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図書館での自主学習も大事②

 ノブが記憶していた通り、あの老人のこともばっちり載っていた。

 ほぼ全冊に情報が記載されていたから、結構な有名人だ。


 それによると、老人の名前はヨーヒム。

 本人が言っていた通り、魔王城の研究機関に所属し、魔植物の改良と新種の開発・育成においてかなりの成果を上げていたらしい。

 推定年齢は190歳前後、十七年前に目撃されたのを最後に、城内からは姿を消している。


 この他にも、気になる人物は数名見つけられた。


 例えば、仕掛け罠の名手ナイゼル。

 推定年齢210歳、ネズミ型の獣人で、特に床を改造するタイプの罠の造成・設置に長けていたが十九年前から冒険者の前には姿を現さなくなった。


 続いて、戦槌使い(マスター)の異名を持つ豪傑グーファ。

 有に2メートルを超える巨漢で、一時は最高階層へ続く階段の護り手として名を馳せ、その剛腕で冒険者達を震え上がらせたが、ここ二十年間で遭遇した例は無し。

 存命ならばモグラ老人と同年代の190歳ほどか。


 そして「道外れの娘」とも呼ばれる女妖レレニケ。

 10歳くらいの少女の姿をしているが200歳は過ぎている。

 方向感覚を狂わせる作用のある呪い唄を口ずさみながら城内を歩き回り、それを耳にした冒険者達を迷わせ罠や怪物の巣へ誘い込む恐ろしい存在だが、やはり二十年ほど前からその唄は途切れ、姿を見た者もいない。


 他にも挙げていけばキリがないが、彼らに共通するのは、年齢と姿を消した時期……そう、地位や貢献度に関わらず、200歳前後の魔族が、ほぼ同時期にゴッソリと魔王城から行方知れずになっているのだ。


 彼らが消えたのは、二十年から十七年前の間。その時、魔王城で何かが起きたと見て間違いないだろう。


 十七年前といえば、ノブの父マサが命を落とした事件が起きた年……ノブとアキナの出身であるヒノデ村の隣、()()()()が上級魔族によって襲撃を受けたのと同じ年だ。


 恐らく、二十年前に魔王城で何かが起き―――それに関連して、十七年前にタンダ村が襲われた。


 と、ここまでは考えられるのだが、その先がダメだ。

 いくら考えても行き詰ってしまう、良質な資料がふんだんにあっても、やはり図書館の中では調べられる内容に限界がある。


 もう少し詳しいことを知るためには、魔族と話をするしかないだろう。


 フィーデルが居てくれれば良かったが、今はどこで何をしているかさっぱりわからないし、連絡もつかないのだから仕方ない。


 見ず知らずの冒険者に情報提供してくれる魔族なんていう、こちらに都合のいい者が存在するかは微妙なところだが、とにかく探してみよう。いつだって前進あるのみだ。


 ……ということで、これからしばらくはフィールドワークを強化だ。

 森や平原を中心に、モンスターを狩りつつ情報を収集……って、いつもやってるような気もするけど。


 また変なことを始めたとメンバーには呆れられるだろうが、まあほどほどに頑張ろう。


 明日からの方針を決めたノブが、軽く拳を握り締め気合いを入れたのと同じ頃、森の中でも小さな動きがあった。


 ノブ達が倒した魔植物に、寄り添うようにして倒れているモグラ型老人の傍らに、何者かがひっそりと佇んでいる。


 横たわる老人と同じくらい小柄な影……ツギハギだらけの粗末なエプロンドレスを着た、垂れ耳(ロップイヤー)ウサギ型の獣人女性だ。


 艶を失った濃い茶色の毛並みと、目許に刻まれた年輪のようなシワが、彼女が生きて来た年月の長さを物語っている。

 若者には想像もつかないような、途方もない長さを……


 一見すると、ただの小さな老女にしか見えないが、節くれだった指先に生えている爪が、不穏な銀色に輝いている。

 つまり彼女の正体は、モグラ型の老人―――ヨーヒムと同じ、魔族だ。


「まったく、バカなことをしたもんじゃないか」


 見た目の割りに張りのある声で呟いた老女は、地面に散乱している魔植物の残骸をしげしげと眺め、大きな溜め息をつく。


 かつての栄光を忘れられず、城に帰りさえすれば、また筆頭研究者として多くの者に敬われかしずかれる日々を取り戻せると思い込んでいたヨーヒムも、そんなつまらない野望のために生み出され、何を成し遂げることもなく散っていった醜い花も、哀れで仕方ない。


 望まずとも創造されてしまった植物はともかく、ヨーヒムは気づくべきだった。

 時代遅れの技術者など、城に戻ったところでもはや用済み、殺されて魔獣のエサか植物の肥料にされるのが関の山だろう。


 城で捕らえた冒険者にしてきたことが、自分に返ってくるだけなのだ。


 かつてこの老人が、城内でやってきたおぞましい行為の数々を思えば、ずいぶん良い死に方をしたと言っていいくらい。

 城に帰ればすべて元通り、と信じて死んでいったのだとしたら、何とまあ最後までお幸せだったこと。


「アタシもあんたくらい、バカだったら良かったんだけどねえ」


 今更もうヨーヒムのように城に帰りたいとは思わないが、かといって人間の社会に受け入れてもらえないことも、老女は知っていた。


 悲しくはない。寂しくもない。


 同じような立場だった同胞ヨーヒムうしない、老いて力を失くした魔族の無力さを改めて目の当たりにした今、胸の内を去来するのは苦しいほどの虚しさだけ。


「魔王城にも、ヒトが作った街にも、海の向こうの大陸にだって……アタシ達が暮らしていけるところなんてないんだよ。


 アタシ達の居場所なんて…………この世のどこにも、ありゃしないのさ」


 老女の口から漏れた悲しい呟きは、誰に聞かれることもなく、森の木々を揺らす風の中へ消えていった。






第七話/完

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