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肩車の記憶②

 そこまで思い至ったと同時に、突如として激しい頭痛がフィーデルを襲った。


 頭の中を、鋼鉄のつちで滅茶苦茶に打たれるようなその痛みには、覚えがある。

 いつも決まって、ある惨たらしい光景を脳内へ運んでくる、厄介な頭痛だ。



 ―――小さな丸太造りの家の中、暖炉のある部屋。

何か大きな包みを抱えた女が、床に足を投げ出し、壁に凭れかかっている。

 その半身が赤黒い血でべっとりと濡れているのは、胸に空いている大きな風穴のせいだ。


 一目で致命傷とわかるくらいの怪我を負い、もはや虫の息となっている女は、それでも包みを抱える手に力を籠めようとしているようで、両手の指先がピクピクと痙攣する。


 その動きを目で追ううち、抱えられているのが、ただの無機質な物体ではないことが段々とわかってくる。


 布切れに見えたのは、ボロボロに破れた服だ。よく見れば、引き裂かれた服から、ぽちゃっとした小さな手や靴を履いた足が生えている。


 だが、肝心の頭が、どこにもない。

 だらりと垂れ下がっている手や、わずかに残っている肩の位置からして、女の胸と一緒に吹き飛ばされてしまったと考えるのが妥当だ。


 そうか、これは幼い子供だ。

 死の淵にいる母親が、頭を吹き飛ばされた幼い我が子の残骸を抱いている。これは、そういう映像なんだ。


 精神に受けた衝撃が大きすぎて、かえって妙に冷静になってしまった頭で考えていると、息も絶え絶えな女が、こちらに目を向けた。



 ……昨日まで、この映像は何度も繰り返し見て来た。



 眠りに落ちた時に夢の中で、あるいは白昼でも、火の爆ぜる音や若い女の屍体などに反応しては、軽い頭痛を伴って、否応もなく頭の中で再生された。


 しかし今ほど、はっきりと鮮明に描かれたことはない。ここまでひどい頭痛も初めてだ。


 激痛で割れそうな頭の中、榛色の瞳から涙を溢れさせながら、女は―――母は、か細い声で、


「フィーデル」


 と呼んで、ついに事切れた。



 母さん……



 記憶の中のフィーデルが呼びかけ、駆け寄ろうとすると、



「まだ、子供がいたか―――」



 低い、くぐもった声が、辺りに響いた。弔いの鐘のように。



 やめろ―――



 過去の自分、母と弟を亡くしたばかりの自分に、フィーデルは声に出さず語りかける。



 振り向くんじゃない。振り向いてはダメだ―――



 懇願虚しく、過去に居るフィーデルは声のしたほうへ顔を向けてしまう。


 母と弟が倒れているのとは逆方向の壁際に、大きな黒い影が佇んでいた。


 これだけ他の映像は鮮明に蘇ったというのに、その影の姿だけは判然としない。

 棘々した鎧を着込み、兜をつけた頭が天井に着きそうなほど、巨大な戦士の影。


 その影と壁の間に、足が見えた。


 床に広がった血だまりの上に横たわる、短いブーツを履いた足。その爪先には、十字型の傷がついている。



 ()()()の足だ。



 大勢の人で賑わう市場が見えてきた頃、フィーデルはとうとう、足を止めた。


 肩車した子供を楽しませながら、意気揚々と歩くノブを先頭にしたパーティーメンバーが……


 仲間たちが遠ざかって行くが、追えない。全身に力が入らず、立っているのがやっとで、足が動かない。

 動いてくれない。


 石畳の道路の上、雑踏の中に消えていく仲間たちの後ろ姿を、ぼうっと見送る他にどうすることも出来ず、フィーデルはただ立ち尽くしていた。






 ***



 どっちを向いても人で溢れている大通りの市場に着いてから、ものの数分も経たないうちに、ノブ一行による迷子の両親探索大作戦は終わりを迎えた。


 肩車されている迷子の顔を一目見るなり、「坊や!」と叫んだ女性が一目散に駆け寄って来たのだ。

 女性の隣には連れの男性も居り、二人とも顔立ちが迷子とよく似ている。


「おとうさん!!おかあさん!!」


 ノブの頭の上で二人を見つけた迷子も、手足をバタつかせて喜んだ。

 心の底からホッとして、ノブは迷子を肩から降ろすと、傍まで来た女性に渡す。


 腕を伸ばして迷子を受け取った母親も、その肩を抱く父親も、共に涙目で「良かった、良かった」と繰り返す。

 子供の無事を喜んだ後、両親は深々とノブに頭を下げた。


「本当にありがとうございました。店のほうに掛かりきりになっていたら、いつの間にか居なくなってて……

 親として恥ずかしい限りです」


 父親はそう言うが、子供がいないことに気づいてからは、商売そっちのけで必死に探しまわっていたのだろう。

 でなければ、あんなに早く見つけられないだろうし、二人ともすっかり息が上がっている。


 何事もなく迷子は親元へ戻れたことだし、挨拶して去ろうと思ったのだが、父親がそっと紙の袋を渡して来た。


「これ、店の商品です。良かったら皆さんでどうぞ」


 中身は食べ物のようで、持ってみると指先が熱くなるくらい温かい。

 ノブとしては礼の言葉だけで充分なのだが、それでは両親の気持ちもおさまらないだろうし、金銭じゃないからこれくらいなら貰っておいてもいいだろう。


「いただきます、お役に立てて良かった」


 ノブが袋を受け取ると、両親はいま一度丁寧に礼の言葉を伝えた。これからまた仕事に戻らなければいけない、とも。


 特に市場に用のないノブ一行も、この辺がいい頃合いと見て短く挨拶を済ませ、迷子の家族とノブ一行はここでお別れとなった。

 店へ戻る母親としっかり手を繋いで歩きながら、迷子は何度も振り返って手を振ってくれる。


「バイバイ、おじちゃーーん」


 結局、最後までお兄ちゃんとは呼んでくれない迷子だが、ノブは笑顔で手を振り返して見送る。

 親子の姿が雑踏の向こうに消えると、ノブは仲間達へ向き直った。


「よし、ちょいどいい時間だし、昼飯にするか。

 ちょうどもらったお礼もあるし、これで―――あれ?」


 どう見ても頭数が足りず、少々面食らった。


「フィーデル君は?どこ行った?」


 その言葉でようやく、他のメンバーもフィーデルの不在に気づき、辺りを見回す。


「そういえば……」


「人が多いし、はぐれたかな?」


 皆がいくら目を動かしても姿は見えず、ノブは次の案に打って出る。


「今日はどうも、迷子日和だな。先輩、匂い、辿れます?」


「そうだな……」


 ヴェンガルはくんくんと鼻を動かしてみたものの、様々な香水やスパイスの香りが溢れており、とても一つの匂いを特定できそうにない。


「ちょっとキビしいな」


「あ、それなら」


 かわりに名乗りを上げたのは、テリーだ。


「追跡魔法で、波動を探ってみるか?」


「えっ、そんなこと出来るのか?」


 追跡魔法といえば盗賊専用のスキルで、戦闘中に逃げたモンスターを追いかける時などに使う魔法だ。

 テリーは自信ありげに拳でドンと胸を打つ。


「任せとけって。闇魔法の波動って独特だし、フィーデル君くらい強い魔導士って滅多にいないんだろ?

 つまり、この辺で一番強い波動を追えばいいってことだ」


 まずは論より証拠、とテリーは右手の人差し指を立てる。魔法を発動させると、指先がオレンジ色に光り始めた。

 早速、探りを入れてみる。すぐに強い反応を見つけられたが、ちょっと変だ。


「あれ……?けっこう遠くに居るみたいだな」


 せいぜい市場が開いている範囲にいると思ったのだが、そうではないらしい。見つからないわけだ。


「市内には居るみたいだけど、どうしたんだろ」


「ふーん……?」


 つられてノブも首を傾げる。

 ひょっとしたら一人になりたくて、敢えて離れていったのかもしれないが、困ったことに巻き込まれている可能性も無くはない。


 となれば、やることは一つ。


「よし、無事に迷子くんは親元へ送り届けたことだし、次のクエストは“行方不明の黒魔導士を探索せよ”だ。

 というわけで、作戦開始!テリー、案内頼む」


 高校生みたいなノリで肩を叩かれ、難しい顔をしていたテリーも、つい笑ってしまう。


「はーい、はい。ほんじゃ、出発しようか」


 一歩を踏み出しかけて、テリーは止まった。追跡魔法に、奇妙な反応があったのだ。

 闇の属性には違いないが、黒魔導士から放出されている波動とは明らかに違う気配。


 これは……モンスター、か?ごく近くから感じる……


 様子のおかしいテリーを心配し、傍に居たアキナが顔を覗き込む。


「どうしたの?」


 問いかける声でハッと我に返ったテリーは、


「今、何か…」


 と呟きながら首を動かし、さっと周囲を見渡した。すると、防具やアクセサリーを並べている露天商が目に入った。


 まだ誰にも装備されたことのない新品の防具なら、モンスター由来の素材が使われているパーツに、追跡魔法が反応することがある。


 まさかこんなに人が集まっている場所に生きたモンスターが居るはずもないだろうし、きっとアレが、奇妙に感じた気配の発生源だろう。


「何でもない、行こう」


 自分の中で納得できる答えを出したテリーは、歩みを再開し、仲間達もそれを追う。


 もしテリーに、ノブやヴェンガルほど魔族に対する知識があれば、下級魔族とモンスターが放つ波動にそれほど違いがないことに思い至って、もう少し警戒したかもしれない。


 だが真昼の街なかでは誰しも油断が生じるもので、人間に化けた魔族が、市場に集まった人ごみに紛れこんでいることにはとうとう、ノブ達はおろかその場に居た誰も気づかなかった。


 まして()()が、ノブ一行が口にする“フィーデル”の名前に強く関心を示していたことなど、知る由もなかった。


 

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