激闘!巨大魔植物vsモブパーティー①
***
街を出ていよいよ森へ入った後も、老人の残した盛り土の道は延々と続いていた。
途中で、追跡できないようもっと深く潜って痕を消してしまったりとか、混乱させるため右に左に分岐点を作ってみたりだとか、そういう小細工をしてくる可能性もあるかと考えていたのだが、そんなことはなく、ひたすら森の奥へと進んでいく。
向かい討つ気でいる、ということか。
整備された遊歩道を外れ、昼なお暗い森の中心部―――分厚い葉をたっぷりつけた木々が鬱蒼と生い茂り、それなりに腕に覚えのある冒険者でない限り、足を踏み入れないような場所まで来ると、ノブ一行はいったん足を止めた。
ひょろ長い枝を幾重にも重ねて空からの光を遮り、陰気な影を作る木立ちの向こう、朽ちかけた粗末な丸太小屋が見える。
屋根や壁に使われている木材の傷み具合からして、かなり古いものだろう。
どんな物好きが建てたか知らないが、今となっては良くないモノが棲みついてしまったようだ。
老人が残していった土の道標は、その中へと続いているのだから……
五人は顔を見合わせると、無言で頷き合い、前衛三人・後衛二人のいつもの陣形を組んで、小屋へと近づく。
一歩一歩、慎重に進んでいき、入り口の扉まであと十歩というところで足を止めた。
まずはノブが代表として、中に居るのはわかってる、出て来いと呼びかけようとしたが、その必要はなかった。
ギギ、と軋んだ音を立てて小さく扉が開いたのだ。
わずかな隙間から例の老人の姿が見えた。黒眼鏡のレンズ越しに、じっとこちらを窺っている。
深い皺の刻まれたその顔から、表情を読み取ることはできないが、ここまで来る道すがら、アキナ達三人から話は聞いている。
恐らくは、人の欲や願望につけこんで罠に填めるタイプの敵。
弱者を装っていても真の実力は測り知れない。油断は禁物だ。
「……何が目的か知らないが、ここまでだ。もう逃げられはしないぞ」
抜き身の剣を構えて凄むノブに、老人は怯むことなく、ただ口角を吊り上げてニンマリと笑った。
内に抱える邪悪さを剥き出しにしたような、ゾッとする感じの笑みだ。
「さあ、可愛い子や……食事の時間だぞ」
不気味な笑みを形作る口から、恐ろしげな台詞が吐き出される。それが合図であったのか、老人の背後から無数の長い影が伸びて来た。
それは乱暴に扉を開けたかと思うと、勢いあまって周りの壁もブチ壊してしまう。
乾いた音を立てて半壊した小屋の中から現れたのは、数十本の触手を持つ、巨大な花だった。
花弁の形は山百合に似ているが、暗い青紫に真っ黄色の斑点という毒々しい色合いで、花を支える茎と葉が変形したらしい触手はくすんだ灰色。
一本一本が中心の花の意志通り動くらしく、大蛇の群れが踊り狂っているかのようにウネウネと蠢いている。
「うえっ……」
グロテスクなものがあまり得意ではないアキナが呻いた。
その反応に気をよくした老人は、いっそう笑みを濃くして、“我が子”たる怪物に命令を下す。
「さあ、行け!!人を啖いし禍々しき百合、我が至高の花よ!!
あの生意気な若造どもを捕らえ、お前の糧とするのだ!!」
ノブ達に向かって指揮棒でも振るかのように、老人が人差し指を突き出す。すると怪物は
「ギシャアアアアッ」
と辺りの空気を震わせる恐ろしげな声で吼えて、灰色の触手をノブ一行へ伸ばして来た。
縦横無尽にうねりながら凄まじいスピードで襲いかかってくる無数の灰色の手。
だがこの狩りは、今朝のように上手くはいかなかった。
自分に向かってきた触手を、リーダーと老剣士は目にも止まらぬ速さで叩き斬り、女格闘家は手刀を食らわせて払い除ける。
戦闘力が低いはずの盗賊とて、巧みにナイフを振り回して、あっという間に切り刻んでしまった。
「くっ……やりおる……っ!」
一撃目で捕らえられなかった以上は、長期戦になるか。
それは厄介だと思った老人だが、後方の様子を見て再びニヤリと笑う。
前衛の連中は大したものだが、武器を持たない白魔導士は突然の攻撃を防ぎようがなかったらしい。
あわれ灰色の触手に捕らわれ幾重にも巻きつかれ、ほとんど姿が見えなくなってしまっている。
「ミアちゃん!!」
「ちぃ……っ」
盗賊テリーと老剣士ヴェンガルが、助けようと駆け寄るが、そうはさせない。
ここは殺さず、人質にするのが得策だろう。
「よくやった、我が子よ!そのまま小娘を、こちらへ引き寄せい!!」
創造主の命には忠実に従うはずの魔植物はしかし、老人の指示に反応しなかった。
「!?」
こんなことは初めてだ、今朝だってこちらの言うことをよく聞き、見事な狩りを披露してくれたというのに。
「どうした、早く……」
振り返って花の様子を見た老人は、愕然として言葉を失った。
さっきまで鮮やかに咲き誇り、天に向かって吼え猛っていた怪物が、深く頭を垂れ、色艶も悪くなっているではないか。
「な、何じゃあ!?」
最初の攻撃で反撃を食らいはしたが、触手の数本を切り取られたところで大したダメージにはならないはず。
こんなに弱っているのはおかしい……
まさか、いま触れている白魔導士に問題があるというのか?
慌てて顔の向きを戻し確かめると、予測は当たっていた。
白魔導士ミアに巻きついている灰色のツタが、茶色に変色し、見る影もなく皺くちゃになっている。
これはまずい、弱点を突かれたか!?
「小娘を離せ、早く!!」
今度こそ老人の命令に反応したものか、それとももう巻きつく力すら失ったのか、ミアを包んでいたツタが、バラバラとほどけてゆく。
「ぷはっ」
解放されて息をついた彼女は、まったくの無傷だった。
それどころか、捕らわれる前より肌ツヤが良くなっているような。
「ミアちゃん!大丈夫か、怪我は?」
心配げに尋ねてくるテリーに、ミアはふふんと得意げに笑い、持っている杖の先を掲げて見せた。
魔法を発動中らしく、持ち手に嵌まっている白い珠が、紫色に発光している。
「植物系だからコレが効くかと思って試しにやってみたけど、やっぱり効果覿面ですね……
そうと解ったら、あんなグロいだけのお花、もう怖くないですよ!!それっ!!」
かけ声と共に高く振り上げられた杖の先から、宿っていた光が四方に飛び、仲間達が装備している武器に降り注いだ。
ノブとヴェンガルの長剣、アキナの金属製ナックル、テリーのチャーム付きナイフ。
それぞれが光を受け、ミアの杖と同様、紫色に輝きだす。
全員の武器が変化したのを見届けると、ミアは戦闘が始まった時に老人がこちらに向かってやったように、杖の先を魔植物に向けてビシッと突き出した。
「皆さんの武器にあのお花の弱点……生気吸引の属性を付与しました!これで一発一発が大ダメージになります!!
さあ、ババンとやっつけちゃってください!!」
杖を飾る珠がひときわ強く光り、反撃の狼煙は上がった。
いくらお人好しが集まったパーティーでも、エモノ呼ばわりされて黙っていられるほど腰抜けじゃない、今度はこちらが攻める番だ。
「オッケー、任せといて!!」
ミアの願いを受け、力強く答えたのはアキナだ。
位置的には自分が最も魔植物の近くにいるし、やる気は充分。強烈な一番槍をお見舞いしてやろうではないか。