図書館での自主学習も大事①
呼吸が完全に止まってしまった後も、その場を動かず倒れた魔族を見つめているノブに、アキナとヴェンガルが近づく。
動かなくなった魔植物と、老人の亡骸を交互に見やったアキナが、複雑な表情で首を横に振った。
「自分で創造った怪物に殺されてしまうなんて……皮肉なもんだわね」
「自業自得、だな」
答えたヴェンガルは、冷めたものだった。
「冒険者をエサと呼んで、罠に嵌めたりしてたんだろ。
自分でやってたことが、自分に返ってきただけだ……
ほら、ノブもそんなに気にすんな。
俺達を気色悪い花のエサにしようと画策してたような野郎、助ける義理なんざ無かったさ」
人の好いノブのこと、敵とはいえ目の前で無惨な最期を迎えた相手に対して、憐憫の情が湧いてしまったのだろうと思って慰めるヴェンガルだが、ノブは
「そーですねえ……」
と生返事をしただけで、老人の骸を眺めるばかりだ。
実のところ、ノブの意識はヴェンガルが予想しているのとは別の方向へ向いていた。
全身の骨が砕け、ぼろぼろになった姿は確かに哀れだが、モグラ型の獣人で魔植物の研究者らしい、ということが気になって仕方ない。
その肩書きには覚えがある。先日、パーティーの皆が贈ってくれた図鑑に、該当する魔物が載っていたはず。
名前はハッキリと覚えていないが、見た目と役職に特徴があるので何となく印象に残っていた。
それに確か、もっと気になる一文が説明欄に書かれていたような―――
「おーい、ノブ!!」
自分を呼ぶテリーの声で、ノブは我に返った。
声のしたほうを向くと、テリーとミアが萎びた魔植物の根元を覗き込んでいるのが見えた。
「ここ、人が埋まってて……まだ息がある!!」
「やだ、本当!?」
ノブより早く反応し、走り出したアキナにつられ、ノブも動く。
途中でヴェンガルも合流し、メンバー全員が魔植物の根元へ揃った。
テリーの足下を覗き込むと、冒険者らしき若い男女数人が、肩から上だけ残して地面に埋められているのが見える。
あの怪物百合に捕らわれた後、養分を吸い取られていたのだろう。
一歩間違えれば自分達もこうなっていたかもしれないと思うとゾッとするが、まだ生きているというなら不幸中の幸いだ。
「もう大丈夫だ、がんばれよ」
まずは手近にいた面長な青年に声をかけながら、テリーがその体を引っ張り上げる。
土にまみれたその顔には、うっすらと涙の跡が残っており、開きっ放しの口からは
「トーゴ……すまん、すまん……」
と繰り返し謝罪の言葉が漏れている。
事情はわからないが、胸を締めつけるような切ない響きだ。
こんなことになる前に、何かあったに違いないが……とにかく、一刻も早く助けなくては。
他に埋まっていた戦士の青年と盗賊、短髪の女剣士と白魔導士の女性を手分けして引き抜き地面に寝かせると、医療の心得があるミアがザッと診る。
全員、擦り傷だらけで意識は朦朧としているが、呼吸はしっかりしている。それほど深刻な容態ではないようだ。
「どの方も、衰弱はしてるけど命に別条はないようです。
応急処置だけしたら、転送魔法で病院へ運びましょう」
「そうか、良かった」
診立てに安心したノブに頷き返してから、ミアは自分の杖を掲げ、まずは一番弱っている同業の白魔導士に向ける。
「順番に回復魔法をかけていきますから、皆さんもちょっと手伝ってください。
傷口に薬草を当てて、回復薬を口に入れてあげれば、それなりに効果が出るはずです」
「ああ、お安い御用だ。テリー、道具袋をくれ」
「はいよっ」
ひとまず白魔導士はミアに任せ、残りのメンバーで手分けして、あとの四人を指示通りに手当てする。
ミアの言った通り、薬草と回復薬の効能で傷が塞がり血が巡り出すと、弱かった呼吸が徐々に深く強いものに変わり、顔色も良くなっていった。
「がんばれ、すぐ良くなるからな」
まだ意識の戻らない冒険者達を、穏やかな声で励ましながら、ノブは頭の片隅でさっきの老人が今際に繰り返していたうわ言について考えてみる。
……帰る、魔王城へ……
あれほど切実に帰還を望んでいたということは、あの老人は自分の意志で魔王城から出たのではなく、追い出されたと見て間違いないだろう。
ノブ達相手には失敗したとはいえ、レベル70前後の冒険者なら易々と餌食にしてしまうくらいの魔植物を城外で創造してしまえるような頭脳と技術の持ち主が、なぜ追放されたのか?
一介の冒険者に過ぎない自分が考えを巡らせたところで、どうにもならないとはわかっている……だが、その理由になりそうなことに、ほんの少しだけ心当たりがあった。
証拠はないし、何となく、だけど。
***
負傷した五人を病院へ運び、ノブが代理人になって治療願いの手続きが終えた頃には、もう夕刻近くになっていた。
五人の持ち物から身元を調べ、ギルドに照会してみたところ、それなりに真面目に冒険しているパーティーであることが判明り、速やかに手続きできた。
やっぱり、日頃の行いって大事だ。
ミアの診立て通り、皆ひどく衰弱してはいるものの命に別条はなく、念のため三日ほど入院するそうだ。
ずいぶん酷い目にあったのだから退院後にどんな決断を下すかわからないが、どうせならこの経験をバネに一回り大きくなって、引退せず冒険を続けてほしいものだ。
「何だかよくわかんない一日だったわねえ……」
病院を出てすぐ、アキナがぼやいた。
独り言に近い呟きではあったが、隣で聞いていたミアも頷く。
「あのヒト達の他に誰かが捕まってたような形跡はなかったし、被害を未然に防げたのは良かったですけど、休日返上になっちゃいましたね」
「まあまあ、いいじゃないか。ノブも明日はまた自由行動にしようって言ってたし、人の命には替えられないよ……」
ミアを嗜めながら、そういえば肝心のノブの姿がないことにテリーは気づいた。
「あれ、ノブはどうしたんだ?病院に着いた時には居たよな?」
この疑問には、アキナが答えた。
「あいつなら、先に出たわ。図書館に行くとか言ってたから、何か調べたいことがあるんじゃない?」
「調べたいこと?何だろうな」
さあ、とアキナが肩を竦めたので、
「多分、あのモグラの魔族についてだろうな」
代わってヴェンガルが回答える。
「あの変な色した、でっけぇ魔植物よりも、爺さんのほうを気にしてたみたいだからな。
魔物の図鑑でも見てるんだろ」
「そういえば、殺されちゃった後もずっと見てましたね」
むざむざ取り逃がした訳でもなし、もうこの世にいない魔物について、何を気にすることがあるというのか。
帰路に着いたメンバー達には到底、測り知ることはできなかったか、当のノブは時間を忘れて調べものに没頭していた。
図書館独特の、理知的で居心地の悪くない静寂のなか、分厚い本を積み上げ、一冊一冊、念入りに読み込んでいる。
ヴェンガルの推察した通り、それらは魔族やモンスターについての図鑑と研究書だ。
おもには魔王城内で確認されている魔族についての考察が載っているもので、ここ三年くらいに発行された比較的新しい書籍を選んで集めてある。
貴族の館のように広大なメイウォークの市立図書館は蔵書の量も尋常ではなく、隅々まで整理整頓が行き届いており案内表示もわかりやすく掲示してくれているおかげで、質のいい資料がたくさん見つけられた。