世界の半分をくれるとか絶対嘘だから騙されるな
名前を呼ばれた二人は、揃って顔を前に向けた。
「ありゃ、アキナじゃねえか。血相変えてどうした」
「わかんないけど、テリーとミアちゃんも居ますね」
「おーい、その、走ってる人を確保してくれ!」
事態が飲み込めずキョトンとしている二人に、テリーも呼びかける。
「その人は、えーっと……生活の苦しい、たぶん詐欺師!?」
「陽キャに肩入れして陰キャをディスる、胡散臭いジイさんです!!」
「“強さ”ってものを勘違いしてる、不届き者よ!!」
「え~~……何か、三人とも言ってることが違う……」
三者三様の言い分を聞いて戸惑うノブを隙ありと見て、老人はスピードを上げる。
あと一歩で脇をすり抜けられるというところで、突然、面倒くさそうな表情をしたコアラが眼前に現れた。
しまった、と思うより早く、足を引っ掛けられてしまう。老人が前につんのめり、派手に転倒すると、すかさずノブが上から圧し掛かって押さえこむ。
このコンビネーションには老人も為す術もなく、身動きを封じられてしまった。
大通りから追いかけてきていた三人はそれを見て安心し、スピードを落とす。
もう目と鼻の先の距離ではあるが、こちらに到着するまで数秒の猶予はありそうだ。
三人を待つノブに、老人は破れかぶれで囁きかける。
「お前……この大陸を欲しいと思ったことはないか?」
一か八かの嘘ゆえ、かなり大きいことを口にしてしまった。
さすがに不審に思ったことだろう、リーダーは眉を潜めているが、もうこの際だ。老人はスラスラと続きを語る。
「お前ほどの手練れなら、魔王城へ行けばきっと歓迎されるだろう。
陛下は寛大な方だ、よく仕えればこの大陸すべてとは言わんが、三割……いや、ひょっとしたら半分がお前のモノになるやも知れんぞ」
一応、終わりまで黙って聞いたものの、あまりのバカバカしさにノブは鼻で笑ってしまう。
「おいおい、見くびってもらっちゃ困るな。そんな出来過ぎた話に乗るほど、俺は馬鹿じゃないぞ」
やはり、無理があったか……こうなったら大人しくしていたほうが得策だ。
ひとまず、捕まえておくだけで殺すつもりはないようだし、何とか隙を見つけて逃げ出そう。
老人にとって幸運なことに、この路地に石畳は敷かれておらず、ただの砂利道だ。待っていれば必ず、好機は訪れるだろう。
「大陸の半分をくれるとか、超有名な魔王のセリフそのまんまじゃないか。
そんなの本気にして魔王城へ行ってみろ……俺みたいなモブキャラ、大変なことになるに決まってる」
……まずい、チャンスを見逃さないよう抗わずに聞いていたが、この長尺で語るパターンは嫌な予感が……
「世界の半分をもらえる、ワーイってノコノコ出向いたところを捕まえて、生きたまま背中を切り開いて肺を取り出したり、生皮剥いでズボンに仕立てたりするつもりなんだろ!!」
「そこまでムゴいことせんわ!!!」
あまりにも突拍子の無い嫌疑をかけられたもので、思わず大声で否定してしまう。
するとどうしたことか、追いついてきた三人組が足を止め、「うわっ」とか「ひい」とか、短い悲鳴をあげて頭を抱えた。
しばしその場で悶絶した後、なんとか持ち直して一番最初に顔を上げたアキナが、キッとリーダーを睨む。
「ちょっと!グロいもの見せるんじゃないわよ!!」
「いや~~、スマンスマン」
ノブは一応謝るものの、それほど悪いとは思っていないような様子だ。
「昨日、寝る前に『実録・ヴァイキングの伝統的な処刑と拷問』っていう本読んだもんだから、つい」
また随分と物騒なタイトルの本もあったものだ。
「……何でそんなもの読んでんだ」
当然の疑問を盗賊からぶつけられるも、答えるリーダーは呑気なものだ。
「そりゃもちろん、デス・ビジョンの更なる向上の為だよ。
死亡フラグの危険性を伝える為には、それに至るまでのストーリーを練らないと。
ネットで仕入れた情報ばっかりじゃなくて、本や戯曲なんかにも目を通して、知識を増やし発想力を培っていかないとな」
「おいおい……なんかそれらしい理屈くっつけてるけど、要するにネタ探しか」
老人にはさっぱり訳のわからない会話だったが、ノブの意識が仲間達のほうへ向いたおかげで、ほんの少し押さえつけている力が緩んだ。
これぞ千載一遇にして最後のチャンス。
老人はこの一瞬を見逃さず、前でも後ろでもない第三の逃げ道へと身を躍らせる……すなわち、地面へ穴を空け、その下に潜り込んだ。
「うわっ!?」
予想外の出来事にさすがのリーダーも体勢を崩し、穴の空いた砂利道に膝をつく。
この機に乗じて地下から攻撃を繰り出し、戦闘に持ち込むこともできるが、五対一では分が悪い。
そもそも直接対決なんて野蛮なものは苦手だ。自分の身一つで戦ったとして、リーダーはおろか盗賊にすら勝てないだろう……つまりは三十六計、逃げるにしかず。
老人は固い土を掻き分け、暗い地下をずんずん進む。
一方、地上では、ノブの元へアキナ達三人も合流し、パーティーメンバー全員が揃った。
「ノブ、大丈夫か?」
「ああ、何ともない」
心配してくれる盗賊に答えて立ち上がったリーダーは、膝に着いた砂を払いながら、奇怪な老人が潜り込んだ地面へ視線を落とす。
不意を突かれて逃げられてしまったものの、恐らく老人が進んだ方向に沿って、こんもりと土が盛り上がっていた。
どうやら街の外へ出て行ったようだが、それにしたって不自然なくらい目立つ逃走経路だ。
これではまるで、追いかけてきてくれと言わんばかりではないか。
「どうする?ノブ」
ノブと同じく盛り土で出来た一筋の道を見つめながら、ヴェンガルが訊ねて来た。
老人が残していった解りやす過ぎる痕跡を辿ったところで、十中八九その先には罠が仕掛けられていることだろう。
今のところノブ達に被害はないし、討伐依頼が出されてるわけでもないから何の責任も負っていない。
けれど、このままあの老人を放っておいて、街の住民や冒険者仲間に何らかの被害が出てしまったら……?
「このままにはしておけないな」
真面目に冒険やってる者の辛いところだが、やっぱり放ってはおけない。
ノブは背筋を伸ばし、リーダーの顔になってメンバー達と向き合う。
「みんな、これからあの老人を追いかけるけど、俺達を罠にかけるつもりで待ってるだろうから、充分に気をつけてくれ。
いつでも戦闘に入れるよう構えておくのはもちろん、万が一の時はすぐ逃走できるように備えて進もう」
「了解!」
揃って返事した四人も、勇敢な冒険者の表情になっているのを確かめ、ノブは頷いた。
「それでは、追跡を開始する。みんな、俺に着いてきてくれ!!」
「おーー!!」
こうして、怪しいこと限りない老人の正体と思惑を暴くため、一行は勇ましく出発した……が、さっき膝をついた時にノブの手から一片の紙切れが落ちており、目敏く気づいたテリーがそれを拾ってしまった。
何が書いてあるか確かめ、ちょっと顔を顰める。
「あ、馬券だ」
ハッとして振り返るノブだが時遅く、テリーの手元を覗き込んだ女子二人から冷たい目を向けられてしまう。
「え~~っ……リーダー、競馬場行ってたんですかぁ?」
目を細めたミアに、非難げな口振りで責められ、動揺せずにはいられない。
「い、いいだろ別に!少額賭けただけで、大金使ったわけじゃないし」
今度はアキナが、ふんっと鼻を鳴らした。
「みんな最初はそう言うのよ……知らないわよ、無一文になって身を持ち崩しても」
「そ、そんな無計画にギャンブルしねーし!!いいからもう、追跡に集中!!」
結局、いつも通りの締まらない感じで、森へと向かう追跡劇は始まった。