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記憶の迷子が帰る場所④

 ***


 メイウォーク市から遠く離れた山の奥。頂上付近の険しい岩場にて、場違いな電子音がピロピロと鳴り響いた。

 新着メッセージを伝える、スミャホの着信音だ。


 程良い高さで表面が平らになっている石に腰掛け、手紙の続きを書いていたフィーデルは、ガバッと顔を上げて横に置いていたスミャホを取り上げた。


 少し前にメッセージを送ってから開きっ放しにしていたライヌの画面に、ミアからの返事が映っている。


 耳に花を着けたウサギのキャラクターが、両手を頭上に掲げて大きく丸印をつくっているスタンプだ。

 ウサギの背後には、「OK」という丸っこい文字が躍っている。


「ふふ……スタンプかわいい」


 割りと、かなり、けっこう気持ち悪い独り言を呟いてから、フィーデルは表情を引き締め、恋する若者モードから暗躍する黒魔導士へ気持ちを切り替える。


 途中だった手紙に、結びの文をササッと一行書き足して小さく折り畳むと、次に右手の親指と人差し指で輪を作って口に当てる。

 その状態で思い切り息を吹き出すと、高く鋭い音が辺りに響き渡った。


 すると、夕焼けに赤く染まった空を舞っていた一羽のカラスが、フィーデルのもとへ降りて来た。

 指笛に誘われるまま近くに生えていた背の低い枯れ木の枝に止まる。

 フィーデルはカラスの頭を軽く撫でてやってから、その足首に手紙を巻きつけた。


「頼んだぞ」


 カラスは頷く代わりに枝から飛び上がって、夕空へと戻って行った。


 沈みゆく夕陽とは反対の方角へ、まっすぐに飛んでいくカラスを見送り、フィーデルはその先にいるはずの協力者を思う。


 これからはもう以前のように、魔王城内部の事情を伝えることは出来なくなってしまったが、“彼”なら城外へ出たフィーデルのことも上手く使ってくれるに違いない。


 きっと次の指示を詳細に書いた手紙がすぐに返って来るだろうが、その前に一つ、やっておきたいことがある。


 昼間、ノブ達には話さなかったが、フィーデルが魔王城から出た大きな理由は、不本意な形で部下を失った他にもう一つある。


 開発部への猛抗議が不発に終わった後、せめて弔いの言葉の一つもかけてやろうと、フィーデルは哀れな改造魔獣のもとへ戻った。


 ちょうど現場では魔獣の死骸を回収するよう命じられた下級兵士たちが集まっており、その巨体を台車に乗せようと四苦八苦しているところだった。


 あまり乱暴に扱われないよう、重力魔法を使っての手伝いを申し出ようとしたフィーデルの耳に、ある兵士の言葉が飛び込んできた。


「おい、ちょっと見てみろよ。アイツは、このあいだ捕まえた戦士だぜ」


 そう言った兵士の視線は上方に向けられており、つられて顔を上げた隣の小者も、不思議そうに目を細めた。


「本当だ。でも、どうして角なんか生やしてんだぁ?」


 二人の兵士の目は、改造魔獣の背中から突き出ている、下級魔族の頭部に注がれている。


 その瞬間、フィーデルの脳内に、電流に似た痺れがビリビリと走った。

 急いで二人に駆け寄り、さっきの会話はどういう意味であるか説明を求めた。


 兵士たちは驚いていたが、相手が自分達よりずっと階級が上の者だと気づくと、すぐに詳しい話を聞かせてくれた。


 それによると、魔獣の背から生えている頭部は、一か月ほど前に“10階以上で生き残っている冒険者を、なるべく傷をつけずに捕らえよ”という指令によって生け捕りにした人間の戦士であるという。


 捕まえるまでに随分と苦労したので顔を良く覚えているから間違いないのだが、なぜ小鬼インプ型魔族のような角が生えているのかはよくわからない、と。


 兵士達にとってその事実は、単なる小さな疑問に過ぎなかったろうが、フィーデルにとっては大きな収穫だった。


 捕らえられた気の毒な冒険者は恐らく、何らかの方法を使って魔族へ変えられた……真偽の程はわからないが、そう考えれば説明はつく。そんなことが可能であるならば……


 自分も、そうなのではないだろうか?


 いつも頭の片隅にあって、時折り暴れ出す謎の記憶―――これは、過去に自分がヒトであった頃のものではないか―――


 そこまで考えついたら、もう居ても立ってもいられなくなった。

 慣れ親しんだ城での生活に見切りをつけ、家族同然に思っていた人々と別れても、外に出るしかなかった。


 失ったものは大きかったが脱出には成功したし、ノブ達と過ごしたおかげで変化の術も向上した。

 どこへでも自由に行ける身になった今、やりたいことはまず、自分が何者なのか知ることだ。


 色々と訳のわからないことが起こったが、この一日で随分、漠然としていた記憶の群れが明瞭になってきている。

 その中でも特に気になるものが、一つあった。


 それは家族を殺された時のものと同じくらい、古くからある記憶で、衝撃は少ないが、とても印象深いものだ……




 ―――秋の初めだろうか、壁に掛けられたランプから漏れる、暖かい光に満たされた部屋。外からはリーリーときれいな声で鳴く虫のが聞こえてくる、穏やかな夜。


 部屋の中心にある、粗末なテーブルについたフィーデルは、座っている椅子から床へ足がつかないくらいに幼い。


 テーブルの向かいには、灰色の髪と細長い髭を蓄えた老人が座っており、その斜め後ろには、床に座り込んだ父が居る。


 ところどころ擦り切れた敷布の上で胡座をかき、これまた古びた年代物の農具を手入れしているところだ。

 そんな父の様子を横目で見て、目の前の老人は不服そうにかぶりを振った。


「まったく嘆かわしい……本来なら、王家の騎士となるべきはずの男が剣と盾ではなく、鍬と鋤の手入れとはな……フィーデル」


 こちらに向き直った老人の、真面目くさった顔は、父とよく似ている。

 ひょっとしてこの老人は、フィーデルから見て祖父にあたる人だろうか。


「お前は農具でなく、武器を持つのだぞ。剣でも、弓でもいい。

 戦う術を得て、主君のため腕を磨くのだ」


「主君って?」


 幼いなりに、老人の話に興味を抱いたフィーデルは、気になった単語について質問してみる。


「王様はもう居ないんでしょ?誰を守ればいいの?」


「それは……」


 さっきまでの威勢はどこへ行ったものか、老人は悲しげに顔を曇らせた。


「お前の言う通りだ。王はもう居ない……だが、その気高き精神こころまでは消えていないぞ。

 我らが守らねばならぬ誓約は、時を越えて生きている。それに何より、この村には」


「父さん」


 黙々と農具の手入れをしていた父が、もう聞いていられないとばかりに顔を上げて老人を制した。

 父が「父さん」と呼ぶからには、やはりこの老人はフィーデルの祖父らしい。


「もう、その辺にしておいてくれ。フィーデルに変なことを吹き込まないでくれよ」


「変なことだと?わしはただ、騎士としての心得を」


「それが変なことだと言ってるんだよ」


 祖父は怒っているようだが、父も負けじと厳しい表情を作って言葉を返す。


「王様も居ないのに、騎士だの誓約だの……お伽話もいいところじゃないか。

 大体、父さんは馬鹿にするけど、俺達みたいな農夫が仕事をしなけりゃ、偉い人だって麦の一粒も食べられないだろ?剣と盾じゃ畑の一つも耕せないんだから」


「農夫……」


 老人は不服そうだが、父は構わず話を続ける。


「そう、農夫だ。タンダ村の農夫。名誉や身分は無くとも、家と畑はある。

 俺はもう、それで充分だよ」


 正論ではあるが、夢のない言い分だ。

 祖父はまだ何か言い足りないようではあったが、反論したところで無駄だと諦めたものか、農具の手入れを再開した父から目を逸らして天井辺りを遣る瀬なく見つめる。


 狭く埃っぽい部屋の中、聞こえるのは外から響いて来る虫の声だけ。そこで記憶は終わる。




 王家の誓約に、騎士の家系―――ずっと気になっていた記憶の一つだが、今日まで二人の会話の細かい部分や顔つきなどは如何せん朦朧ぼんやりしたものであったから、調べようがなかった。


 だが、ここまで色々なことが明瞭はっきりしたおかげで、次に進むべき道が見えた。


 会話の中にあった、タンダの村。まずはそこに行って、自分の系譜ルーツを探ってみよう。

 きっとそこに、求めている答えの一つがあるはず。


 

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