたちが吊るされている木に走り寄り、グッと爪を立てて登ろうとするが、失敗してずり落ちる。


 木登りが不得意なのは本人が一番わかっているだろうに、何度も何度も繰り返す。

 早くも爪がギザギザに削れてしまい、見兼ねたセリーナが止めに入る。


「ケッジ、やめて。爪が……」


「爪なんてどうでもいいよ!!」


 叫んで、ケッジはなおも登ろうとする。


「早く下ろしてあげよう!!こんなの……こんなのやだよぉぉおおお」


 狼特有の、悲痛に響く震え声だった。

 ケッジと一緒に嘆きたい気持ちをグッと堪え、ウィルは剣を構えると、上空に向けて素早く振り、剣士のスキル技『半月斬り』を繰りだした。


 目に見えない風の刃がまっすぐ四人の足を縛っているロープを狙って飛ぶ。

 ぶつぶつと音を立ててロープが斬れ、四人の体は地面に落ちた。

 ハッと我に返ったケッジがウィルを振り返る。その目は涙に濡れていた。


「ケッジ、大声を出しちゃいけない。まだ敵は近くにいるかもしれない。

 戻ってきたら、今度は俺達が吊るされる」


 感情を抑え、静かな声で言うウィルに、ケッジはグッと口を閉じて顎を引き締めた。


 ひとまずケッジが落ち着いたのを見計らってから、さっそくグウェンが死体に近づき、背中を調べ始める。


「ふん、声明文のつもりか?悪趣味な真似しやがる……

 嬢ちゃん、これ読めるか?無理しなくていいぞ」


 グウェンが気遣うも、セリーナはキッと目つきを厳しくして、動かない四人に歩み寄った。

 しゃがみ込み、ひとりひとりの背中を目で追い、時には触れて、文字を確かめる。


「“強き戦士たち、我が剣に血を捧げ、糧となったことをここに祝福する 

 美味なる贄たちの弔いを祝うため 我が名を刻まん 冥界の鴉 デイアモス”」


 読み上げられたおぞましい文章。忌々しげにグウェンが大きく舌打ちする。


「ふざけやがって―――」


 グウェンと同じく、ウィルに襲いかかっているのは恐怖ではなく、凄まじい怒りだった。


 こんな時代だからこそ俺は、人に優しくしたい……

 そう言って、穏やかに笑っていたノブ。


 永遠に失われてしまった戦士の優しさを想い、ウィルの体は未だかつて体験したことのない熱い怒りで震えた。


「覚えたぞ、お前の名前……」


 あまりにも強く拳を握りしめたため、爪が皮膚に食い込み、閉じた指の隙間から血が流れ出す。


 そんなことは意に介さず、体中に怒りの熱を迸らせながら、ウィルは相手の名前を口にする。


「必ず、報いを受けさせるぞ―――デイアモス!」



 ***


 翌日、黄昏が迫り空が金色に染まる頃、恵みの森近くにある村の教会に、四つの新しい墓標が並んだ。


 ウィルのパーティー全員が一日かけて墓守を手伝い一緒に土を掘ったが、疲労を口にする者はいない。

 いつも賑やかなケッジとセルビーすら口数少なく、黙々と摘んできた野の花で墓標を飾っている。


 四人の墓が華やかになっていくのを、やはり黙って眺めているウィルの隣で、セリーナもまた無言だ。


「故郷に帰りたかったんじゃないかな……」


 呟いたウィルの目は、隣り合って立てられたノブとアキナの墓標に向けられている。


「同じ村の出身だって言ってましたものね」


 素直になれない態度をとっていたが、二人がいずれ将来を共に歩む仲であることは、誰の目にも明らかだった。

 同じ地に並び合って葬られたことは、最悪の結末を迎えた今となっては、せめてもの救いだ。


「ヴェンガルさん、無事でしょうか」


 セリーナが心配するのも無理はない。

 あの場に死体こそ無かったものの、ヴェンガルは忽然と消えてしまったのだ。

 周辺を捜したが手掛かりはなく、一日経った今も行方は知れない。


「どこへ行っちゃったんだろうな」


 ウィルは墓標からグウェンのほうへ視線を移す。

 彼は教会の入り口の階段に腰を下ろし、煙草も吸わず何か考え込んでいるようだった。


 グウェンが口では調子のいいことを言いつつも、根本的なところで他人を信用できない性格であることは、長い付き合いで知っている。


 そんな彼が、珍しくヴェンガルには心を開いていた。

 仲間を失った老剣士を心配する思いは、ウィルやセリーナよりずっと強いだろう。


「セリーナ!そろそろお願い!」


 手持ちの花をぜんぶ飾り終えたケッジが呼びかけてきた。

 弔いも終盤、祈りの歌で鎮魂を願う時間になったのだ。


 今までにも何度か請われて歌い手の役をつとめたセリーナだが、さすがに今回ばかりは表情が暗い。


「祈りの歌って、教会や宗派によって、けっこう違うんです。私の歌でいいのかしら……」


 深い悲しみを湛えたスミレ色の瞳は、ミアの墓を見つめている。

 ウィルは優しい手つきで、そっと肩に触れた。


「君の他に、彼らを弔える人はいないよ」


 まっすぐなウィルの言葉に励まされ、セリーナは歩き出す。

 四つの墓を見渡せる位置にセリーナが立つと、その後ろにウィル、グウェン、ケッジ、セルビーと、パーティー全員が揃って並んだ。


 やがて静謐な祈りの歌が、セリーナの唇から響き出す。

 みな胸に手を当て、目を伏せて聞き入り、勇敢に戦った戦士たちが安らかな眠りを得ることを、心から願った。



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