メンバーがサブキャラと恋してしまったモブパーティーの末路③
ざっくりとそう説明すると、名も知らぬ彼は少し考えてから、言った。
「城は、ある」
「本当か!?」
「ああ、少し見つけづらいがな」
思わぬ展開から希望を得て、目を輝かせるウィルに、彼はまっすぐ東の方向を指し示した。
そこには、一際大きな岩山がドンと鎮座しているだけで、城などどこにも見えないが……何か仕掛けがあるのだろうか?
ウィルの疑問を察したか、彼は淡々と説明を続ける。
「入り口は厳重に隠されているが、それを見つけるのがまず第一の試練だ。
それなりに難しくはあるが、察しの良さそうな連中もいることだし、大丈夫だろ」
後半の台詞は、後方に居るアリオンとグウェンに向けたものだ。
二人とも黙って成り行きを見守っているだけだが、年若いメンバー達と違い経験を積んでいる分だけ、鋭い観察眼を持っているはず。
岩山まで行って周囲を探れば、問題なく城に入れることだろう。
「それじゃ、健闘を祈る」
伝えたいことはもうないとばかりに、彼の足元が光り出した。転送魔法を発動したのだと気づいて、ウィルは慌てて叫んだ。
「待ってくれ!せめて名前だけでも、教えてくれないか?」
懇願するウィルを、彼はちらりと見下ろし、
「フィーデル」
一言そう告げて、消えてしまった。
「フィーデル……」
その姿が見えなくなった後も、元いた辺りを見つめながら、ウィルは小さな声で語りかける。
「ありがとう」
感謝を伝える言葉に呼応して、隣に居るセリーナも岩の上に向かって深々と頭を下げた。
「おいおい、行く気か?」
後ろからグウェンが声をかけて来た。振り向くと、アリオンと連れ立ってこちらへ向かってくるところだ。
「ガセならまだいいが、最悪、罠かもしれねえぞ」
「うん……」
グウェンの言うことも、よくわかる。そういった危険があるだろうということは、ウィルだって百も承知だ。
だが、彼―――フィーデルが見せた、あの悲しげな優しい微笑。
あれは確かに、人の心を持つ者の表情だった。善良な魂を欠片も持たない魔族はおろか、同じ人間であっても人の道から外れた愚劣な外道とも違う。
彼は多分、人として大切なことは全部知っている。
故に、その表情も言葉も、一つ一つ心に響いて来るのだ。だから……
「俺は信じるよ。あの人……フィーデルを」
翳りのない、澄みきった表情で断言したウィルに、異論を唱えられる者はいない。
リーダーの言うことだから、というのは勿論だが、みんな心の底では気づいているのだ。
魔族の姿をしていても、フィーデルは悪者ではない、ということを。
「僕も信じる。ちょっと冷たい感じするけど、根は悪いヒトじゃないと思う」
ウィルに同調したケッジは、なぜかアリオンを振り返る。
「アリオンだって目つき悪いけど、いい人だもんね」
「何だとコラ」
一瞬、ひどく凶悪な顔つきになったものの、この黒魔導士は割とケッジには甘いので、すぐに元に戻った。
戻ったところで不機嫌そうなのは変わりないが。
目つきは悪くともイイ人、というケッジの評価を体現するように、アリオンは建設的な意見を出してくれる。
「信じる信じないは置いといて、行くだけ行ってみても損は無いだろ。
どうせ、どこを探していいかもわからないでウロウロしてただけだったんだから、目指す場所が出来たのはいいことだ」
「ボクも賛成っ!!」
アリオンが口を閉じるや否や、セルビーがぴょんと飛び上がった。
「こんな所で、むつかしいことグダグダ話してる暇なんてないよ。
行こう、試練の城!!受けよう、スキルアップできる修行!!」
さっきまで命の危機に瀕していたとは思えない元気の良さで駆け出し、大切なバギーのもとへ向かう。
後部座席に潜り込んでアイテムボックスからリモコンを取り出すと、何やらピコピコとボタンを押した。
すると、どういう仕掛けになっているものか、バギーはエンジン音を立てながら動き出し、ごろりと半回転して自ら横転を直した。
てっきり、そのまま運転席に乗ると思ったら、セルビーは自分の足で走ってこちらに戻って来た。
「ほら行くよ、みんな!!」
どうやら体を鍛えるために、件の岩山まで走っていくつもりのようだ。
バギーは自動操縦にしてあるようで、忠実にセルビーの後を追う。
立ち止まっている大人たちの間を抜け、駆けていく彼女を、追わないわけにはいかない。
まずはグウェンが、大きく溜め息をついて歩き出す。
「やれやれ、元気だねえ」
「アンタも見習ったらどうだ?ヘボ傭兵」
続くアリオンが、また余計なことを言う。
「瞬発力とか反射神経とか、鍛えたほうがいいトコ、いっぱいあるだろ」
これは図星を突いていた。
技の威力や防御の堅さは申し分ないグウェンだが、いまいち素早さには欠けている。
「お前だって人のこと言える立場か!」
痛いところを抉られたグウェンは、負けじと声を荒げて言い返す。
どうもアリオンが相手だと、いつものように飄々と受け流せないようだ。
「持久力の無さ、何とかしろよ!戦闘中に息が切れるの早ぇんだよ!」
「持久力かあ」
二人を追いかけながら、ケッジが呟く。
「それ、僕も課題だなァ。重い武器とか振り回してもバテないようになりた~~い」
どうやら全員、やる気のようだ。出遅れたウィルは、傍に居るセリーナに顔を向ける。
「俺たちも行こうか」
「はい!」
そうして二人も揃って歩き出し、ウィル一行は岩山を目指す。
遠ざかっていく六人の後ろ姿を、近くの岩陰に隠れて見送るフィーデルの姿があった。
あのパーティーなら大丈夫。
きっと城への入り口を見つけて、試練を突破し、今より一回りも二回りも強くなれるはず。
フィーデルの“仲間”は辿り着けなかったが……
曲がりなりにも魔族であるフィーデルが、ついウィル一行を助けてしまうのは、彼らがかつて一緒に旅していた仲間たちを思い出させるからだった。
特にウィルは、リーダーだった青年とよく似ている。
外見はまるで違うし、フィーデルの知るリーダーのほうが少し年上だったが、その精神には大きく通じているものがある。
そもそもフィーデルが仲間を持つことになったのは、人間社会の研究と偵察の為だった。
変化の術の完璧さを買われ、魔王軍から秘密裏に派遣されたフィーデルは、上手く冒険者のパーティーに潜り込んだものの、些細なことが切っ掛けで正体がバレてしまった。
当然、戦闘になって追い出されるかと思いきや、リーダーの青年はそんなことはしなかった。
それどころか、フィーデルさえ良ければこのまま残ってほしいと頼まれたのだ。
当然、信じられなかった。
ただでさえ人間と魔族は敵同士だという上に、リーダーには家族を魔物に殺された過去があった。
自分のことだって、憎くないはずはない。
フィーデルがその疑問をぶつけると、
「でも君がやったわけじゃないし」
と、事もなげに言ったのだ。
「そりゃ、君が俺の家族を殺した張本人だっていうなら話は別だけど、魔族だからっていちいち100%の憎しみぶつけてたら、疲れるし、つまんないよ」
と。
それを聞いて、驚いたあまり返す言葉もなく、立ち尽くしてしまったフィーデルに、優しく笑いかけてくれたのは、同じパーティーにいた白魔導士の少女だ。
「うちのリーダーって、すごい人でしょ?」
そう自慢して来た彼女とて、フィーデルが魔族と判明した後も態度を変えたりはしなかった。
他に三人いたメンバーの中には、少し距離を置いた者もいたけれど、決して密告したり明からさまに蔑視してきたりはしなかった。
フィーデルは受け入れられたのだ。
もちろん、これは稀有な例。
人間がすべてこんなに度量が広いわけではない、むしろ異種族を嫌悪し拒否するほうが圧倒的な多数派であるとわかっている。
それでもこの出会いは、フィーデルの価値観を大きく変えた。