怪しい勧誘にも注意!④変な老人vs白魔導士Ⅱ(※陰キャの悲しい学生時代注意※)
つい共感してしまい反論せずにいたら、ミアは更に調子づいて主張を続ける。
「こんな風に傷つけられ、バイ菌扱いされて、どうしたら生身の人間など愛せるというのか。
2次元の登場人物なら、私達に暴言を浴びせたり、悪意のあるイタズラを仕掛けてきたりしない……
『非現実と現実の区別がついてない』と大人は知ったようなことを言うけれど、そうじゃない。
2次元が手の届かない、架空の世界だっていうことなんか百も承知です。
でも、まず現実のほうから爪弾きにされてしまったから、どんな自分でも受け入れてくれる2次元に逃げるしかなかったんですよ。
アニメを見ている三十分、あるいは読書している一時間だけ、自分が生きている世界の辛さを忘れられた。
続きを観たいっていう気持ちが、真っ暗な絶望に射す一筋の光だった。
まだアニメ・漫画・ゲームに関しては割とゆるい修道院で育ててもらったから私は良かった。
もし全面禁止の環境だったら今頃は引きこもって世の中のすべてを拒絶しているか、最悪もうこの世にはいなかったかも……」
……まずい、なんか、涙出そう……
「こんな灰色どころか暗黒の思春期を過ごし、何とか18歳まで生き延びたら今度は、“さっさと恋人作れ”の風潮が襲ってくる……
『もとは可愛いんだからオシャレしなよ』とか
『色々な人と付き合って人生経験を積まなきゃ』とか
『二十歳近いのに彼氏いない歴イコール年齢はヤバいよお』とか……
余計なお世話だアバズレども!!
誰のせいで恋愛スキルが低いと思ってんだ、誰が“現実の人間とは恐ろしいもの”だと無意識下に植え付けてきやがったんだ!!
だいたい、学校と家の行き来だけだった生活が、虚しくて意味の無い日々だって決めつけんなよ!!
あの頃、無駄な知識や経験が邪魔をせず、今より純粋な目でストーリーを追いかけることができた頃。
大好きなキャラクターの目線や表情に胸をときめかせ、自分より強い敵と戦い、厳しい運命に抗おうとする主人公の危機に手に汗握り、時には悪役の悲しい過去にとめどなく涙する……
あの日々は確かに輝いていた、私には必要な時間だった!
もしタイムスリップしてやり直せる日が来たとしても、私は同じ道を選びます。
部活に汗して他校と成績を競い合い、気になる男子と交わすメッセージのやりとりで一喜一憂する……そんなカースト上位どもの青春こそ私にとっては無意味、クソくらえだ!!
これからの未来も通り過ぎていった過去も、私の人生はいつだって、各種ゲームハードとテレビトゥーキョーと共にある!!」
「未来までは言い過ぎじゃろ!!」
昨今、騒がれている少子化問題というやつがなぜ解決しないのか、何となく理由が解ってしまった気がする。自分も思い当たる節が結構あるけども。
一件おとなしそうなミアのヒートアップを目にして、思わず声をあげてしまったのは、老人ばかりではなかった。
「いいぞーっ、白魔導士ちゃん!!」
突然、路地に野太い声が響く。
ぎょっとして声のした方を見ると、ミアの背後にある店舗の二階バルコニーから、三人組の男が腕を振り上げて声援を送っている。
いつからそこに居たのか……?
よく見ると、さっきミアが出て来た地下階段の昇降口にも女三人組がいて、激しく拍手をしている。
どっちもまあ、地味で冴えない感じの連中だ。
「もっと言ってやれーーー!!」
二階に居る男連中の真ん中、小太りで分厚い眼鏡をかけた奴が、ひときわ大きく声を張って叫んだ。
「中二の時に隣のクラスの女子に手紙で呼び出されて、ドキドキしながら体育館裏へ行ったら誰もいなくて。
三十分も待たされた後に物陰から陽キャグループの男どもがワラワラ出てきて、爆笑しながら『ドッキリでした~~』
……お、お、お前らは自分たちの一時の楽しみのために……一人の少年の魂を、虫けらみたいに踏み潰したんだァアア!!!」
涙ぐみながら悲惨な学生時代の1ページを吐露した男に続き、今度は階下の女が口を開く。
やっぱり三人組の真ん中にいる、長い髪を引っ詰めにした、化粧気のない女だ。
「私は中三の時、仲良し三人でやってた夢小説の交換ノートを盗まれて、黒板に貼り出されたわ!!
無惨に破られたページのまわりに、赤や黄色のチョークで書かれた
『ヘンタイ小説!!』
『キモエロ女先生の最新作!!』
『ブスの妄想!!』っていう文字……
今でも夢に出てくるのよーーーッッツ!!!」
絶叫し、最後は泣き出した友につられ、他の二人も涙を流して身を寄せ合う。
それぞれに辛い過去を告白し、思いの丈を吼えて気持ちが昂ぶったヲタ男女たちは、再び拳を振り上げた。
「がんばれ白魔導士ちゃん!!陽キャの肩を持つ老害になんか負けるなぁーーー!!」
「私達ヲタクだって、辛い現実と向き合いながら、それでも一生懸命に生きてるんだって、解らせてやってーーー!!」
力強い声援を送ってくれる、同じ店舗に集いし仲間達に手を振って答えると、ミアは老人に向き直る。
その表情に浮かんでいるのはもう、怒りでも憎しみでもない。
老人に向けられた瞳には、自信と誇りが満ちていた。
「さあ、もう諦めることですね、怪しいお爺さん。
何が目的かは知りませんが、ヲタ仲間たちの為にも、私はどんな甘い言葉にだって屈しませんよ。
それに、私にだって特別な男友達の一人くらい居ますから。非ヲタのリア充にだって負けません!!」
自分はもはや、全方位無敵のヲタクであるということを示してやるつもりだったミアだが、これは完全に失策だった。
背後からの温かな応援が、一瞬でブーイングに変わる。
「男友達……!?くっ、騙された!!リア充じゃねえか!!」
「よくも彼氏いるくせに喪女代表みたいな主張をしてくれたわね、裏切り者ぉーーーっ!!」
「引っ込めーー引っ込めーー」
あっさり手の平を返して引っ込めコールを繰り返すヲタク達に、ミアも負けじと怒って振り返る。
「別にいいでしょ、それくらい!まだ全然、ただのすっごく仲いい友人って感じで彼氏じゃないですし!
それに、相手もオタクです!最近やっと『霊界で探偵になった男子中学生が、事件解決したり武闘会に出たりする話』を読み終わって、今は『名前を書かれると死ぬノート』を狂ったように読んでますよーーーーッ!!!」
これも完全に逆効果だった。むざむざ火に油を注いだようなもので、ヲタク達はいっそう大きく騒ぎ出す。
「ギャーーッ!!ノロケだ!!ノロケだぞーーー!!!」
「悪霊退散――っ!!リア充は陽のあたる所へ帰れーーーっ!!!」
引っ込めコールが帰れコールへ変わった時にはもう、ミアの後ろにいた老人の姿は消えていた。
彼女の意識が敵対してしまったヲタク達に向いている間に、コソコソとその場から離れてしまったのだ。