怪しい勧誘にも注意!⑥変な老人vsこども道場師範代・アキナ先生Ⅱ
「あたしなんて、月に2~3回しか顔出せないし、指導のほうは素人だもん。
謝礼だってオーナーがどうしてもっていうから貰ってるけど、本当はお給料なんて出してもらえる身分じゃないんだ」
「そう?でも何だか悪いみたいで……」
「いいってば。ちゃんと本業でそれなりに稼いでるし、今教えてる子たちから立派な冒険者が出れば、それで充分……
いつか、あの子たちの誰かが『最強の格闘家』なんて呼ばれるようになったらさ、私がその最初の師匠ってことになるでしょ?そう考えただけでワクワクするんだよね」
「まあ~~、本当にアナタ、出来た女だこと」
感心しきって溜め息をつくクラポンに、老人も密かに同調する。
なるほど、よく出来た娘だが、人の好さとは裏を返せば他人に対して信じやすく疑いを持たない性格ということ……つまり、騙されやすく簡単につけ込まれる性格だということだ。
胸の内側で消えかけていた闘志が、メラメラと燃え上がってくるのを感じる。
こんな、どこにでも居るような目立たないパーティー相手にこのわしが……かつては魔王城の研究チームを統率し、攻撃型植物を開発・育成させたら右に出る者はいないと謳われたこのわしが、虚仮にされたままでは終われない。
何としても我が子の前にパーティー全員引きずり出して、底無しの絶望と恐怖を味わわせてくれる……!
「それじゃ、そろそろ行くね。次はいつ来れるかわからないけど、また時間できたら連絡するわ」
「はーい、待ってるわよ。ノブくん達によろしく。
たまには鍛えに来てちょうだいって、伝えておいてねん」
「おっけ~~」
身をくねらせるクラポンに短く別れの挨拶をして、アキナはジムを後にする。
背後で扉が閉まり、大通りへ向かって歩き出して間もなく、
「伝説の格闘家、最強の冒険者……」
足下から、低くしわがれた声が囁きかけてきた。
はっとして視線を下げると、黒眼鏡をかけた小柄な老人が目に入った。
「何よ、アンタ」
老人から漂うただならぬ雰囲気を感じ取り、反射的に身構えるアキナだが、老人は怯むこともなく不穏な笑みを浮かべるだけだ。
「お前、自分自身がそれを名乗りたくはないか?
最強なる者の師ではなく、自分こそが最強の武人と語り継がれるべきと考えたことはないか……
わしならその望みを叶えてやれる。誰もが最強と認めざるを得ぬ力をお前に与えてや」
老人の口上が最後まで終わる前に、アキナが動いた。軽やかに跳んで距離を詰め、老人の脳天を狙って拳を振り下ろす。
「どうわっっ」
攻撃が当たる寸でのところで横に転がり、避けることができたが、代わりに拳を受けた石畳は無事では済まなかった。
老人が立っていた辺り、1メートル四方くらいがドゴッと重い音を立てて割れ、粉々に砕け散る。
アキナが拳を離して立ち上がった時には、平らだった石畳が小石と砂利に変わっていた。
「ふむ……手加減したとはいえ、少しは動けるようね」
硬い石に打ちつけたというのに、傷一つ負っていない拳から土埃を吹き払って、アキナは青褪めている老人を睨みつける。
「さ、次は手加減なしで行く。最強って言葉を口にしたからには、また避けてみな」
「ちょ、ちょっと待て!わし自身が最強とは言っておらんぞ」
あの打撃をまともに食らうなど、冗談ではない。ぺっちゃんこに潰れ、石畳の一部と化して終わりだ。
「わしはお前に、魔王も歯が立たんような強い肉体を与えてやろうと、そういう相談をだな……」
「フン。何が目的かは知らないけど、見くびらないでよね」
必死に甘言を浴びせてくる老人に対して、アキナの態度は冷淡なものだ。
「自分の身すらロクに護れないような輩が、最強を口にしようとは笑止千万」
だから何なんだこのパーティーは!?若い娘が輩とか笑止千万とか!!
「まだまだ修行中の身とはいえ、私だって格闘家の端くれ……
このアキナ、自分より弱い相手から教えられることなど、一つもないわ」
……カッケぇ~~。なに神拳の使い手ですかこの人は。南斗石畳破砕拳??
「あ、もちろん精神面とかは別よ?腕力がなくても、強い心や信念を持っている人からは学ばせてもらうことは沢山あるわ。
でも、いきなり『最強にしてやる』なんて声かけてくる奴は論外、信用に値しない。アンタから教えを受けるなんて御免よ」
ズ、ズバズバと酷いことを言ってくる……筋は通ってるけど。
それにしても、全部図星なので言い返すこともできない。こうなったら、やるべきことは一つ。
老人はアキナに背を向けると、今日一番のスタートダッシュを決めて逃げ出した。
「あっ!!ちょっと、待ちなさいよ!!」
呼び止められたところで、大人しく足を止めるはずもない。
老人は驚異的なスピードで路地を出ると、角を曲がって人通りの多い街の中心部へ向かってひた走る。
うまく人混みに紛れてしまえば、もう追ってこれまい。
あんな訳のわからないパーティーに固執してしまったのが間違いだった。そもそも、最初に仕掛けた看板に引っ掛からなかった時点で、見送れば良かったのだ。
今さら後悔したところで仕方ない、この失敗を活かして、次はもっと上手くやる。
魔王城にいた頃だってそうだった、100回の失敗を重ねても、101回目に成功すれば結果オーライだ。
なるべく前向きな思考を巡らせ、自らを奮い立たせながら走り続ける老人の目に、非常にまずいものが飛び込んできた。
前方から来る一組の男女……意識高い盗賊と腐女神に取り憑かれた白魔導士だ。
「……そっか、ミアちゃんのところにも現れたんだ。いったい何を企んでるんだろ?」
「わからないけど、悪いことに決まってます!!捕まえて市警団に突き出してやりましょ!!」
「まあまあ、お年寄り相手に手荒な真似は……ん?」
老人にとって間の悪いことに、二人は先ほど遭遇した怪人物について話し合っている最中だった。
まさにその張本人が目の前に現れたものだから、反応も早い。
まずは白魔導士が、老人に向けてビシッと人差し指を突き出す。
「あーーーっ!!さっきの!!!」
「本当だ、こんな所に居たのか!」
「ぐっ……」
前方にこの二人、後ろからは女格闘家。
挟まれてしまったが、幸い建物の間に曲がれる道があった。すぐさま方向転換し、そちらの道に入る。
「待てーーー!!!」
三つの声色と足音が追いかけてくるが、捕まってなるものか。
このまま街の外まで全速疾走するつもりだったが、またしても問題発生。
正面から、見覚えのある二人組が現れた。長身の若い戦士と、大剣を背負ったコアラだ。
「いや~~、外れちゃったのは残念だけど、行ってみると楽しいもんですね」
「だろ?そんなに悪いモンじゃねえんだよ競馬ってのは。
応援したい馬に、一票入れるつもりで券を買えばいいんだ。金儲けしようなんて企むから話がおかしくなんのさ」
「なるほど、アイドルの人気投票みたいなもんですね?深いなあ……」
そんなに感心するほどでもないようなことを語り合いながら、こっちへ歩いてくるのは、パーティーリーダーのノブと頼れる老剣士ヴェンガルだ。
まだこちらに気づいた様子はないので、このままスピードを落とさず横をすり抜けようと画策する老人だが、
「ノブ、先輩!!そいつ捕まえてーーー!!」
そうはさせまいと、追い縋るアキナが叫ぶ。