いま公園にある危機④
考え込んでいると、イケメンショックから少し回復したノブが、膝を伸ばして立ち上がりながら口を開く。
「そうは言ってもその肌と爪じゃ、一目で魔族ってわかっちゃうな。
面倒かもしれないけど、変化の術は今後も継続してもらっていいかな」
「は……?」
耳に届いた言葉が信じられず、フィーデルは答えの出ない分析をやめてノブに顔を向ける。
「今後って、お前まだ俺を連れて旅するつもりか!?」
「ん?」
テリーに引き続き、今度はノブがきょとんとする。
「もちろんそのつもりだけど、何かおかしいこと言ったかな……
あ!もしかして脱退希望!?俺がスタイリング剤が気になるとか言ったから!?」
「いやそうじゃなくて、お前、魔族に父親を殺されたんだろ?俺だって魔族だぞ」
「んあ?」
いよいよ理解らないとばかりに、首を捻るノブ。
「君が殺したのか?うちの父を?」
改めて訊ねられると、少しゾッとした。そうであってもおかしくないが、
「いや……それは無い」
魔族として生きてきた今までの人生のなかで記憶にある限り、つまりもう100年以上、フィーデルは城から一歩も出たことが無い。
それを伝えると、ノブは安心したようで、穏やかに笑った。
「それなら、問題ないじゃないか。
そりゃ俺だって聖人君子じゃないから、目の前に父さんを殺した張本人が居たら何するかわかんないけど、だからって責任のない人を、同じ種族だからってどうこうしようとは思わないよ。
だいたい、相手が魔族だからって、いちいち100%の憎しみぶつけてもさ……疲れるだけで、つまんないよ」
ミアの話を聞いてから、ずっと胸の裡に抱いていた罪悪感が、ゆっくり溶けていくように消えてゆく。
一念発起して城から抜け出したものの、つい先日まで魔王に忠誠を誓っていたことを思えば、すべての人間から憎まれて当然だと思っていたのに。
今、消えていった罪悪感の代わりに胸を満たしている、温かな感情を表す言葉を見つけられず、立ち尽くすフィーデルと同じく、他のメンバー達も静かにノブの心の広さに感動している。
特に、涙もろいテリーなど、肩を震わせながら目頭を押さえていた。
「畜生……かっこいいぜ、ノブ」
「そ、そんな大したこと言ってないと思うけど」
気恥ずかしくなって後ろ頭を掻くノブの横で、成り行きを見守っているヴェンガルも、警戒しているような素振りは見えない。だが、本心はどうなのだろう。
「あんたはどうなんだ?ヴェンガルさん。俺のこと、ずっと疑ってたみたいだし……
信用できないんじゃないか?」
それならそれで仕方ないと、意を決して訊ねてみたのだが、老剣士は困ったように目を細めただけだった。
「俺ぁ別に、隠し事されてるのが気になってただけだからな。正体が魔族ってハッキリしたんだからもう、文句はねえよ。
何が目的かは知らねえが、こんな手の込んだことしてまでウチのパーティーに潜り込んだってことは、お前さんにも事情があるんだろ。
これ以上は詮索してもしょうがねえ、ノブがいいって言ってんだから、一緒に来たらいいさ」
もっとも、許容できないくらい不審な動きを見せるようなら、この限りでは無い。パーティーの害になると判断したら、放ってはおかない。
と、老剣士が送ってくる無言の圧力を、理解できないほどフィーデルは愚かではない。
だが裏を返せばこれは、一種の休戦協定。
パーティーの脅威にならない限りは、ヴェンガルも仲間として扱ってくれるということだ。つまり……
驚いたことに、正体を偽っていた時と、あまり状況は変わっていない。
黒魔導士フィーデルは、魔族と判明して尚、戦士ノブのパーティーの一員だ。
「ね?言った通りでしょ」
姿は見知っているものから変化しても、変わらず冒険を共にする仲間であるフィーデルの隣で、ミアが笑う。
「魔族だからって、一括りにするような人じゃないんです。凄い人なんですよ、ノブさんは」
嬉しそうなミアにつられて、フィーデルの口許にも微笑みが浮かぶ。それはとても穏やかで、ごく自然な表情だった。
「ほんと、敵わないな。お前らには」
互いに笑顔を交わし、温かな空気が流れる二人の間に、
「はい、そこまでーーーーー!!!」
突如として、ノブが割りこんだ。
「君達には悪いが、このい~~い感じの雰囲気は壊させてもらう……降臨せよ、空気破壊神!!!」
見たこともない険しい顔つきで、「カルキノス、カルキノス」と唱えながら謎のカニ歩きを繰り返すものだから、フィーデルはドン引きしてしまう。
一言も発することのできない彼と違い、ノブの奇行に多少は耐性のあるミアは、怒りの猛抗議に出る。
「いきなり何ですかリーダー!?その動きやめてください!
やめないと前頭葉に大ダメージ食らわしますよ!!?」
脅しではないぞとばかりに杖を振り上げられ、ノブは慌てて額を両手で覆い隠す。
相手がリーダーだろうと、やる時はやる子だ。
「早まるなミアちゃん!人を癒すためにある道具を、武器にしてはいけない!!
俺だって、出来ればこんな真似はしたくないが、君達の為なんだ!!」
「はい?どういう意味ですか」
ちょっと気になる言い方に、ひとまずミアが杖を下ろすと、ノブもふざけるのはやめて、二人に向き直る。
「いいかミアちゃん、まずは彼をよく見なさい。
変化を解いて魔族の正体を見せても、変わらず美しいルックス。
恐らくは悲しい過去があると匂わせる数々の演出。
魔王城でもそれなりの地位にあったと思われる、正真正銘の実力者……
この方は俺達みたいなモブでなく、サブキャラクタ―だ!!」
フィーデルを除くメンバー達に、衝撃が走った。
ヴェンガルに引き続き、二人目のサブキャラ加入。
これが意味するものとは?フィーデルの存在によって、死亡フラグは遠のいたのか、それともより近づいてきたのか……
ノブには答えが出ているらしいが、鬼気迫る様相からして、良い結論は期待できそうにない―――
「サブキャラとモブキャラが、うっかり恋になんて落ちてみろ……大変なことになるぞぉ!!」
絶叫とともに例のあの技が発動し、メンバー達の頭の中で、愛と悲しみの寸劇が始まる。
それはフィーデルの脳内にもきちんと届き、ノブの中二劇場が幕を開けた。