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怪しい看板には注意

 ***


 天高く昇った太陽が朝の霧を打ち消し、晴れ渡った空の下、メイウォークの街はいつものように活気に溢れていた。


 街の入り口からそれほど遠くない森の中で、若者達が惨劇に襲われたことなど知る由もなく、あくせくと忙しく人々が行き交う中心地の歩道に、一枚の看板が置かれていた。


 黒板ブラックボードを二つ折りにしたタイプのシンプルな物に、白いチョークでたった一行『あなたの望み、何でも承ります』と書いてある。


 宣伝文句にしては随分と胡散臭いし、道のド真ん中に置いてあるというのに、道行く人は足を止めることはおろか、ちらりとも見ず横に避けて歩き去ってしまう。

 看板にかけてあるまじないが、効果を発揮しているのだ。


 高等な幻術によってこの看板は、一定のレベルに達した冒険者以外には、目に見えていても意識に届かないようにしてある。


 今更、一般人や下級の冒険者など要らない。我が子をより強くするのに必要なのは、ハイレベルの戦士や魔導士の養分なのだから。


 陽の当たらない狭く薄暗い路地に隠れ、魔性植物の主たる黒眼鏡の老人は、逸る気持ちを抑えながら自分が置いた看板ワナをじっと見張っている。


 帰りを待つ可愛い我が子―――種子の頃から独自に研究と改良を重ね、ゆくゆくは植物系のモンスターとしては最強を名乗れるかもしれない“あれ”に早く食事をさせてやりたいのは山々なのだが、ここで焦りは禁物だ。


 幼体から完成形へ向かう大事な過渡期の今、上質な餌を与えてやることで、“あれ”はより強く残忍に成長を遂げるはず。

 それを見届ける為ならば、いくらでも待とう。


 手頃な獲物を捕らえるまで、一日でも二日でも待つつもりだったが、その時は意外に早く来た。

 看板を避け、歩き去るだけだった人の波の中、足を止める者が現れたのだ。


 白いローブを着た年若い娘が、看板の前に立ち、しげしげと謳い文句を眺めている。

 白魔導士だろう、老人から見ればまだ子供といっていいような小娘だが、看板が見えているということは実力のほうは確かなのだろう。


 これはまた好都合。

 思考が未熟な若い女というのは、簡単に物事を信じやすいものだ。こちらの思う通りに動く、いい駒になってくれるに違いない。


「ミアちゃん、どうした?」


 看板の前で佇んでいる娘に、知り合いらしい若い男が声をかけてきた。

 娘がそちらを向くと、戦士らしい装いの男を先頭に、やはり冒険者と思われる男女とコアラ型の獣人がぞろぞろと近づいて来る。


 仲間がいたとは、これまた願ったり叶ったり。まとめて我が作品の餌食にしてくれよう。


 老人は頭の中で、今後の展開を思い描く。

 恐らく小娘は仲間に心配をさせないよう、


「いえ、何でもないです」


 などと誤魔化してこの場を去るも、どうしても看板に書いてある文言が忘れられず、後で一人になった時に戻ってくることだろう。

 そこを狙って甘い言葉をかけてやれば、簡単に落ちるはず……


 看板から目を離せない様子の白魔導士の娘は、


「いえ……」


 とこちらが求める言葉をそっくりそのまま発したが、その続きは思惑通りのものとは違っていた。


「こういう看板って、歩道の真ん中に置いていいんでしたっけ?」


 …………えっ、何て?


 予測していなかった反応に固まってしまう老人の前で、娘は更にズバズバ言い募る。


「こんな思いっきり通行の妨げになるような場所に置くのって、条例違反じゃないかって思って」


「あ~~、そういえば……」


 ドングリ帽子をかぶった盗賊らしき男が、首を回して辺りを見渡す。


「どの店も入り口とか壁に掛けたりとか、邪魔にならない所に置いてるな。これ、ちゃんと許可取ってんのかな」


「いやあ、無許可だろコリャ」


 看板を睨みつけながら、コアラが口を挟んでくる。また随分と低い声だ。


「見ろよこの宣伝文句、怪しいにも程があるぜ。こんなモンにお上から許可が下りるとは思えねえ」


「確かに。そもそもこれじゃ、何の商売かわかんないわ」


 コアラと一緒になって赤毛の女も看板を覗きこみ、首を傾げる。


「占い?それとも自己啓発サークルとか……どのみちロクなもんじゃなさそう」


「そうでしょ?怪しいですよ。詐欺の匂いがプンプンします」


 厳しい顔つきで、白魔導士も頷く。どうやらこの娘、看板に見惚れていたのではなく、不審に思って見咎めていただけらしい。


「最近だって、お年寄りを狙った詐欺があったばっかりだし。ノブさん、あの時はお手柄でしたもんね?」


 褒められたというのに、ノブと呼ばれた男は吐きそうな顔をして口許に手を当てる。


「お、思い出させないでくれ。俺は、俺は……あれから思うようにメロンが食べれない」


 何があったか知らないが、夢ならばどれほど良かったかというくらいの出来事だったに違いない。


「それメロンじゃなくてレモンだろ。ま、それはともかく」


 つまらないボケをさっと流して、赤毛の女がまとめに入る。


「ここに変な看板があるのは問題よね。小さいコトだけど、市警団に連絡したほうがいいのかな」


「まずは市役所に連絡ってところじゃないか?」


 気を取り直した戦士風の男が、もっともらしい意見を出す。


「確か、くらしの相談窓口ってあっただろ」


「ああ、そうね。そこで判断して対処してもらったほうが後々で揉め事にならなさそう」


「だろ?決まり!それじゃ善は急げだ。市役所へ―――」


 方針が決まって、看板のほうへ目を戻した男は、少し驚いて言葉を止めた。

 さっきまでそこにあったはずの看板が、忽然と姿を消していたのだ。


「あれ?看板は?」


 他のメンバーも異変に気づき辺りを見回すも、それらしい物はどこにもない。


「変だな、さっきまでそこにあったのに」


「持ち主が回収しちゃったんじゃないですか?市警団とか市役所って聞こえて、慌てて持って逃げちゃったんですよ」


 不思議がる盗賊に答えた白魔導士の読みは当たっていた。

 冒険者たちが相談し合って目を離した隙に、老人が人間離れした素早さで看板に駆け寄り、回収して路地へ戻ったのだ。

 老いた身にこの全力疾走はかなり堪えた。息が上がってしょうがない。


「どうしようノブ。追跡するか?」


 盗賊の問いかけに、ノブという男は少し考えた後、首を横に振った。


「市警団って聞いただけで、ビビって逃げるような小者じゃ、大したコトできないだろ。

 また見かけたら今度は市役所に連絡するってことで。今日のところはこれ以上、首を突っ込むのはやめておこう」


「了解」


「了解でーす」


「あたし達も暇じゃないしね」


「そうだな」


 全員が同意したところで、看板の件は終わった。


「それじゃ、あたし今日はこっちだから」


 と、まずは赤毛の女が片手を挙げて歩き出した。それに続き、


「俺も行くわ」


「私も。行ってきまーす」


 盗賊も白魔導士もそれぞれ別の方向へ体を向ける。


「また宿屋でな~~」


 ノブとやらは散開する仲間に手を振って見送ると、コアラの獣人と連れ立って歩き出した。

 どうやら今日はあの冒険者チームは休日、街でそれぞれ過ごす日らしい。


 予想だにしていなかった展開の連続でペースを崩しかけていたが、これは願ってもない状況シチュエーションだ。

 誰か一人でもうまく誑かせば、後の仲間も芋づる式に獲得できるはず。


 せっかく見つけた貴重な栄養源エサだ、多少のハプニングはあったが、必ず手に入れてみせる……!


 腹を空かせて森で待つ“アレ”の為、まずは容易く落とせそうな者に狙いをつけ、老人はその後を追って歩き出した。





※目に見えていても意識に届かないような幻術……はい?何ですか?イシコロ……ボウシ??いや知らないですねそんな便利道具は。「鉄〇〇団」は何度見ても泣くとかダントツでヒロイン可愛いとか、「魔〇〇〇険」と「西〇記」は甲乙つけがたいとか。ちょっとわかんないですね。




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