メンバーがサブキャラと恋してしまったモブパーティーの末路②
一体、どうしたことだろう。恐る恐る開いてみたセルビーの目に飛び込んで来たのは、赤黒い血をだらだらと口から零す魔族の姿だった。
驚き、息を呑むセルビーと同様、魔族のほうも自分の身に何が起きたか理解できないらしい。
ゴボゴボ音を立てて血を吐きながら、がくりと地面に膝をつく。
凄まじい状況だが、今が逃げるチャンスだ。
暴れようとしたセルビーの襟首を、何者かがむんずと掴み、力の緩んだ魔族の腕から引き剥がした。
やっと解放されたと思ったのも束の間、そのまま岩の上から放り投げられる。
「うわあっ」
落下の勢いに慄きながら、それでも目を開け続けたセルビーは、見た。
膝をついた魔族の後ろに立つ、もう一つの人影。
それが静かに片手をかざすと、魔族の肩より少し下辺りに、一直線の切れ目がスッと入った。
確かめられたのはそこまで。なす術もなく落ちてゆくが、地面に叩きつけられることはなかった。
すんでのところで、ウィルが抱き止めてくれたのだ。
だが落下の衝撃は大きく、体がぶつかった弾みで地面に転がった二人に、セリーナとケッジが駆け寄る。
「セルビー、怪我は……!?」
本当は全身がビリビリ痛むのだが、心配してくれるセリーナを安心させようと、セルビーはなるべく明るい声で答える。
「平気だよ!ウィルは大丈夫?」
「ああ。このくらい、何ともない」
身を起こした二人を見て、ほーーっと大きく息をついたのは、ケッジだ。
「よかった、心配しちゃったよ~~」
仲間の無事を喜べたのも束の間、頭上の岩から落ちて来た何かが、ボトボトと足元に転がる。
それが切断された二本の腕だと気づき、怖がりのケッジは「ひょええ」と情けない声を上げて後ずさった。
ケッジほど過剰な怖がりでなくとも、この落下物がもたらす衝撃は大きい。
たまらずセルビーは目を逸らし、その肩を抱くセリーナも手の平を口に当てて、込み上げてくる恐れと不快感を堪える。
……人質は返って来たが、まだ終わったわけじゃない。
ウィルは厳しい顔つきで、前方に聳える岩山をキッと見上げた。
岩盤の上では今まさに、新たに出現した何者かが、卑しい魔族を追い詰めているところだ。
「舌に、腕……次はどこを斬るつもりだったか、先に聞いておけば良かったな」
冷めた口調で囁きかけながら、じわじわと近づいて来る人影に恐れおののき、魔族は走り出す。
さっきまでの威勢はどこへやら。
必死の形相で逃走を図るも、激痛に襲われ両腕を失ったことでバランスを欠いた体では、ヒョコヒョコと不格好に進むのが精いっぱいだ。
その姿は哀れみすら誘うが、背後の襲撃者は容赦しない。
「……どこまでも見苦しい奴め」
吐き捨てて、片手を上げると、空気を払うようにサッと振り下ろす。
その動きに合わせ、先ほどセルビーが見たような直線の切れ目が、魔族の体にいくつも入った。
絶え間なく荒れ地に吹く風が、ごくわずか周囲の空気を揺らす。
たったそれだけの刺激で、魔族の男だったモノは、ひび割れた陶器の瓶が砕け散るように無数の肉塊となって岩の上へ崩れ落ちた。
わずか人形だった頃の面影を残す、無惨な死骸には目もくれず、襲撃者は足早に移動して岩場の縁に立つ。
見下ろしてきたその姿を確かめたアリオンが、眉を顰める。
薄茶色の髪に榛色の目、一見しただけではただの若い冒険者のように見えるが、白すぎる肌と銀色の爪を見れば正体は明らかだ。
さっきの卑怯者よりはだいぶ人間に近いとはいえ、魔族には違いない。
「やれやれ、一難去ってまた一難か?」
先ほどの魔法の威力といい、知性に溢れた瞳といい、かなり骨の折れそうな奴だ。恐らく、切り刻まれた愚か者とは比べ物にならない強さだろう。
まずは試しに、そこそこの熱風を当ててみようかと杖を持ち直したアリオンだが、片手を広げたグウェンに遮られた。
「待て。あいつは確か……」
止めた理由は他でもない、アリオン以外のメンバーは、その顔にはっきり見覚えがあるのだ。
「『告解の大橋』で助けてくれたヒトだよ!!」
驚きと喜びの入り混じった明るい声で、ケッジが叫ぶ。
『告解の大橋』とはサン・ファンス市へ向かう途中にある大きな川に架かっている立派な橋だ。
まだエーヤンに王の居た時代、そこを渡る際には橋守の役人によって身分証明と過去の犯罪歴の有無を厳しく取り調べられたことから、その名で呼ばれている。
そこを通る時、ウィル一行は突然襲ってきた二羽の怪鳥と戦闘になり、逃げ場のない橋の上で大苦戦した。
前後を塞がれてしまった為に進むことはもちろん退くことも出来ず、もはや橋の欄干を飛び越えて下の急流に飛び込むしかないかと覚悟を決めた時にどこからともなく現れ、遠距離から風魔法で援護をしてくれたのが彼だ。
その助けを借りながらメンバー一同奮闘し、辛くも勝利して橋を渡ることが出来た。
礼を言おうと駆け寄ったものの、相手が魔族だとわかった時には随分と驚いたものだ。
予想していなかった事態に、かける言葉を見つけられずにいるうち、さっさと転移魔法で消えてしまったので、その真意はおろか名前すら聞くことができなかった。
あの時、彼が魔族だったからといって、命を助けてもらいながら礼の言葉一つ言えなかったことが、ウィルはずっと心に引っ掛かっていた。
立ち上がって膝についた砂を払うと、岩の上に居る彼を見上げる。
その目からは、さっきの魔族に向けていたような悪感情は綺麗さっぱり消えている。まっすぐで曇りのない瞳だ。
「どこの誰だか知らないけど、どうもありがとう。これで、助けてもらったのは二度目だね」
「……まあ通りかかったついでだ。気にするな」
見た目通りの涼やかな声で答えた彼は、怪訝そうに目を細める。
「いいのか?魔族なんかに礼を言って。お前らにとっては敵だろ」
当然の疑問だろうが、ウィルにとってそれは、些細な問題でしかない。
「敵だなんて、二度も救ってもらった相手をそんな風には呼べないよ。あなたは……恩人だ」
そう、敵かどうかは相手の出方で決める。そこに種族の違いなんて、関係ない。
「僕もそう思うよ~~。風使いのお兄さん、ありがとうね!!」
ケッジがウィルを後押しすると、続いてセルビーも頭上の彼に向かって大きく手を振る。
「ボクも!!おかげで、ほぼ無傷だよ。本当にどうもありがとう!!」
次々に礼の言葉をもらった彼は、不思議なものを見るような目でウィル一行をまじまじと見つめ、ふと微笑った。
それは魔族らしからぬ、優しげで、それでいてとても悲しそうな微笑みだった。
……何だか違う。彼は、人間が魔族と呼び、恐れ憎んでいる存在と大きな差がある。
少なくとも、戦闘能力のない非力な少女を人質にとったり、サン・ファンス市で生け贄を捕えていたような、極悪非道な連中とは一括りにできない。
彼はきっと、悲しみも喜びも、人が人である為に大事な感情はすべて知っている。そんな気がする。
今がチャンスだ、名前を聞こうと口を開きかけたウィルだが、彼のほうが早かった。
「お前ら、ここにはスキルアップしに来たんだろ?」
「えっ、どうしてそれを?」
「簡単なことだ、ちょっと考えればわかる……
こんな草も生えてないような辛気臭い場所にわざわざ来る連中なんてのは、例の岩城の噂を聞いてきたに決まってる」
まさしく、その予想は的中していた。
近隣の村で聞いた『試練の岩城』の話。
そこに棲む百戦錬磨の老師に修行をつけてもらえば、飛躍的に戦闘力がアップするという。
あくまで噂に過ぎず、真偽のほうは定かではないが、たとえガセであったとしても荒れ地には強いモンスターも多いし、いい鍛錬になると思って訪れた。
だが、準備万端で来てみたもののそれらしい建物は見当たらず、どの方角へ進んだものか、そもそも噂は本当なのかと考えあぐねていたところ、さっきの魔族に急襲されたという次第だ。