激闘!巨大魔植物vsモブパーティー②
「ボコボコに叩きのめして、ドライフラワーにしてやるわ……っらあああァァッ!!!」
勢いをつけて高く跳躍し、怪物に跳びかかったアキナは、茎と花の境目辺りを狙って、得意の『百烈拳』を叩き込む。
名前に“百”の字があっても、実際のところは七十発前後くらいしか打っていない技だが、相手が動けないこともあってうまく全部当たった。
ここで油断は禁物。触手を持つモンスターにありがちなカウンター技を警戒し、ジャンプから着地すると同時に地面を蹴って距離を取る。
完璧といっていい対応だが、無駄に終わった。
打撃に加え属性付与の分も相まって甚大なダメージを食らった魔植物は、「グギッ……」と小さく呻くのが精一杯で、しおしおと項垂れてしまったのだ。
「……あれ?」
ベストを尽くした結果とはいえ、初撃でここまで効くとは想像していなかったアキナは、防御の構えを取りつつも拍子抜けしてしまう。
「何か、思ったより弱っちい……ひょっとして見かけ倒し?」
隣で様子を見ているノブも頷く。あと一押しすればトドメを刺せそうだ。
「次は俺が行こう。キメられると思うけど、念のため援護を頼む」
「了解!!」
防御から攻撃へ体勢を変えたアキナに後方を任せ、怪物に引導を渡すべく走りだそうとしたノブだが、
「ちょ、待てぇえい!!」
老人の大声に水を刺され、足を止めた。
見れば、老人は青い絵の具でも塗ったように顔面蒼白、肩がワナワナと震えている。
「お……お前ら、いったいレベルはいくつだ!?まさか、80近いのか!!?」
別に教える義理なんて無いのだが、あまりに必死な形相をしているものだから、
「いくつって……だいたい82くらいだけど」
つい答えてしまった。
「はちじゅう、に……!?」
苦しげに吐き出すと、老人はそれこそ化け物でも見るような目でメンバーの顔を見渡し、禁断の言葉を口にした。
「そ、それだけレベル高いくせに、何でまだこんな所に居る?
どうして魔王城に挑戦しないんじゃあ!!?」
ご尤もな、芯を食ってる意見だが、ノブはもう慣れているので動揺したりしない。
誰に何を言われようが例のアレをどうにかしない限り行く気はない。
真っすぐではあるが、しょうもないノブの信念など知る由もない老人は、遠慮なく疑問をぶつけてくる。
「魔王城に入るパーティーの平均はだいたい73~78くらいで、この街をウロウロしてる連中に至っては58~70くらいの連中が主流のはずじゃ!!
80越えてるような冒険者どもが、何でモウグスにも行ってないんじゃあ!?」
「あ、え~~と、モウグスまでは行ってます。
小さい村だから依頼とか受けられなくてここに逗留してるだけで、けっこう前に辿り着いてはいますよ」
ちょっと悔しくて言い返してしまったが、これは完全に火に油だった。
青かった老人の顔が、怒りと興奮で真っ赤に変わる。
「ああ!?それなら尚更、どうしてこんな所に留まってんのじゃ!!
こちとら、罠に使う小道具も呪文もレベル70前後のパーティーを想定して用意してあるんだから、そら通用せんわ!!どうしてくれるんじゃい!!!」
「そ、それはそっちの準備不足でしょ。言いがかりだ!」
罠や呪文についてはともかく、レベル80を越えているのになぜ魔王城へ行かないのか、という意見においては老人に同調したアキナ、ミア、テリーから冷たい目を向けられてしまい、焦ったノブは声を大きくして反論する。
しかし、こうなっては老人も黙っていない。
「うるさい!!こんなチンケな森じゃ、高度な罠や小道具を作る材料が手に入らなかったんじゃ!!
レベル70くらいを対象にするので精いっぱいだったんじゃい!!
お前らのせいで、わしの計画はご破算じゃあ……魔植物の育成が順調にいっておれば、城へ帰れたかもしれんのに!!」
叫びながら老人は、今さらながら自分が城の外にいる、という現実にひしひしと打ちのめされてしまう。
城内の施設で大事に育てれば、この禍々しき百合はレベル90近いパーティーだって一振りで屠ってしまえるような、立派な魔植物になったはず。
それなのに、こんな何もない森の襤褸屋で、ろくな餌も与えられず……戦闘訓練や強化実験も施してやれなかったばっかりに、こんな惨めな最期を遂げさせてしまうとは。
「ぐぐ……」
我が身の不甲斐なさに、肩の震えがいっそう強くなる。
「くそ、何故こんなことに……城、城に居ればこのわしが、こんな若造どもになんぞ……」
独りごちる老人の後ろで、魔植物がわずかに動いた。
散りかけた花がゆっくりと頭をもたげ、まだ辛うじて動ける触手が二本、するすると地面を這う。
それが向かった先に、立っているのは……
「おい、危ない!!」
触手の動きを目で追っていたノブが、鋭く叫ぶ……しかし間に合わなかった。
ノブの警告も虚しく、触手は目の前にいた無防備な獲物―――創造主である老人に絡みついた。
「な、何っ……」
驚いて身を強張らせる老人を、狂いかけの魔植物は容赦なく持ち上げる。
老人はしゃがれた悲鳴をあげながら、頭を下にして空中へ吊るし上げられた。
「やめろ、わしが解らないのか!!?すぐに離せ……離さんかバカモノぉ!!!」
死の恐怖に直面し、なりふり構わず自らの最高傑作を罵倒する老人だが、その声などまるで届かないようだ。
灰色の触手は幾重にも重なって老人に巻きつき、とうとう全身を覆い尽くして老人の姿は見えなくなってしまった。
ミアが攻撃された時とほぼ同じ状況だが、違うのは怪物が捕らえた獲物を仕留めようと、凄まじい力で締め上げていること。
そして、捕らえられた獲物は生気吸引の魔法など使えないということだ。
蛾の幼虫が作る繭のようにも見える触手の檻の中から、苦痛に喘ぐ声と、骨や関節の軋む恐ろしげな音が聞こえてくる。
「くそっ」
短く悪態をつき、ノブは地面を蹴って駆け出した。
最後の力を振り絞り、襲ってくる灰色のツタを躱して、魔植物の中心部を目指してひた走る。
「ギャァシャアアアアアッッッ」
敵意に満ちた咆哮を上げ、禍しき百合の花が、頭を振りかぶって迫ってくる。
ノブを飲み込み、花弁の奥にある牙で噛み砕いてしまおうという腹積もりだろうが、植物タイプの魔物としてはありきたりな攻撃パターンだ。
歴戦の冒険者に対して、効果のある手ではない。
あっさり避けられ、隙だらけになってしまった弱点、花の付け根に斬撃を食らってしまう。
「……ガ……」
巨大な魔植物の断末魔は、ほんの短い呻きで終わった。
一刀のもとに頭を落とされ、恐らくは自分の身に何が起こったか理解できぬまま、人を啖う百合は絶命した。
首を失った怪物は一瞬、大きく痙攣した後、ぱったりと動かなくなる。
老人を縛りあげていた触手も力を失い、地面に落ちた。
乾いた土の上に叩きつけられ、無様に転がる老人の元へ急いで駆け寄ったノブは、その姿を目にして驚いた。
小柄な老人だったはずが、灰色の毛に尖った鼻面、手には恐ろしく長い鉤爪を生やした、モグラ型の獣人に変わっている。
「う……ご……」
口から漏れた声は確かに、さっき会話した老人のものだ。
獣人型の魔物が、ヒトに取り入り易いよう、化けていたらしい。
もう変化の術を使う力もなく、正体を現したということか……既にノブのことも見えていないらしく、年老いたモグラは虫の息で地面を引っ掻いている。
「こんな……こんな所で終われ……城、城にかえ……わしは城に、城……し…………」
城。帰る。
その二つの単語を繰り返しながら、老いた魔族は―――ノブ達は知る由もないが、かつて魔王城の研究部で頂点に立ったこともある並外れた頭脳の持ち主は―――ゆっくりと死の淵へと沈んでいった。