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朝霧の惨劇①

 


 灰色の濃い霧が立ち込める、薄暗い早朝の森の中を、若い冒険者の一団が歩いている。


 晴れていれば涼やかで気持ちの良い風が吹き、木漏れ日を受けた朝露が真珠のように輝く、爽やかで美しい光景が見られるのだが、この霧ではそうもいかない。


 一寸先すらどうなっているかわからないほど視界の利かない中、ぬかるんだ土を踏み、自分達はどこへ向かっているというのか。


 さっきからゾクゾクと背筋に震えが走るのは、果たして全身にまとわりついてくる冷気のせいだけなのか……


「ねえ、リーダー」


 辺りに漂う面妖な空気に堪え切れず、長身の女剣士が口を開いた。


「私達、どこに向かってるのかしら」


 焦げ茶色の髪を短く切り詰め、キリリとした目つきの彼女は、いつもなら誰より冷静沈着で、頼りになるメンバーなのだが、今その顔に浮かぶ表情に普段の気丈さはまったく無い。


「本当にこの先に、ドラゴンなんて居るの?」


 疑いの色が濃く宿る瞳で見つめられ、隣で歩くリーダーの戦士は「それは……」と曖昧な返事をしながら、ちらりと後方に目を向ける。

 リーダーと女剣士から三歩ほど遅れて、白魔導士と盗賊がついて来ているが、二人も女剣士と同様に不安そうな顔をしている。


 かくいうリーダーも、実はさっきから胸騒ぎがして落ち着かないでいた。

 森を覆う重苦しい霧の中に、何か得体の知れない不気味な存在が身を潜めていて、両の眼を爛々と光らせながらこちらを見ているような―――そんな気がしてならない。

 ただの馬鹿げた妄想、思い過ごしだといいのだが……


「ビヨーク!!」


 じわじわと押し寄せてくる不吉な予感を振り払うべく、リーダーは前を行く弓使いへ声をかけた。


「道は、こっちで合ってるんだよな?」


 先頭を歩いて一行を導いている弓使いは、ゆっくりと振り返った。


「……ああ、もちろん」


 答えた口元から、がちゃがちゃした乱杭歯が覗く。

 すこぶる並びの悪い歯も、極端に面長な顔も、昔から見慣れているものだというのに薄気味悪く感じてしまうのは、この霧のせいだと思いたい。


「みんな、俺の案内じゃ不満だろうな。

 そもそもリーダーを差し置いて俺が先頭を歩くなんて、おこがましいにも程があるってことはわかってる―――が、今日ぐらいは信頼してくれよ」


 ……やっぱり、何か違う。いつものビヨークじゃない。


 卑屈すぎる物言いを聞いて、リーダーが抱いている不信感は、否応なく加速していく。

 こんな日も昇らないうちにメンバーを起こし、森へ行こうと言い出したのはビヨークだった。


 城外では滅多に見られない黒炎を吐くドラゴンが、近くの森に出現したという情報を、確かな筋から得たと。


 メンバー達は半信半疑だったが、他のパーティーが狩ってしまわないうちに早く早くと急かされ、寝起きで判断力が鈍っていたこともあり、勢いで武装し案内されるまま森へ来てしまった。


 今さら後悔しても遅いが、少し軽率だったかもしれない。

 ここまで堅実にレベルを上げながら進んできたものの、彼らのパーティーはまだドラゴンを倒したことがないから、若干焦りがあったのだ。


 別に倒していなくとも冒険に支障はないのだが、ドラゴンの討伐歴がないパーティーとあるパーティーでは、魔王城へ入った後の生存率が格段に違うという話があるし、パーティー自体にも多少、箔がつく。


 もちろん魔王城での生存率うんぬんは迷信というか、ジンクスみたいなものなのだが、城も近くなってきた今、力試しも兼ねて挑戦してみたいところ。


 何となく「城外でドラゴンの三~四匹くらい倒しておかないと、一人前のパーティーとはいえない」というような風潮が冒険者界隈にはあるし、最近酒場で出会った同業者達にもドラゴンを討ったことのあるパーティーはそれなりにいた。


 そのうちの一組から聞いた話によると、もう十五匹以上も討伐したパーティーすら居るというが―――さすがにそれは与太話だろう。

 そのパーティーには地上最強のコアラが在籍しているとかワケのわからないことを言っていたし、酔っ払いの戯言だと適当に聞き流してしまった。


 真偽不明の情報はさておき、ドラゴンと聞いて欲を出してしまったのは浅はかだった。

 ビヨークには悪いがみんな不安がっているし、ここは一旦、引き返したほうがいいだろう。


「なあ、ビヨーク。この霧じゃ戦闘になっても不利だし、もう少し装備を強化してから改めて挑戦しても遅くないと思う。だから今日のところは街に戻って―――」


 リーダーからの提案を最後まで聞く前に、ビヨークは足を止めた。必然的に、残りのメンバーもその場に留まる。

 ほんの一瞬とも、永遠とも感じられた沈黙の後、ビヨークは口を開いた。


「……そんな詰まらねえ御託を並べてないで、ハッキリ言ったらどうだ?」


「何?」


「俺のことなんか信用できない、お荷物が出しゃばるなって」


 思いがけない言葉に、すぐに返事ができなかった。彼と過ごして来たこれまでの記憶が、頭の中を駈け巡る―――


 ビヨークとは同じ海辺の町の出身で、家が近かったこともあり、幼馴染みの親友同士だ。

 その容貌から馬面だの隙っ歯だのと悪童にからかわれている度に、相手を殴り倒してやったものだ。


 負けん気が強くて喧嘩っ早いこの性格が災いし、自分が窮地に陥った時には、ビヨークが仲介して上手く取り成してくれることもあった。

 互いに助け合ってきた仲なのだ。


 活発で生意気な少年時代を経て、町でも指折りの長剣ロングソード使いへ成長したリーダーが冒険に出ると決めた時には、相棒として武芸達者な連中が何人も名乗りを挙げてくれたものだが、迷わずビヨークを選んだ。


 腕力が無くて剣も槍も扱えず、弓の腕前も他の武器に比べれば多少はマシという程度でしかない彼だが、それで良かった。

 戦闘の実力よりも心の繋がりが大事だと思ったのだ。


 故郷の町を出てから、頼もしい仲間も増えてゆき、今日まで楽しく順調に旅は続いてきたはずだ。

 だから、


「バッカだなあ。そんなこと、誰も思ってないって。なあ?」


 場違いなほど明るい声を出し、後方のメンバー達を振り返る。

 きっと、口々に同意を示す言葉をかけてくれるだろう。……そんな甘い予想は、あっさり裏切られることとなった。


 白魔導士と盗賊は困った顔で視線を逸らし、女剣士はビヨークを睨みつけている。

 彼らの無言は、どんな否定の文句よりも強く、友を拒絶していた。


「ふふ……」


 この顛末にビヨークは、肩を震わせて笑っているが、ちっとも楽しそうじゃない。


「これで解ったろ、リーダー。俺は……このパーティーには、不要な人間だよ」


「自覚があるんなら、故郷にでも戻ったらどう?」


 顔つきと同じく、厳しい声で、女剣士が言った。


「おい!!やめ―――」


「前から思ってたけどアンタ、弓が下手なのはともかく、どうせ出来ないからって言い訳してちっとも練習しないじゃない。

 そんなんじゃ、この先まともに進んでいけると思えない」


 リーダーの制止を無視した女剣士の言い分は、責め立てているようで彼女なりの激励も飛ばしている。

 しかし、ビヨークにその気遣いは届くのだろうか。


「アンタの言う通りだ。俺はアンタらみたいに真剣に、全身全霊かけて冒険してない―――

 ……正直なこと言うとさ、魔王なんて倒せるとは思ってないんだ」


「何ですって!?」


 怒りをあらわに詰め寄ろうとする女剣士だが、片手を翳したリーダーに止められる。


 本当は、薄々気づいていた。

 ビヨークが実力不足に悩んでいることも、仲間達が彼を持て余していることも。


 たぶん、もう潮時だ。

 同郷の友と別れるのは寂しいが、彼がこの旅から解放されることを望んでいるというなら、そうしたほうがいい。


「お前の気持ちはわかったよ。今まで、俺の我がままに付き合わせて悪かった……パーティーから抜けたいなら、そうしていい。

 故郷に帰るでも、どこか他の町で仕事を見つけるでも、好きにしたらいいさ。俺に手伝えることがあれば、何でもするよ」


 なるべく彼が傷つかないよう気は遣ったものの、いっさい偽りの無い本心を語ると、ビヨークはリーダーを見つめながら、大きく溜め息をついた。


「ああ……お前は本当にいい奴だよな。

 昔からそうだった、俺が困ってるといつも助けてくれて……すごく嬉しかったけど、同じくらい惨めだった」


 初めて聞く友の本音に、リーダーの胸も痛む。

 もっと早く、真剣に話す場を作るべきだった。

 良かれと思って彼の力不足を庇いながら旅してきたが、いたずらに苦しめただけのようだ。


「ずっと、お前らの足ばっかり引っ張っちまって申し訳なかったけど……それも、今日で終わりだ」


 振り返ったビヨークは、うっすら笑っていた。朗らかな笑いではない。どこか不自然な、歪んだ笑顔だ。


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