怪しい勧誘にも注意!②変な老人vs盗賊Ⅱ
急に語り出しやがって、『プロヘッチョナル』でも始まったかと思ったわ。
わし、別に『あなたにとって盗賊とは?』とか聞いてないけど。
だめだ、コイツとは根本的に合わん。魔族と人間の違いとか、そういう以前にこういう感じの、何だ、意識高い系?すっごい苦手だもん。
魔王城にもこーゆー奴いたけど、極力関わらないようにしてたし。
ほんとダメ、『努力したから今があります』って言い切っちゃう奴。
それ言われるとこっちが努力してないみたいになるじゃん、わしだって精いっぱいやってんのに結果が出ないから悩んでんだよ。なのに
『せっかくここまで来たんだから投げ出すのは勿体ないよ、もう少し頑張ってみたら?』とか
『ちょっと厳しいこと言うかもしれないけど、努力不足なんじゃないかな?俺もそういう時期あったけど、歯食いしばってがんばったら何とかなったし』とか簡単に言いやがって。
自分では背中を押してるつもりかもしれないけど、こっちにしてみたらハンマーで殴られてるぐらいのダメージ受けるっつーの。
そりゃ成功者は誰しも例外なく、並々ならぬ努力をしていることだろう。
我々のような“その他大勢”だってそれは同じだが、勝ち組連中には少しだけ運や環境、時代を読む力や人から愛される魅力なんかがあって、多分そのほんの少しの差のことを人は才能と呼ぶんだ。
だから結局、この盗賊なんて……
「この、才能の塊!!!」
「はい!!?」
恐らく自分とは最もかけ離れている称号で呼ばれ、ビックリするテリーの隙を突き、老人は回れ右して走り出す。
振り向きざまに、
「お前みたいなのが定年した頃に前科持ち未成年の被後見人になって、家族同然に思って面倒見てたらまんまと金目のもの持ち逃げされて痛い目見るんじゃ、アホーーーッッ!!!」
と適当に罵ってやったら、テリーはサッと青褪めた。
「な、なぜ去年、大叔父さんの家であった事件を知って……!?」
「居るんか、親戚に!?親戚もアホーーーッ!!!」
できる限りの大声で怒りをぶつけ、老人は狭い路地の横に伸びた、更に細い脇道へ駆け込んだ。
「あ、ちょっと……!!」
ある程度会話してしまった手前、つられて追いかけるテリーだが、脇道の入り口に着いた時にはもう、老人の姿は影も形もなくなっていた。
「あれ……?」
あの見た目からしてそれほど遠くへ行ったとも思えず、しばらく辺りを探してみたテリーだが、老人を見つけることはできなかった。
***
盗賊テリーが脇道をうろついている頃、彼が探している老人はとうにそこを抜け、三つ向こうの裏通りに居た。
厄介な奴に関わってしまったばっかりに、また走る羽目になってしまった。
こんなことなら幻術とか混乱付与とか精神系の魔法ばっかりじゃなくて移動魔法も習得しておけばよかったと思うが、この年になっては後の祭りだ。
こんな目に逢うのも、あの盗賊が真っ当すぎたせい。
どう生きればあんな風に自己肯定感が高くなるものか、割りとマジで理解できない。
イライラしながら息を整えていると、目の前の店舗の地下階段から上がってくる人影が見えた。
鼻歌混じりで地上に現れたのは、さっきの盗賊の仲間の白魔導士だ。
店の前で一端止まると、大事そうに抱えている袋に手を入れ、ゴソゴソと中身を探り分厚い本を引っ張り出した。
「うふふ……予約してたDVD取りに来たらまさか、去年入手し損ねた再録本を発見するとは……幸運すぎる。
完全に腐女神様が微笑んでくれましたよコレは。ふふふ、ふへへ」
ニマニマ笑いながらさっぱり意味のわからないことを呟いているが、手元の袋から本を引き出した勢いで一緒に入っていたDVDが半分ほど飛び出している。
そのパッケージにはきらびやかな衣装を纏い様々な種類の剣や刀を構えた美男子が、大勢写っていた。
よくわからないがアイドルみたいなものだろう。手の届かないものに憧れるとは、まだまだ幼い。
思えば、一番最初に老人が用意した看板を気に掛けたのはこの娘だった。
仲間の登場で我に返ってしまったが、多少は心魅かれていたのかもしれない。
これは、まさしく僥倖。さっきの盗賊は失敗したが、ここで挽回だ。
この娘を惑わせて、予定通りパーティー全員釣り上げてくれよう……!
老人は片手を胸に当てると、苦しそうな表情を作ってヨロヨロとその場に膝をついた。
ちょうど呼吸も乱れていたので、その姿はどう見ても急に具合の悪くなった年寄りにしか見えない。
困っている人がいたら助けるよう、幼い頃からみっちり叩き込まれている白魔導士ミアは、すぐさま再録本とDVDを鞄に仕舞って駆け寄った。
「大丈夫ですか?お爺さん」
よし、かかった。老人は笑い出したくなるのを堪えながら、か弱い年寄りを演じる。
「ああ、すまんのう」
「確か大通りに出れば総合病院へ行く馬車が……」
「いや、それには及ばん。少し休めば快くなるでな……ちょっと、あそこに座らせてくれんか」
老人が近くに設置されているベンチを指差すと、ミアはこくりと頷いた。
「わかりました、行きましょう。ゆっくりでいいですからね」
ミアは文句一つ言わずよたよたと進む老人に手を貸し、ベンチまで付き添う。
この優しさというやつは人間にとっては美徳なのだろうが、邪悪な存在にとってはつけ入るために都合のいい感情でしかない。
ミアの手を借り、無事にベンチまで辿り着いて腰掛けた老人は、人の好い笑顔を浮かべて礼を言う。
「どうもありがとう、助かったわい」
「いえ、当たり前のことをしただけですよ」
微笑み返してくるミアに目を細め、老人は出来るだけ優しい口調で続ける。
「この世知辛いご時世に、まったく感心な娘さんだ。
どうだろう、何かお礼がしたいんじゃが……欲しいモノなどないかね?」
「そんな、いいんですよ。好きでお手伝いしただけですから」
思ってもいなかった申し出に、慌てて顔の前で手を振って断るミアだが、老人は諦めない。
「そう言わずに、お礼をさせてくれんかね。このままではわしの気が済まんのだよ。
モノじゃなくても、悩み事などないのかね?ひとつ、相談に乗ろうじゃないか」
「悩み事ですか……」
娘は何やら、思い当たるものがあるようだ。これはいい兆候だ、食い下がった甲斐があった。
「その顔は、悩みがあるのだね?」
「ん~~、お爺さんには言ってもわからないと思うんですけど……」
「まあまあ、いいから話しておくれ。お前さんの力になってやりたいのだよ」
「そこまで言うなら……」
どうやら話す気になったらしいと見て、老人は胸の裡で邪悪な喜びに浸る。
それでいい、悩みのない人間などいないのだから、ぜひとも解決に手を貸してやろうではないか。
簡単なことだ、我が子の贄となり、干からびて土の下で眠りにつけば、もう悩み苦しむこともない……これぞ完璧な救済ではないか。
などと老人が内なる悪に悦っているが、ミアを動かしているのは孤独な老人の寂しい気持ちを汲んであげなければ、という純粋なボランティア精神だった。
別に誘惑に屈したとか、洗脳が効いてきたとかそういうことは一切無く、
「せっかく出来た話し相手だから、もう少し会話したいんですね。面倒くさいけど、しょうがないな~~」と半ば義務感から、もう少し付き合ってあげることにしたのだ。
それはそうとして、話すと決めたからには順序立てて説明できるよう、ここ最近ずっと頭の片隅にある問題について考えを整理してみる。
たっぷり長い間を置いた後、ミアは口を開いた。老人は一言も聞き逃すまいと、前に乗り出す。
「よく遊んでるお友達二人が、ちょっと今、ケンカしちゃってまして」
ふむ、人間関係か……女同士なら恋愛トラブル、あるいは生活格差から起きる嫉妬か?
少し意外ではあったが、どんなものにせよ必ず付け入り、利用できる隙があるはず。
じっくり聞かせてもらおうではないか。
「先月あった勇者ウィルパーティーのオンリー即売会に、『タライグマ』ちゃんと『鬱ノ宮 クラゲ』さんと三人で行ったんですけど~~」
は??何??クマ……クラゲ??
※腐女神さま……少年漫画好きの女性(おもに思春期の少女)を捕らえ、精神を腐らせる邪神。
この神に魅入られた者は時間と貯蓄を多く失うが、内に秘められていた画才、文才、縫製技術などの能力を開花させることもある。
普段は地味だが男装すると輝く者なども確認されている。
推しCPの何気ない会話から着想し二次本を一冊描き上げる、推しキャラがアニメで作画崩壊しようものなら悪鬼と化してスタッフ・監督への呪詛を際限なくツイートし続けるなどの常軌を逸した狂信的な行動が恐れられているが、そんなこと気にしてたら信者なんぞやってられないので突っ走るのみだぜ!!
ろくに風呂も入らんと、美しい人気声優さんに「お願いだからシャワーだけでも浴びてください」って懇願させてしまうような連中よりはマシだろ、と思っているが、客観的にはたぶん五十歩百歩なんだぜ。