いま公園にある危機①
* * *
市街の中心部から少し外れた所にある、緑の多い小さな公園で、フィーデルは見つかった。
ちょうど昼時のおかげでほとんど人気はなく、静けさの中ひとりベンチに腰掛けて、膝の上に乗せた小箱の上で手紙を書いている。
「フィーデルさん?」
ミアが呼びかけると顔を上げたが、そこには青褪めてひどく疲れたような表情が見て取れた。
「あの……大丈夫、ですか?」
恐る恐る訊ねてくるミアに、フィーデルは頷くでも首を振るでもなく、曖昧な返事をする。
「ああ……まあ、平気だ……」
まったく平気そうには見えないが、正直にそれを伝えていいものか。戸惑っていると、彼のほうが言葉を続けた。
「さっきの迷子、どうなった?親は見つかったか」
「あ、はい。ちゃんとノブさんが見つけて……」
そこでようやく、自分が一人であることにミアは気づいた。
フィーデルを見つけて公園に入ろうとした時には確かに全員揃っていたはずだが、いつの間に逸れたのか。
不審に思ったミアがキョロキョロと辺りを見回すのも目に入らないようで、フィーデルは小さく息をつく。
「よかった……」
微かに聞こえたその呟きは、本心からのもので間違いないだろう。
一体どうしたことか、ほんの少し前までの不遜な黒魔導士といった風情はまるで無く、今のフィーデルはまるで傷ついた子供のようだ。
気になったミアはノブ達を探すのをやめ、適当に距離を開けてベンチに腰掛けた。隣り合って座れば、自然と会話もしやすくなる。
「あの、お昼まだですよね?これ、食べませんか」
さっき迷子の親から貰った食べ物を、フィーデルに差し出す。
元は大袋に入っていてノブが持っていたのだが、なぜか公園に入る前に、二人分だけ小分けに包み直して渡されていたのだ。途中で買ったお茶もある。
「『角煮まん』っていうらしいです。袋に書いてあったの読んだだけで、どういう食べ物かよくわかんないんですけど、さっきの迷子君のご両親が、お礼にくれたんです」
「両親が……」
フィーデルは途中まで書いた手紙を箱に仕舞うと、包みとお茶の筒を受け取ってくれた。
ミアも自分の分を取り出して、一口食べてみる。
白い皮のところはふわっとしてパンとは違う湿り気があり、中には甘辛く煮付けた肉の塊が包んであった。
「う~~、美味しいですね、これ」
「……そうだな」
昼食の味には満足したものの、こういう時は何を話したらいいものか。
落ち込んでいる若い男子に振るべき話題などまったく思いつけないでいると、フィーデルのほうから口を開いた。
「リーダーはどうして、あんなに面倒見がいいんだろ?
見ず知らずの迷子を助けたり、たかが新参者の俺に気を遣ったり……人柄ってやつなのかな」
「んーっと、それも勿論、そうなんでしょうけど」
ノブが出来るだけ、他人には優しく、特に困っている人には親切にしようとする理由。
アキナやヴェンガルほどには付き合いの長くないミアでも、思い当たることは少なからずあった。
「早くにご両親を亡くして苦労されたそうですから、その影響じゃないでしょうか。
ご家族は他にお姉さんとお祖母さんだけで唯一の男手だったから、10歳になる頃には家業や村の仕事を手伝って、大人並みに働いてたそうですよ」
「親を……?本当か、それ」
「ええ。5歳か6歳くらいの時にお父さんは魔族に殺されて、それからお母さんも間もなくご病気で亡くなったって聞いてます。」
「魔族に……!」
フィーデルは酷く動揺しながらも、詳しく話してほしいと求めてきたので、ミアは知っている限りのことを話した。
といっても、ノブ自身もよく覚えていないことを、さらに伝え聞いたことなので、大した話は出来なかった。
ただ、ノブが幼い頃に、隣村が中級魔族の率いる魔物たちに襲われ、たまたま親戚のもとを訪ねていた父親が巻き込まれてしまい、奮闘虚しく殺されてしまったこと。
遺された母親も、二人の子供を育てるため懸命に働いていたものの、翌年に流行り病にかかってこの世を去ったこと。
不幸続きだったがアキナの父を始め、村人たちはノブの家族を邪険に扱うことはなく何かと気にかけ助けてくれて、ノブもその恩に報いるため子供のうちからよく働いたこと。
アキナから聞いた話もあり、細かいところは曖昧だが、ミアが話せるのはこれくらいだった。
フィーデルは話を聞くあいだ、一言も口を挟まず黙っていたが、話が進むにつれどんどん顔から血の気が引いていき、終わる頃には蝋のように真っ白になっていた。
このまま倒れてしまうのではないかという不安に駆られたが、
「きっと―――」
発した声は具合の悪そうな顔つきと裏腹に、しっかりしていた。
「恨んでるだろうな、魔族のこと」
当然の意見だが、それには頷けない。ミアの知るノブは、恨みや憎しみからは程遠い人だ。
「どうでしょうね。勿論、いい感情はないでしょうけど、そんなに深く恨んだりとか殲滅してやろうとか、そういう気持ちは無いんじゃないでしょうか」
これに、フィーデルは驚いたようだ。信じられないと言いたげに目を丸くしてこちらを見てくるが、ミアは引かない。
「仇討ちとか復讐を目的にしてるパーティーもそれなりに居ますけど、ノブさんはそういうタイプじゃないっていうか……過去に囚われてる暇があったら一歩でも前進しようって考えの人ですから。
恨んで恨みぬいて仕返しする、なんてのは一番、性分に合わないと思うんですよ。
私だって親はモンスターに殺されちゃったけど、だからってこの世からモンスターを一匹残らず滅ぼしてやる!!なんて思ってないし……」
ミアを見るフィーデルの目が、ますます大きく見開かれる。
「お前も……!?」
「はい」
驚愕するフィーデルと反対に、ミアの態度は軽い。
「二人とも乗り合い馬車で移動してたところを襲われちゃって……乗ってた人は護衛も含めて全滅したそうです。
私はまだ2歳にもなってなかったから、近所のお家に預けられてて難を逃れたんですけど、引き取ってくれる身寄りもなかったので修道院に」
「どうして」
途中で遮ったフィーデルは、顰めた眉間にくっきり縦筋が浮き出て、明らかに怒っているように見えた。
「そんな風に簡単に話せるんだ?そんなこと」
「どうしてといわれても……」
なぜ怒らせてしまったのかわからず戸惑うも、答えは決まっている。
「私だけじゃないですから。修道院で一緒にいた友達はみーんな、似たような境遇でしたよ」
語っているうち、幼い日を家族同然に過ごした、当時の友人たちのことが記憶に蘇ってくる。
魔族に家を焼かれたり、親を殺された上に兄弟姉妹を連れ去られたり。
目の前で恐ろしいモンスターに母を引き裂かれ食い殺された子すらいた。
その癒えることない悲しみ、心に負った傷の深さを思えば、物心ついた頃には既に修道院で暮らし、両親の顔も知らず育った自分は、幸福といってもいいくらいだと思う。
「うちのパーティーだってそうですよ。
さっきお話した通り、ノブさんはお父さんを亡くしてますし、アキナさんだって確かお父さんが冒険者だったんですけど、引退の理由は魔王城へ辿り着く前にパーティーが壊滅しちゃったからだそうで……
だからノブさんと冒険に出るって言った時は大反対されたとか。
テリーさんも陽気に振る舞ってますけど、もともと一緒に旅してた三人の従兄弟さん達が途中で亡くなったり黙って逃げちゃったりして、独りになって途方に暮れてたところで知り合って、仲間入りしてもらったんです。
ヴェンガル先輩は……あんまり昔のことは話してくれないけど、一体どんなものを見て体験してきたことか、想像もつかないですね」