怪しい勧誘にも注意!⑤変な老人vsこども道場師範代・アキナ先生Ⅰ
疲労しきった体に鞭打ち、走れるだけ走り、気づけばもう街の出入り口近くまで来ていた。
できれば門を出て森へ入ってしまいたかったが、これ以上は足が言うことを聞かず、倒れるように止まる。
無様に地面へ膝を着き、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、いったいこれで今日何度目の全力疾走になるのかと考える。
もういい、もう沢山だ……せっかく見つけたレベル高めの冒険者達だが、この調子ではアイツらを捕まえる前にこっちが心臓発作で逝ってしまう。
レベルは低くてもいいから、すぐ騙せそうな別のパーティーを探すとしよう。
適当な者達が見つかるまでしばらくは、小動物でも狩って与えておけばいいだろう。
そうと決まれば、こんな所にいても仕方がない。変な連中に目をつけてしまったばっかりに、時間を無駄にしてしまった。
さっさと森の奥に引っ込み、次の獲物を仕留める計略を練るとしよう。
これ以上の面倒事は懲り懲りだ、とまだ息も整わぬうちに立ち上がったその時、すぐ近くにある建物の扉が開いた。
立て続けに予想外の出来事が起きて精神を削られていた老人は、ビクッと体を震わせ、慌てて近くに詰まれている木箱の陰に隠れる。
できるだけ小さく体を丸め、誰にも見つからないよう祈りながら息を殺していると、ガヤガヤと賑やかな声を立てながら数人の子供達が出て来た。
年の頃はみな10才前後、男子が多いが、ちらほらと女の子の姿もある。
どの子も半袖に短いズボンという動きやすい服装で、生傷だらけ。足や顔に痣が出来ている子も少なくないが、奇妙なことにみんな笑顔だ。
子供達はドアの前で一列に並ぶと、一斉に行儀良く頭を下げた。
「アキナ先生、ありがとうございました!!」
「はい、お疲れ様。気をつけて帰るのよ」
建物の入り口に立って、朗らかな笑顔で子供達に答えたのは、赤毛の女格闘家アキナだ。
見覚えのある顔を見つけ、老人の萎んでいた気分が少し盛り返す。
これはもしや、新たな好機か?
“三度目の正直”となるかも……いや、“二度あることは三度ある”のほうかもしれない。今少し、様子を見るとするか。
そう決めて木箱の陰に腰を据えた老人は、改めて子供らが出て来た建物を確かめる。
よく見たら扉の上に看板があり、『目指せ最強のファイター!!武道のプロのためのジム:ヘラクレスの洞窟』という派手な謳い文句が書かれていた。
後付けらしい小さな木札に『こども道場・随時受講者募集中』ともある。
冒険者専用のジムというやつか。女格闘家は子供達に手ほどきする講師をやっているのだろう。
看板の下、別れの挨拶を済ませた子供達は、大通りのほうを目指してぞろぞろと列を成し、歩いていく。
アキナのほうを繰り返し何度も振り返り、別れを名残惜しんでいる様子からすると、かなり慕われているようだ。
そんな子供たちにアキナも嫌な顔一つせず手を振り続け、最後の一人が路地の角を曲がって見えなくなると、ようやく腕を下ろした。
すると帰路に着いた子供たちと入れ替わりに、扉の奥からヌッと大きな影が現れる。
「アキナちゃん、お疲れ~~。今日もアリガトねん」
鼻にかかった重低音で礼を言ったのは、何とも派手な大男だった。
浅黒く日焼けし、テラテラと輝く肌。前髪だけ黄色に染め、お洒落な2ブロックに刈った髪。
全身を覆う鎧のような分厚い筋肉を誇示するかのように、着衣はピッチリとした水色のタンクトップと膝上丈の短いスパッツだけ。
それこそ古の英雄ヘラクレスを思わせる彫りの深い顔をしているものの、ぽってりとした唇にはベビーピンクのリップが塗られている。
かなりインパクトのある男だが、アキナは慣れているようで、柔らかな笑顔を返す。
「クラポンもね。お疲れ様」
クラポンて。なかなか独創的な名前だと思ったが、男はぷうっと頬を膨らませて不満を示した。
さっき白魔導士が同じような仕草をしたが、ビジュアル的にえらい違いだ。
……いや、どっちが良いとかそういうのは見る側の嗜好によって変わるから一概には言えないし、ガタイのいい大男だからって可愛こぶるのはおかしいって否定するのは時代に逆行する流れだから、そういうことじゃなくて……その……何というか……あれが、それで、あの、あれ……
「もぉ~~、変な風に略さないでって、いつも言ってるでしょ!?アタシはクラッシュベリー・ポンポン・キャンディ!!」
名前……なのか、それは?
男の外見同様、奇抜すぎて、却ってよく合っているという気もする。
「ごめんごめん、つい。長いからさ~~」
「全然悪いと思ってないでしょ!!もぉ!!」
恒例となっているやり取りなのか、二人はキャッキャと笑いあう。何というか、現代という時代を感じる光景だ。
一頻り笑った後、クラポンと呼ばれる男は子供たちの去った方に目を遣り、感慨深げな表情を浮かべた。
「それにしても、みんな強くなったものねえ。
道場に入って来たばっかりの頃は、心配になっちゃうくらいひ弱な子もいたのに。すっかり逞しくなっちゃったわ」
そうだね、とアキナも頷く。
「みんな、真面目に通って来てくれるし、真剣に取り組んでるから上達も早いのよね。こっちも教え甲斐があるってもんだわ」
「そうね。確かにどの子も優等生だけど、何よりアキナちゃんが教えるの上手いから。
ちょっと覚えの遅い子には根気よくついてあげるし、実力はあるけど天狗になりそうな子は叩きのめして態度を改めさせて。
ほんと、一人一人をよく見て指導してるなって、毎回感心するもの。
子供たちも、あなたが真剣に向き合ってくれてるって理解ってるから、本気でぶつかってくるし頼りにしてるのよね。
相手が幼いからって子供扱いするトレーナーじゃ、こうはいかないわ」
「もぉ~~、クラポンは褒め上手なんだから。私なんてプロのトレーナーじゃないんだから、そんなこと言われたら調子乗っちゃうよ」
照れて頬を掻くアキナに、クラポンは大きく首を横に振った。
「そんな、謙遜しないでちょうだいな。子供を一人前に扱って、なおかつ細やかにフォローできる人って、そうは居ないんだから。
うちのジムだって、市内じゃ一番トレーナーの質が高いなんて言われてるけど、児童への指導ってのはなかなか難しくて……特にアタシはダメ。
出来る子もそうでない子も、もう可愛くってさ。ついつい甘やかしちゃうのよねぇん」
両手でギュッと何かをを抱き締める仕草をしながら、うっとりと目を閉じ、身をくねらせるクラポン。
あの太い腕に抱き竦められては、小さな子供など一溜りもない。
息が出来ず全身の骨を砕かれて終わりだ……大人だって結構なダメージを食らうだろうが、アキナはニコニコしながら聞いている。
「クラポンは母性の塊だね~~」
母……性………?いや、こういうのはとかくデリケートな問題。疑問に思ってはいけない。
「あたしが男だったら、惚れてたかもなぁ」
今度はクラポンが照れる番、小麦色の頬がほのかなピンク色に染まる。
「もぉ~~、またそんなコト言って、めっ!!褒めても何にも出ないわよぉ」
ちょっともう年寄りにはついていけないレベルの会話で盛り上がり、はしゃいだ後、クラポンがフッと何か思い出した様子で、おもむろにタンクトップの胸元から封筒を取り出した。
「はい、これ今日の分ね」
「あ、どうもね。ありがとー」
特に抵抗なく差し出された封筒を受け取ったアキナは、中身を確かめることもなくササッと上着のポケットに仕舞いこむ。
そんな彼女を眺めながら、クラポンは申し訳なさそうに眉を寄せ、首を捻った。
「ほんとにそんな最低賃金でいいのォ?
毎度毎度、申し訳ないわ……うちのオーナーも気にしてるしさ、もう少し多めに貰っておいたら?」
「いーの、いーの」
とんでもない、と言わんばかりに、アキナは両手を顔の前でぶんぶんと振る。