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記憶の迷子が帰る場所②

 魔王からの突拍子もない指令は日に日に増えており、主には素材と人材集めで、優秀な人材は軍の強化、素材は武器や新兵器の開発に使っているようだが、あまり上手くいっていない。


 人材の教育については、専門の教官がついて指導しているから順調に進んでいるようだが、問題は開発のほうだ。


 せっかく労力と資金を投じて造ったというのに、新型兵器の試作品は暴走して城を壊すし、実験施設から逃げ出した改造魔獣が下級兵士を食い殺すなんてこともしばしばあった。


 フィーデルのような中堅階級は、毎日そういったトラブルの対応と後始末に追われていた。


「へえ~~、それは大変だったね」


 家庭の事情で、朝から晩まで働き詰めで過ごす毎日の辛さを知っているノブは、たとえ魔族の話でもついつい同情してしまう。


「この働き方改革の時代に、あえて労働環境をブラック化させるなんて……やっぱり倒さないとダメだな、魔王」


「……ああ、忙しすぎるのも考えものではあるんだが、問題はそこじゃないんだ」


 魔王からの指令が多いということは、それだけ出世のチャンスもあるということ。

 上昇志向の強い若い連中や、実力はあるのに今まで機会に恵まれなかった者が日の目を見るには、またとない状況だった。


 実際、師のエーベファルトもこの騒ぎを上手く乗り切って株を上げ、昇進したクチだ。


 つい先日、幹部の一人だった『十六夜の蝙蝠』こと魔導士ミョーコフが“9歳から15歳までの健康な子供を、男女50人ずつ生け捕りにせよ”という指令を受け、自ら城外へ出てサン・ファンス市へわざわざ乗り込んだものの、下手を打って失敗、命を落とした。


 代わりにその席に繰り上がり、幹部になったのがエーベファルトというわけだ。


 長い間、幹部候補と呼ばれながら停滞していた師が、晴れて幹部を名乗れるようになったのはフィーデルも素直に嬉しかった。

 師の名を汚さないよう、いっそう気を引き締めて仕えていかなければと思った。


 だから、新兵器の開発助手という名目で部下を一人、開発部に派遣せよという命にも従い、最も信頼できる者を行かせたのだ。


 シュイという名の、魔族としてはまだ少年といっていい年齢の若者だった。

 堅実で大人しい性格で、フィーデルとはウマが合い、部下というよりは友人のような関係だったように思う。


 戦闘は苦手だったシュイだが手先は器用で頭が良く、ひょっとしたら現場より技術畑のほうが活躍できるかも、という期待もあった。


 本人も以前から兵器開発には興味があったそうで、開発部で働けるのを喜んでいた。それなのに―――


 この先を語ることに躊躇いを覚え、言葉を切ったフィーデルに、


「その人……」


 緊張した面持ちで、ミアが訊ねる。


「どうなったんですか?」


 不安げな、それでもまっすぐ見つめてくる瞳に背中を押され、フィーデルは意を決して再び口を開く。


「次に会った時は、変わり果てた姿になってた」


「まさか、死んじゃったんですか!?」


「いや、それならまだ良かった。アイツは―――」


 その日、地下の実験室から逃げ出した改造魔獣を速やかに処分せよ、という指令を受けたフィーデルは、ああまたかとウンザリしたものだ。


 これで何度目になるんだ、たまにはサクッと成功させてみろと、一緒に討伐へ向かった兄弟子オルェンに愚痴ったりした。


 苦笑いするオルェンに、これも師の為、自分たちに出来ることはやり遂げようと諭されながら、しぶしぶ向かった先には、これまたひどい見た目の生き物がいた。


 形としては犀に近いが、小山のように巨大で皮膚の色は青黒く、不自然に盛り上がった背中には、何ともう一つ頭が生えている。

 獣のものではなく、二本の角が生えた下級魔族の頭だ。


「……気色の悪いもの造りやがって」


 湧き上がってくる嫌悪感をこらえ、杖を構える。

 ヨダレを撒き散らしながら、どしどしと音を立てて廊下を歩き回る姿からして、図体はデカいものの、それほど知能は高くなさそうだ。


 まずは目くらましに閃光を一発食らわせ、怯んだところを二人がかりで畳みかければ、それほど時間をかけずに仕留められるだろう。


 そうオルェンと打ち合わせてから、フィーデルはタイミングを計って改造魔獣の正面に躍り出ると、向こうが攻撃態勢に入る前に最大出力の閃光を浴びせてやった。


 予定通り、犀もどきは視界を奪われて立ち竦み、更に都合のいいことに雄叫びをあげながら後ろ足で立ち上がった。

 願ってもない好機、無防備な腹に装甲獣が苦手な振動魔法を叩き込んでやろうとして、手が止まった。


 背中に生えていたのと同じような頭部を、その腹の表皮に見つけたのだ。

 皮膚に溶け込むように貼りついたその顔を確かめ、今度は嫌悪とは別の激しい感情に襲われた。


 驚愕、衝撃、恐慌。信じられない、信じたくない、こんなことが起きていいはずがない。


 様々な感情が、暗い大きな渦となって、胸を波打たせた。


「……シュイ?」


 見知ったその顔に向かって呼びかけると、それは閉じていた目を開いた。


 あまり意識がはっきりしていないのか、ぼうっとした表情で瞳を動かす。

 フィーデルを見つけると、部下は安心したように笑った。いつもの彼の笑顔だった。

 子供のようなその笑顔を見つめながら、フィーデルは理解した。


 ……開発部が求めていたのは研究を手伝う助手ではなく、新種のモンスターを生み出す為の献体だったのだ。

 シュイはより強い魔獣を作ろうという試みのもと、生きたまま材料として使われた……


「ひ……どい」


 口許を押さえながら、アキナが呻いた。

 面倒見のいい姐御肌な彼女のこと、年若い者が酷い目に逢う話など、聞いているだけで気分が悪くなるのだろう。

 ノブも同じような気持ちらしく、眉を顰めて小さく首を横に振る。


「仲間を何だと思ってるんだ、くそっ」


 共感してくれるのは有り難いが、フィーデルにも開発部を責める資格は無い。


 自分だって、実験で使われているのが名前も知らない末兵や、捕らえて来た人間達であるうちは、その事実を知っているくせに何も思うことはなかった。


 親しい者が犠牲になってようやく、城で行われていることがどれほど罪深くおぞましいことか思い知ったのだ。


 後悔しても、すでに時遅く。

 哀れなシュイをそのままにはしておけず、フィーデルは醜い魔獣をオルェンと共闘して倒した。


 それが部下をこんな目に合わせてしまったことに対する、せめてもの償いだと自分自身に言い聞かせながら。


 幸か不幸か、兵器としてもモンスターとしても不完全な獣はそれほど強くはなく、息の根を止めるまでにさほど時間はかからなかった。


 シュイの最期を看取った後、フィーデルはすぐさまその足で開発部へ乗り込んで猛抗議したが、筆頭研究者は迷惑そうな顔で聞き流すだけで、まったく取り合わなかった。


 それどころか、またいい献体がいたらこちらに寄越してくれと言い出す始末。

 一緒に来たオルェンが止めてくれなければ、怒りのまま殴り殺していたことだろう。


 失敗した魔獣のことはどうでもいい、次の実験に取りかかっていて忙しいからという理由で研究室から追い出された時には、もう怒る気力も失せており、言われるがまま出て行った。

 研究者たちにはどうやら、こちらの話は通じない。


 その後、事の顛末を聞いた師が手を回してくれたおかげで、フィーデルは今後一切、開発部からの依頼には対応しなくていいということになったが、それでハイそうですかと手を打てるような次元の問題ではない。


 こんな非道が罷り通る場所からは、一刻も早く脱け出さなくては。


 秘めた決意を悟られないよう、ひとまず納得したふりをして表面上は穏やかに振る舞い、一か月ほど経ったところで、師が留守の日を狙って城から逃げ出したというわけだ。


「まったく、大変な目に逢ったもんだなあ」


 フィーデルが大体の説明を終えた後、一番に口を開いたのはヴェンガルだった。


「お前の言う通り、そんな所からは逃げて正解だったろうが……ここに居て大丈夫か?

 魔王城からはそんなに遠くねえし、この野郎みたいにウロウロしてる魔族が沢山いるだろ」


 老剣士の言う通り、この街は城に近すぎる。

 相手が小者だったから今日は難なく撃退できたが、次もこう上手く行くとは限らない。逃亡中ながら他に()()()()()()()もある身としては、出来るだけ危険は避けたいところだ。


 ……もともと、追加メンバー募集に名乗りを上げたのは、自分の変化術がどこまで通じるか試したかっただけのこと。

 いずれ時期を見て、もっと遠方へ行こうと思っていた。


 多分そろそろ、潮時だ。


 

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