怪しい勧誘にも注意!①変な老人vs盗賊Ⅰ
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街の中心部でノブ達と別れた後、盗賊テリーはまっすぐ郵便局へ向かった。
故郷の村で花農家をやっている叔父から、もし見つけたら送ってほしいと頼まれていた珍種のヒマワリの種を入手したので、さっそく送るのだ。
……それにしても、咲いたら犬の顔みたいな模様が出るヒマワリなんて需要があるのだろうか。
大きく花開き咲き誇る何十本もの犬の顔が、広大な花畑で風に吹かれて揺れている光景を想像すると、だいぶ不気味だ。
つらつら考えながら大通りから外れ、狭い路地に入る。広い道を行くより、建物の間を突っ切った方が近道なのだが、半ばまで進んだところで妙な物が目に入り、足が止まった。
蓋の開いた、小さな宝箱だ。
中には溢れんばかりの金貨や宝石が詰め込まれており、キラキラと光っている。
薄暗く、埃っぽい路地で、燦然と煌めく金銀財宝の、何と魅力的なことか。
盗賊から少し距離を取った物陰で様子を窺っている黒眼鏡の老人は、自分が仕掛けた罠の出来に満足し、ひとり声を殺して笑っている。
盗賊というのは戦士や剣士と違って知恵が働く分、物欲には弱いものだ。
武人にありがちなつまらない誇りに左右されることはなくとも、目の前に用意された富には飛びつかずにいられないだろう。
現に、ドングリ帽子の盗賊は突如として現れた宝に心を奪われ、動けない様子。
この調子でいけば、間もなく誘惑に抗いきれなくなって、フラフラと宝箱に近づいていくはず。
宝石でも金貨でも、中身に触れたところで
「そんな端金にもならない宝なんぞで満足か?
もっと多くの財宝……今のお前には想像も出来ないような、莫大な富が欲しくはないか?」
と声をかけて、取引に持ち込んでやるとしよう。
無防備に宙を舞う蝶が、巧妙に張り巡らせた糸に引っ掛かるのを待つ執念深い蜘蛛のように、今か今かとその瞬間が来るのを願う老人だが、それは叶わなかった。
盗賊テリーはしばらく宝箱を観察した後、スタスタとその前を歩き去ってしまったのだ。
老人の思惑とは真逆の行動。
あたかも特急から降りたホームで見つけた路線案内図に『横浜』とあったから次に来る電車に乗ればいいのかな?と思っていったん足を止めたものの、よく考えたら目的地へ乗り換えできるのは『新横浜』の駅だから違うじゃん、あっぶねと気づいた人のごとく、振り返りもせず歩いて行く。
老人はまたも全力で駆け、迷いなく路地の向こうへ出ようとする盗賊の前に回り込んだ。
「待て待て待て盗賊!!おい!!!」
「うわああ、何スか!?」
突然目の前に躍り出た知人でも何でもない妙な人物に驚くテリーだが、相手が老人とわかると、少し姿勢を正した。
「どうしました、道に迷ったとか?一緒に交番まで行きましょうか?」
「徘徊老人じゃないわい!!」
こちらを気遣って物腰柔らかく訊ねてくるのが却って癪に障る。
老人は怒りを隠そうともせず、テリーが手を出さずに通り過ぎた宝箱をビッと指差す。
「お前、どうしてアレを素通りするんじゃ!あんな財宝ザックザクの箱見て何とも思わないんか!!」
「う~~ん、そんなこと言われてもなあ」
テリーは老人と宝箱を交互に見やり、困った顔で顎をさする。
「誰か落としたか、忘れていったんだなぁとしか……」
「何じゃそらぁ!!!盗賊なら……いや盗賊じゃなくてももうちょっと反応するぞ!!
あれだけのお宝、何でスルーできるんじゃい!!!」
「いや、これ見よがしに置いてあるから気にはなったんですけどね。ちょっと失礼」
テリーは踵を返して宝箱のほうへ戻ると、金貨を一枚取り上げた。
焼き菓子を分ける時のように両端を掴み、ちょっとだけ力を込める。
たったそれだけのことで、金貨はペキンと乾いた音を立てて真っ二つに割れてしまった。
「ほら。よく出来てるけどコレ、偽物ですよ」
どんなもんだと笑いかけてくるテリーと対照的に、老人の顔はサーッと青褪める。
確かに偽物だが子供騙しの玩具ではなく、石や木っ端に幻術をかけた魔法由来のものだ。
そう簡単に見破られるわけが―――
「たぶん小石とか木片に幻術かけてありますね。手が込んでるな~~」
見破られてたァ!!
「本物でも市警団に届けるだけですけどね。
盗むっていっても俺はモンスター専門なんで、個人の資産を掠め取ったりはしません」
何だコイツ。キリッとしやがって、真っ当か。
……しかし、それならそれで、まだ勝算はある。盗賊として真っ当だというなら……そこを突くまでだ。
「クク……その宝の秘密を暴くとは、どうやら一流の盗賊のようだな。
それでこそ、わしが求めていた者よ……」
邪悪な雰囲気を醸し出すため、できるだけ不気味に聞こえるよう声を低くして囁きかけるが、さっきの狼狽しきった大騒ぎを見た後なのでテリーはキョトンとしてしまう。
「ど、どうしたんスか急に……あ、ひょっとしてコレ置いたのお爺さん?
だからスルーすんなって怒ってたんですか?」
「その通り。わしは待っていたのだよ、見せかけだけの安い偽物に騙されたりはしない本物の盗賊……この短刀を渡すに相応しい、一流の賊をな……」
老人はゆっくりとした手つきで、懐から一本の短刀を取り出す。
一見すると何の変哲もない、金色の柄が少し派手なだけの刀だが、その柄にこそ秘密がある。
持ち手の辺りに彫られた複雑な装飾文字。
それはモンスターを倒した時に得られる報酬金額と入手できるアイテムのランクアップ効果がある呪文だ。二十回ほどしか使えないが、それなりの稼ぎにはなる。
これはビヨークを騙した時と同じ手口だ。
彼に渡した弓には命中率を上げる呪文が刻んであった。
あの愚かで哀れな弓使いと同様、目の前の盗賊も一度これを使えばたちまち欲望の虜となって、こちらの言うことを聞く駒に成り下がることだろう―――
「あ、報酬のランクアップ効果ついてる武器ですか」
はい、バレた!!秒で見抜かれた!!!
「せっかくですけど、俺もう持ってるんで大丈夫です」
しかも持ってた!!これは……詰んだ!!!
老人の焦りが少しは伝わったのだろう、盗賊は気まずそうに腰に下げているナイフを鞘ごと抜いて見せた。
その持ち手には、確かに報酬アップ効果のあるチャームがぶら下がっている。老人が用意した物より、3ランクくらい上のやつだ。
いったい何なんだコイツは……こっちの手を読んでいるのか?
『よくわかんないけど、また俺なんかやっちゃいました~~?』とかいうやつか?
そんなんやってる奴もう星の数ほどいるから全然凄くないぞ。今更な展開にも程がある。
「あの、ひょっとしてお爺さん、俺のこと騙そうとしてます?」
混乱して思考が行ってはいけない方向へ飛んでしまっていた老人は、はっと我に返る。
ここで正体がバレてはまずい。
「い、いや、わしは……」
「ああ大丈夫ですよ、市警団に突き出したりはしませんから」
どうにか誤魔化そうとする老人を安心させようと、テリーは首を横に振る。
「生きてれば色々ありますもんね。皆がみんな、クリーンに生きていけるわけじゃないですから、多少は道を外れても仕方ないとは思うんですけど……
見たところもういいお年のようですし、そろそろ別のやり方で生計を立てることもお考えになったほうがいいんじゃないでしょうか」
「何?」
「すみません、生意気言って。だけど実家にも年寄りがいるんで気になっちゃって。
もし仕事を見つけるのが難しいなら、役所の生活課に相談すれば支援とか受けられるし―――」
「よ、余計なお世話じゃい!!!」
湧き上がってくる怒りに任せて、老人は叫んだ。
なぜこんなヒヨッ子から、人生についての助言を受けなければならないのか。
「どう生きようとわしの勝手じゃろ!!
盗賊なんぞやってるお前に、生業についてどうこう言われる筋合いないわ!!」
「はは、それを言われると身も蓋もないな~~」
初対面の老人に絡まれた挙句、かなり非礼な言葉を吐かれているというのに、テリーの態度はとても穏やかだ。
「俺も、できれば戦士や剣士みたいなカッコいい職業に就きたかったんだけど、どうにも腕力が足りないし武器使うセンスもからっきしで。
だから消去法で盗賊になるしかなかったんですけど……うちの仲間、俺がアイテム盗むのに成功するとすごく喜んでくれるんですよ。
おかげでレアアイテム生成できるとか、欲しかった武器が造れるって、めいっぱい感謝してくれて。
それ聞いてると、無理して武人にならなくてよかったんだ、選択の余地なくて仕方なく盗賊になっちゃったけど、何も恥じることはないんだって……
今はそんな風に思えるんです」
……真っ当すぎて逆に引くわコイツ……
※よくわかんないけど、また俺なんかやっちゃいました~~?……ラノベの登場人物ならば言ってみたいセリフナンバー1。ナンバー2はたぶん、ハーレム主人公の「さっきから、む、胸が当たってる!!」かな。
ちなみにテリーの言ってみたいセリフは「俺のことはいいから先に行け!!」なので筋金入りの死にキャラである。