記憶の迷子が帰る場所③
「……ここまで話したついでだ、もう一つ教えておくよ」
ヴェンガルの質問に答える代わりに、フィーデルは不敵に笑う。
ノブ達が上手く活かせるかはわからないが、とっておきの情報を開示してやるつもりだ。
「俺が無事に城から出られたのは、手引きしてくれた連中が居たからだ。
ほんの少数だが、俺みたいに魔王のやり方についていけず、忠誠が揺らいでいる奴らが、城内には居る。
そういう連中の力を借りることができれば……生き残れるかもな、お前らなら」
フィーデルが教えてくれたのが、かなり貴重な情報であることぐらいノブにも解ったが、急に他人行儀な口ぶりになったことが、リーダーとしてはまず気になった。
さっきヴェンガルが指摘した通り、この街は魔王城に近すぎる。もしやパーティーを抜けて、もっと遠くへ移動する気なのでは……
「さて、ちょっと気前よく話しすぎたかな」
やけにスッキリした表情で言った、フィーデルの足元が光り出したことで、ノブの懸念は本物になってしまった。
「フィーデル君、ちょっと待って―――」
転送魔法だと気づいて引き止めようとするも、フィーデルの意志は固い。
「世話になったな、リーダー。短い間だったが、いろいろ勉強になった。
お前ら、たぶん自分達が思ってるよりずっと凄いパーティーだと思うぞ。だから―――
ま、テキトーに頑張れよ」
それこそ適当な、およそ彼らしくない励ましの言葉だが、どうしてかメンバーの胸には深く響いた。
きっと、フィーデルの心からの言葉だからだ。
「それじゃ、騒がせて悪かったな。そのうち、また会うこともあるだろう。それまで、元気でな」
見たこともない優しげな笑顔を浮かべたフィーデルは、最後にちらっとミアを振り返った。
「あ……」
言葉にならない声を上げ、思わず手を伸ばしたミアだが、その手が届くことはなく、フィーデルの姿は光の中に掻き消えた。
騒がしかった公園に、元の静けさが戻る。
パーティーの全員が、フィーデルが消えた辺りを見つめながら、しばし無言で佇んだ。
一抹の寂しさを伴って、緩やかに時間が流れて行く中、地面に転がった魔族の骸が、早くも塵となって風に溶けていった。
***
「ほら、そんなに落ち込むなよノブ」
テーブルの上で頬杖を突き、締まりのない表情でぼーっとしているノブの肩を、隣に座っているテリーが叩いた。
公園でフィーデルと別れた後、今日はもう市外に出る気分にならず、ノブのパーティーはメイウォーク市の常宿に直帰した。
そろそろ陽が西に落ち始めた今、食堂で一息ついているところ。
色々と濃い一日で疲労が溜まっているせいもあるが、ノブが静かにしている一番の理由はやはり、仲間がひとり去ったからだ。
正体にビックリはしたけれど、せっかく仲良くなれて、これから楽しく冒険していけると思ったのに。
ノブの気持ちを汲み、自分も少なからず感じている喪失感に折り合いをつけるべく、テリーは傷心のリーダーを慰め続ける。
「先輩の言う通り、この辺に居ても危ないだけだったしさ。
フィーデル君くらい強ければ、どこに行っても大丈夫だろ。あの変化の術があれば、正体だってバレないだろうし」
「うん、まあ、それはそうなんだけど。ほら、ミアちゃんがさ―――」
やっと顔を上げたノブの視線の先には、ひとり窓際のカウンター席に腰掛け、肩を落としているミアの姿があった。
見た感じは同じ年頃で、意気投合していたフィーデルとミアが、友人以上の関係に発展しそうな雰囲気になっていたのは、誰が見ても明らかだった。
フィーデルが去った今、ノブやテリーとは違う種類の感情によって、胸を痛めていることだろう。
それがどれほど切なくやるせないものか、ノブには想像もつかないが、公園を出てからというもの殆ど口を利いていないし、あまり落ち込んでいないといいのだが……。
「ちょっと、様子見てくるわね」
心配はしていてもデリケートな問題だから、声をかけられずにいるノブに代わって、アキナが席を立ち、ミアのほうへ向かう。
こういう時は女同士のほうが気安いだろうから有り難い、ミアのことは彼女に任せよう。
アキナのおかげでだいぶ気が楽になったノブは、仲間想いのリーダーから旅の行く先を案ずる冒険者のほうへ思考を切り替え、去り際にフィーデルが語っていたことについて考えてみる。
「魔王のやり方に反対してる少数派がいるって、フィーデル君は言ってたけど……
その人達と渡りをつけられたとして、俺らに力を貸してくれるのかな」
「案外、助けになってくれるんじゃねえか?」
ほぼ独り言に近いノブの疑問に答えたヴェンガルは、いつになく前向きだ。
「敵の敵は味方って言うだろ。それに、魔族ってのはどうも、俺達が思ってるよりずっと、ヒトに近いものなのかもしれねえ」
ヴェンガルがこんなことを言う大きな根拠は、この数日間、傍で見ていて感じたフィーデルの印象と、彼がノブの発動したデス・ビジョンをちゃんと受信できたことにある。
あの技の基本になっているスキル『以心伝心』は、発信者との間に確固たる信頼関係が築かれていなければ効果が出ない。
それを問題なく見られたということは、少なくともノブに対して「信じる」「認める」という感情を持っていたということだ。
どんなに変化の術が完璧であったとしても、己の裡にある感情までは偽れまい。
フィーデルは人間と相通じる心を持っていた、それは紛れもない事実。
もし彼の言う“少数派”が同じように人間と理解し信じ合える者達なら、魔王城攻略において心強い味方になってくれるはずだ。
ノブも当然、これぐらいのことは考えついているだろう。
せっかくフィーデルがもたらしてくれた有益な情報、最大限に有効活用したいところだが、じゃあ具体的に何をどうしたらいいのかといえば、さっぱり見当もつかない。
作戦を立てようにもまだまだ情報不足であるし、情けない状況ではあるが―――魔王城に入る日も、そう遠くはないのかもしれない。そんな気がする。
いつか訪れるであろう魔王城へ、男性メンバー達が思いを馳せている一方で、ミアも今はここに居ない人のことを考えていた。
遠目には肩を落として俯き、沈んでいるように見える彼女だが、実際のところその顔には笑みが浮かんでいる。
ノブ達の座るテーブルからは死角になっているが、ミアの手元にはしっかりとスミャホが握られており、ライヌの画面が開かれていた。
そこには登録したばかりの名前から、
「さっきはすまん。とりあえずしばらく近況報告とか、連絡してもいいか」
というメッセージが届いている。
絵文字の一つもなく、味も素っ気もない文面だが、発信者の顔を思い浮かべると、どうにもニヤニヤが止まらず、返事を打つのに夢中でアキナが隣に座ったことにも気づかない。
ポチっと送信ボタンを押したところで、
「向こうにバレないようにしなさいよ?」
急に声をかけられ、椅子の上でビクッと体が跳ねた。
「アキナさん!?いつの間に……!」
そそくさとスミャホを隠すも、横目でジトッと睨んでくるアキナには、誰と連絡を取っていたかなど、すっかりお見通しのようだ。
ミアはあたふたと両手を挙げ、顔の前で振り回す。
「いや、これはそういうんじゃなくて……そう、意識調査ですよ!
魔族さんの習慣や考え方なんかを勉強させてもらって、今後の冒険に役立てていこうっていう試みで―――」
「はいはい」
焦って下手な言い訳を繰り返すミアにおざなりに答えて、アキナは肩を竦める。
「ま、程々にしておきなさいよ」
「はあ~~い」
これまた気のない返事をして、ミアは再びスミャホを取り出しニヤニヤしながら眺め始める。
これはつける薬もないやつだ、と諦めて小さく溜め息を零したアキナに、隣から声をかけてくる者があった。
「まったく恋ってやつは、厄介なもんだよなあ。お嬢ちゃん」
ハッとして顔を向けると、そこにはいつぞやの、ダンディーな弓使い風紳士が座っていた。
「また出た!!誰なのよアンタは!?」
驚いて声を大きくするアキナに、紳士はスマートにウインクを返しただけだった。