いま公園にある危機③
「あんな奴の言うことなんか気にすることないぞ、フィーデル君。
ちょっとスタイリング剤つけすぎじゃないかな~~と思う時はあるけど、体臭のほうはぜんぜん気にならないから!!」
何だそりゃ、フォローしてるつもりか!?
……寝起きとか、割と毛先がハネてるから強めのヘアミスト多めに使ってたけど、明日からちょっと控え目にしておくか……
「君の髪より、俺の籠手のほうが臭うしね~~。前に新調したのがいつか、覚えてない。
犬用ビーフジャーキーの期限切れたやつみたいな臭いがする」
おい、ヘラヘラ笑ってんじゃねえ!!わかってるならメンテして消臭しろや!!
……って、そうじゃない。落ち着け、自分!!
「リーダー、どうして此処に?」
軌道修正するため質問すると、ノブはしまった!というような表情になった。
「どうしてって……ええと、その……仲間だもの。いつだって近くに居るさ」
そんなイイ感じのセリフを言ったところで、誤魔化されるはずもない。
「近くに隠れて盗み聞きしてたんですね!?そうでしょ!?」
今度はミアが、怒りも露わにノブに詰め寄る。
「白状してください!!いつから聞いてたんですか!!」
「いつからって……う~~ん……角煮まん渡したあたりかなぁ」
白魔導士らしからぬ気迫に圧され、ごく小さい声でモニョモニョと答えたノブに、ミアの怒りは加速する。
「最初からじゃないですか!!信じらんない!!!」
「いや俺はただ、若い二人が過ちに陥らないよう見守らないと、と思って……」
「??? どういう意味だそれは……」
ぎゃあぎゃあ言い争う三人に、「ちょっと」とアキナが冷静な声をかけてくる。
「あんた達、ふざけるのは後にしなさい!決着がつく前に敵に背中を向けるなんて、自殺行為に等しいわ」
ノブの調子に引きずられてしまったが、アキナの言う通りだ。
高い実力に胡座をかいて相手を見くびったばかりに、足許を掬われてしまった輩は数知れない。
急いで敵のほうへ目を戻すと、さっきノブにやられたよりも酷くボコボコにされて、地面に伸びていた。
あのやられ様は、アキナの拳を何十発と連続で食らったに違いない。いつの間に……。
「いくらレベルが上がったからって、そういう小さな油断が命取りになるんだから。気をつけなさいよ」
ほぼ単独で敵を仕留めたというのに、特に息が上がった様子もなく高説を垂れるアキナの横で、テリーが封魔の札を編みこんだ縄を使い、失神している魔族を縛りあげている。
なるほど下級魔族を抑えておくなら、あれで充分だ。ほんと有能。
「市場で感じた気配は、コイツだったんだな。俺ももう少し勉強しないと……」
ぶつぶつ独りごちているテリーの後ろから、剣士ヴェンガルがゆっくりと歩いて来るのが見えた。
結局、メンバー全員この公園に居たようだ。
「やれやれ、出る幕が無かったな」
余裕のある足取りで近づいてきたヴェンガルは、フィーデルの前で止まると、顎を上げてまっすぐに見上げて来た。その目つきは、いつになく厳しい。
「さて、あの魔族との会話を聞いちまったからには仕方ねえ。訊かせてもらうがよ……お前は何者だ?」
ノブ達の乱入で、だいぶ和んでいた場の空気に、再び緊張が走る。
もう、こうなった以上、隠し通せるとはこちらも思っていない。
不思議と清々しい気持ちで、フィーデルはフッと小さく笑う。
「……もう少しくらい、騙せると思ってたんだがな」
右手の中指でそっと額に触れ、変化の術を解く。
全身を覆っていた幻影効果のあるオーラが、ほのかに光りながら剥がれ落ちてゆく。
数秒間、ごく静かな発光が続いた後に、フィーデルの真の姿は現れた。
顔立ちこそ大きく変わっていないものの、肌は青白く、両手には鋭い爪が銀色に光っている。
「うおっ……」
さすがのノブも、これには驚いたようだ。目を瞠って姿を変えたフィーデルを見つめているが、
「へえ~~~」
どうしたことだろう、これは……なんか、思ってたより……
「リアクション薄くないか?」
「えっ、そうかな」
ノブは腕を組み、首をひねる。
「うーん、デキる仲間の正体が、実は魔族だったっていう状況は初めてで……
驚いてはいるんだけど、上手く表現できないっていうか」
「……なるほど。考えてみれば俺も人間に化けてたのがバレて、思い切って正体を見せたのは初めてだ。
案外、それくらいのリアクションで正しいのかもしれないよな」
フィーデルも腕を組み、ノブと一緒に考え込んでしまう。そんな二人のやり取りを見たアキナとテリーが、
「ねえ、フィーデル君って、ちょっと天然よね」
「ちょっとじゃなくて、ド天然じゃないか?」
などと声を潜めて話しているが、当の二人は『雇ったばかりの黒魔導士が、実は魔族だった時の正しいリアクション』について考えるばかりで、まるで気づいていない。
そんなどうでもいいことで悩むフィーデルをつくづくと眺めながら、テリーが溜め息まじりに発言する。
「……俺は、けっこうショックだよ」
いつもの彼らしからぬ重い口調に、ノブもフィーデルもハッとしてテリーのほうへ顔を向ける。
さっきミアから聞いた話によれば、この盗賊もまた魔物によって親族を失っている。
自分は憎まれ、罵られても文句の言えない立場だ。
どんな言葉を投げつけられても、決して反論すまいと身構えたフィーデルだが、
「魔族でも人間でも、美形は変わらず美形なんだな~~って……
もとの顔が良ければ多少、肌の色が悪いくらいじゃ、そんなにイケメン度落ちないもんなんだな、つって……」
……ん?これは、どういう種類の糾弾だ?誹りでも嘲りでもないようだが……?
テリーの言い分を聞いて、なぜかノブもショックを受けたらしい。青褪めながら小さく首を縦に振る。
「ああ確かに……俺たちには決して乗り越えることのできない高く分厚い壁が存在しているな……」
おのれで発した言葉に深く傷ついたらしいノブとテリーは、がっくりと地面に膝をついてしまった。
よくわからないが自分のせいらしい。
「そんなに落ち込むなよ。お前らだって特別、顔が悪い訳じゃないだろ」
責任を感じたフィーデルは、慰めようとしたのだが、どうやら逆効果だったようだ。
二人とも同時に伏せていた顔を上げて、ギッと睨んでくる。
「はいはい出ました、イケメンの余裕と優しさが出ましたよー!!
顔良し性格良しときたら、もうこっちは勝ち目ありませ~~ん!!!」
「敵わねえな、ド畜生!!!だけどさー、魔族っていったってさー、肌の色と爪くらいしか変わってなくね?目とか髪はぜんぜん普通じゃん!
正体あらわしたところで普通にイケメンだもん、ずるいわ!!!」
不可解なキレ方をされて、だんだん面倒くさくなってきていたフィーデルだが、テリーの指摘には聞き逃せないものがあった。
「ちょっと待て、俺の目が……どうだって!?」
「ん?」
テリーは不思議そうに首を傾げる。
「どうって、茶色というか緑というか」
「榛色だわね」
うまく色を言い表せないテリーに代わり、アキナが教えてくれる。
それがどんなに、フィーデルを驚かせたことか。
榛色……そんな馬鹿な。黄緑色で瞳の長い、爬虫類の目をしているはずだ。
「鏡ありますよ、見ますか?」
ひどく狼狽えている様子のフィーデルを助けようと、後方にいるミアが、ローブの袂から小さな折り畳み鏡を出して構える。
振り返ったフィーデルが見たのは、彼らが言った通り、何の変哲もない榛色の目を持つ自分の顔。
瞳もちゃんと丸く、縦に長く伸びたりしていない。
―――これは、どういう現象だ?今まで曖昧だった記憶がハッキリしたことで、身体にも影響が出たというのか。
もしや魔力のほうにも変化があるだろうか、弱くなっていないといいが……