メンバーがサブキャラと恋してしまったモブパーティーの末路④
魔族が考えているほど、人間は弱くて醜悪な生き物ではない。
もし互いが歩み寄り、理解し合えたら、今のように戦い殺し合う他に、別の道が拓けるのかもしれない。
フィーデルが得た仲間たちは、そんな希望を抱かせてくれた。
我ながら柄にもなく、平和で穏やかな未来を夢見たりしたのだが―――
共に冒険の道を歩み出し、わずか一年も経たないうちに、その夢も途切れてしまった。
およそ半年前、まさにこの荒れ地で、フィーデルの冒険はあっけなく幕を閉じた。
それも、フィーデルともう一人の老剣士以外の、メンバー全員が死亡という最悪の形で。
灰色の地面に転がり、動かなくなった仲間たちの姿を、今でもありありと思い出せる。
フィーデル自身も深手を負いながら、這うようにして白魔導士に近づき、呼吸を止めて横たわる体を抱き起こしたものだ。
不幸中の幸いと言おうか、彼女の顔は、眠っているように安らかだった。
しかしその体は石のように冷たく、閉じた目を開いて笑いかけてくることもない。
失ったものが大きすぎて慟哭する余力もなく、ただ少女の骸を抱いたまま打ちひしがれ絶望するフィーデルと同じく、老剣士も静かなものだった。
コアラ型の獣人であった彼の表情を読み取るのはいつも難しかったが、その時ばかりは黙っていても深い悲しみと喪失感が伝わって来た。
彼もまた大怪我を負っていたが、傷んだ体を引きずって倒れ伏すリーダーの許まで歩み寄ると、こんな終わり方は口惜しくてならない、と語っているような大きく見開いたままの目を、そっと閉じさせた。
不思議なもので両の瞼が合わせられると、彼の死に顔もまた、安らかに見えるのだった。
老剣士がリーダーを息子のように思っていたのを知っているせいか、二人は異種族であるにも関わらず、まるで実の父子のように見える。
そのリーダーを失った今、老剣士が何を考えているのか……
フィーデルには計り知れないが、少なくとも自分と同じくらい、苦しいには違いない。
この、身を切るような痛み……いっそ、自分が死ねばよかったのに……
「ごめんなさい……っ」
ありきたりな謝罪の言葉が、フィーデルの口から転がり出た。
「俺が……俺のせいで、こんな……」
老剣士は顔を上げず黙したままだが、フィーデルの言っていることはあながち間違いではない。
パーティーを襲ったのは、上級クラスの魔族だった。
偵察に出した兵士の心境が、魔族にとって悪い方向へ変化したことを、定期連絡の内容から目敏く察した幹部が送ってよこしたのだ。
まずは挨拶がわりとばかりに攻撃して来た上級魔族には、同族とはいえ満足に任務を遂行できない小者に対しての容赦など、一切なかった。
仲間を庇い、必死で応戦するフィーデルを半死半生にして動きを奪ってから、目の前で仲間たちを殺すという念の入り様。
皆が息絶えた後、フィーデルは自分も殺されると思ったのだが、そうはならなかった。
変化の術を使いこなせる魔族はそれほど多くない為、生かしておいてまだまだ使うつもりだったらしく、
「人間とはこのようにか弱いもの。
こんな脆弱な生き物に肩入れしたところで無意味なことと、貴様も目が覚めたことだろう。
傷が癒えたらただちに城へ帰り、次の沙汰を待つがいい」
そう告げて、上級魔族は去って行った。後に残ったのはフィーデルと、何とか致命傷は避けた老剣士のみ。
だからこの結末は、フィーデルが招いたこと。老剣士にとって自分は、仲間の仇も同然だ。
殺されても文句は言えない、むしろそうしてほしいとすら思うのだが……
老剣士はフィーデルの嘆きを聞いても、表情を変えなかった。
「そうさなぁ……お前のせいといえば、そうなんだろうがな」
責める口調でもなく、溜め息混じりに、老剣士は呟く。
「フィーデルよ。こうなったのはな、俺のせいでもあるんだ」
「……え」
「俺もお前も、弱すぎた。
誰かを守り通せるくらいの強さ……そんなものは、俺たち二人には無かったんだぁな」
そう言った老剣士の声の、悲しい響き。そして憂いた表情、翳った瞳。
それらは実体のない刃となって、フィーデルの胸を抉り、心臓に突き刺さった。
その刃はまだ抜けておらず、それどころか時間が経つごとに深くまで潜り込んできて、あの日の記憶を引きずり出してはフィーデルを痛めつける。
一生このまま消えないのかもしれないが、それでいい。その痛みは辛い記憶と同時に、失った楽しい日々のことも思い出させてくれるから。
仲間たちの遺体を近くの教会まで運び、弔いを済ませた後、老剣士は何処へか消えてしまった。
追う気にもならず、完全に独りになったフィーデルだが、城へは戻らなかった。
あそこにはもう、自分の居場所など無い。
おかげで今や、本物の逃亡者。裏切り者として追われる身だが、後悔はしていない。
却って清々したというものだ。
復讐したい気持ちは山々だが、仲間の仇を取るとて一人では何もできない。
かと言って変化の術を駆使して人間に近づき、また仲間でも作ろうものなら、同じようなことが起きるだろう。
八方塞がりといったところだが、フィーデルは希望を捨てていない。
こんな中途半端な身の上でも、陰ながら出来ることはある。例えば……
魔王城に居た頃に得た知識と情報を活用して、将来有望なパーティーを、導き手助けする、とか。
正直なところウィルフリード一行が、一体どこまで魔王に迫れるものか、それはわからない。
ひょっとしたら城に着く前に全滅するかもしれないし、それどころか明日にも崩壊する可能性だってある。
冒険者の命など、蝋燭の炎のように不確かで頼りないもの。
あの上級魔族が言ったように、肩入れしたところでまた失うだけかもしれない。
だけど、それでも―――
「強くなれよ、ウィルフリード」
風の中ひとり、静かに囁いて、フィーデルは踵を返す。
一行が向かうのとは反対の方向へ歩きながら、六人が無事に試練を突破することを祈った。
***
何もない荒れ地の真ん中で、ウィルフリードはふと足を止めた。
もときた道を振り返っていると、一番近くにいたセリーナが気づき、声をかける。
「どうしました?ウィル」
「いや……」
いくら辺りを見回しても、誰も見つけられないし、生き物の気配一つない。けれど。
「誰かに、呼ばれたような気がして」
ウィルの目には、晴れ渡った夏の空を切り取って、そのまま嵌め込んだようなその青い瞳には、人の心を持つ優しい魔族の姿が描かれていた。