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メンバーがサブキャラと恋してしまったモブパーティーの末路①

 ***


 細かな砂利で覆われた灰色の地面と低い岩場が広がる、見渡す限り草木の一本も無く荒涼とした荒れ地(ムーア)で、剣士ウィルフリードのパーティーはかつてない危機に陥っていた。


 分厚い雲に覆われた、これまた灰色の空の下、それぞれ武器を構えて硬い地面の上に立つ一行の顔触れは、剣士ウィル、白魔導士セリーナ、盗賊ケッジに傭兵グウェン、そして新参の黒魔導士アリオンの五人だけ。

 機械技師マシンエンジニアセルビーが、面子から欠けている。


 彼女の姿は、一行が厳しい顔つきで見上げている、荒れ地の中でも特に高い岩場の上にあった。

 頂上が平らな岩盤になっているそこにはもう一人、痩せぎすで尖った顎が特徴的な、いかにも凶悪そうな顔をした魔族が居る。


 鋭く並んだ歯を見せつけるように剥き出しにして、愉快そうに笑っている男の細長い右腕は、肘から先が湾曲した鎌状の刃物に変形しており、その切っ先は左腕に捕えているセルビーに向けられていた。


 この状況では、下に居る仲間達が動けるはずもない。遠くから敵を睨みつけるのが精一杯だ。


「キヒッ……動くんじゃねえぞ、テメエら」


 どうにか人質を奪い返そうと、隙を窺う一同を嘲笑いながら、魔族の男はセルビーの顎の下に回した肘をギリギリと締める。


「ううっ」


 咽喉を絞め上げられたセルビーが、苦しげに呻く。彼女が与えられている苦痛を思い、今にも飛び出しそうになるウィルを、「どうか落ち着いてください、ウィル」とセリーナが静かな声で宥める。


 身のこなしや発している魔力の波動からして、恐らくそれほど強い敵ではない。

 ウィルと斬り合いになれば向こうに勝ち目はないだろうが、如何せんこの距離ではどうにもしがたい。

 全速力で走ったところで、相手の元へ到着する前にセルビーは殺されてしまうだろうし、遠距離攻撃が届く範囲からも外れている。


 敵の魔族は、そこまで計算ずくでやっているだろう。かなり悪知恵の働く相手だ、どうしたものか……


 ウィルと同じく剣を構えて攻撃するタイミングを探りつつ、グウェンが斜め後ろに居るアリオンを横目で睨む。


「おい、黒頭巾。先走って動くんじゃねえぞ」


 黒頭巾というのは、まだアリオンが仲間に入る前、何度かこちらにコンタクトを取って来た時にグウェンが適当につけた仇名だ。

 名前を伏せ、常にフードを被っていたので、こんな風に呼ぶようになった。


 簡単には他人を信用できないグウェンのこと、人の名前をそのまま呼ぶのは抵抗があるらしく、パーティー入りした今でも「嬢ちゃん」や「狼坊や」と同様、引き続きそのまま使っている。


「お前のせいで小さい嬢ちゃんにもしものことがあってみろ。

 あの魔族の次はお前だ。血祭りにあげてやらぁ」


「フン……やれるもんならやってみろよ、ヘボ傭兵。喜んで返り討ちにしてやる」


 憎まれ口で返しながら、アリオンも動かない。

 いつでも魔法を発動できる状態を保ちながら、岩の上を睨みつけるだけだ。


「ったく、あんな三下にみすみす捕まりやがって。いくらガキだからって、実力不足もいいトコだ。

 日頃の鍛錬が足りてないんだよ」


「今そんなこと言ったって、どうしようもないよ……」


 アリオンに答えたケッジも、気持ちはほぼ同じだ。

 セルビーが捕まっている岩場の下には、愛車のバギーがあるが、主を失って虚しく横転している。


 この荒れ地に入って間もなく、岩陰から飛び出して来たあの魔族に襲撃されたが、セルビーを除く五人は無事にかわすことが出来た。


 身体能力の高い男性陣はもちろん、セリーナですら転移魔法を上手く使って逃げ切ったというのに、バギーに乗っていたセルビーだけはあっさり捕まってしまったのだ。


 アリオンの言う通り、日頃から鍛錬を積んでいればこんなことにはならなかったろう。

 だがセルビーは機械の改造・改良には熱心でも、自分自身の強化にはあまり関心がなかった。


 そんなことではこの先、いつか冒険に支障が出る、とウィルやグウェンが注意してはいたのだがどこ吹く風で、マシンの強さは自分の強さなんだと主張していた。


 ……その結果が、これである。無事に取り返すことができたら、パーティー全員でお説教と行きたいところだが……果たして、取り戻せるだろうか?


「さあぁ~~て、どいつから遊んでやるかなぁ?」


 身動きの取れない戦士達を眺めながら、魔族が舌舐めずりをする。

 不快きわまりないその言葉を間近で聞いたセルビーは、堪らず声を張り上げた。


「みんな!!ボクのことはいいから、コイツをやっつけて!!」


 咽喉を絞められた苦しい状態で、必死にもがきながら呼びかける。

 自分のせいで大切な仲間が傷つけられるなんて、絶対に嫌だ。


「こんな奴、みんなでかかれば敵じゃないよ!!

 ボクは自業自得ってやつだから……早く終わらせて、先に進んで!!」


 請われても、誰が見捨てられるだろうか。

 何があろうと大切な仲間に違いないという事実は、こっちだって同じだ。


「セルビー……!」


 呟きながら、どんな手を使っても絶対に助けると心に誓うウィルだが、仲間を想う彼女の叫びは、当然ながら魔族を激昂させてしまった。


「ほざきやがって、このクソガキがあ!!」


 より強く首を絞められて、少女の顔が苦悶に歪む。


「やめろ!!」


 セルビーが味わっているだろう大きな痛みを、まるで自分のことのように感じて、ウィルは居ても立っても居られず走りだす。


 しかし、ほんの少し進んだところで止まらざるを得なくなった。魔族が鎌に変形させた腕の切っ先を、セルビーの頬にひたりと当てたのだ。


「おい、誰が動いていいっつった!!」


 怒号を浴びせられ、立ち止まったウィルは、ぐっと奥歯を噛み締める。

 目の前で苦しめられている仲間を助けることもできず、悔しさゆえ魔族を睨む目つきが鋭くなるが、それは却って相手の神経を逆撫でしてしまう。


「まったく、生意気な奴だ。反吐が出るぜ……よし、決めたぞ」


 いったい何を思いついたのか。

 それこそ吐き気を催すような、下衆じみた笑みが、魔族の顔に浮き上がった。


「まずはテメエからだ、小僧!このガキを助けたきゃ、剣を捨ててここまで登って来い。

 ……その両手、ぶった切って使いもんにならなくしてやらあ!!」


 いかにも外道らしい思いつきだ。

 これにはいつも冷静なグウェンも怒らないではいられず、剣を握る手に力が籠もる。


「野郎、調子づきやがって」


「落ち着け、むしろ好機チャンスだ……」


 後方からグウェンを宥めながら、アリオンは巻き返しのタイミングを計る。

 ウィルが要求を聞いて近づいていけば、相手は油断しきって甚振ろうとするはず。

 その隙をついて炎魔法を大出力で食らわせてやれば、一矢報いるどころかあの程度の小物、一溜りもないだろう。


 そう算段をつけたものの、間が悪くまたセルビーが騒ぎ出した。


「ウィル、来ちゃダメだよ!!こんな奴の言うこと聞かないで!!」


「……この、ガキがあ……」


 どう見ても気の長い性格ではない魔族は、もはや怒りの臨界点を超えてしまったらしい。

 セルビーの口許に、鎌の先を持っていく。


「小僧の前に、まずはお前だ。その減らず口、二度ときけねえようにしてやる……」


 その目つきと手の動きから、本気だと悟ったウィルは、形振り構わず剣を捨てて走り出した。


「やめろぉ!!」


 ウィルの渾身の叫びが、血を求めてやまない魔族に響くはずもない。

 ギラギラと不穏に光る刃を、唇の端に当てられ、セルビーは反射的に目をつむった。


 間もなく襲ってくるだろう、切り裂かれる痛みを想像して体が強張るが、それは一向に訪れない。かわりに、「ぐえっ」という潰された蛙のような声が聞こえてきた。


 

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