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パターン1:先に魔王城へ入ってしまったモブパーティーの末路(後編)

 現場はそれほど遠くはなかった。右に左に、角を曲がった所に、彼らは居た。


「うっ……」


 一番乗りしたケッジが、言葉を失ったのも仕方ない。廊下いっぱいに広がったドス黒い血溜まり。

 そこに数人の男女が倒れ伏しているが、もう事切れているのは明らかだった。


 胸に大きな穴が空いている若い女性。

 左肩から脇腹まで、半身を食いちぎられたホビットの男性。

 壁に寄りかかっている戦士には右腕がない。

 一番奥で倒れている人物に至っては、服装や体つきで辛うじて性別が女性だと判断できるものの、首から上がそっくり無くなってしまっている。


 むせ返るような血の臭いと悲惨な光景に立ち竦むウィルの耳に、ケッジの声が響いた。


「ねえ、この人まだ生きてるよ!!」


 ハッとして声のほうを見ると、ケッジは右腕のない戦士の前に居た。

 よく見れば確かに、呼吸をしている。セリーナが走り寄って杖を掲げた。


「すぐに回復魔法をかけますからね、もう少し頑張って―――」


 杖の先端が柔らかな緑色に発光し始め、安堵しかけたその時、戦士の左腕が動いた。


「やめとけ……大事な魔力、もう死ぬ人間になんか使うな」


 すげなく杖を払われ、セリーナは驚いた顔で戦士を見た。

 戦士は息も絶え絶えながら、首を横に振る。その動作も弱弱しい。


「君の力は、君の仲間の為に使ってやってくれ。死に損ないに無駄遣いするのはよせ」


「で、でも……見捨てることなんて、できません」


 セリーナがもう一度杖を構えた時、凄まじい叫び声が暗闇を引き裂いた。

 少し距離はあるが、ドラゴンの咆哮に違いない。

 石の壁に反響してビリビリと鼓膜を襲うその声は、外で何度も戦ったドラゴンのものとは比べ物にならないくらい、鋭く禍々しい。


「どうやら10階の主、だな」


 グウェンが呟いた。煙草のことで軽口を叩いていた時とはまったく違う、戦争を生き抜いた傭兵らしい表情で。


「ねえ、これ!」


 セルビーが声を上げ、血溜まりから拾ったものを掲げる。ドラゴンの鉤爪だ。

 今まで見たどのドラゴンのものより大きく、不気味な暗紫色をしている。

 片腕の戦士が笑った。すごい精神力だ。


「へへ……ざまあねぇな。仲間の命と利き腕を引き換えにして、やっと爪一枚だ」


 ウィルは敬意をもって、微笑み返す。


「勇敢に戦ったんですね」


 戦士は頷き、


「俺じゃなくて、仲間達がな……」


 血溜まりに溺れている仲間を、ゆっくり見渡した。


「ミアのローブ、真っ赤になっちまったな。純白が似合ってたのによ……

 お、テリーの奴、死んでもあの帽子かぶってやがるよ、へへ……アキナ、アキナは……」


 奥の、首のない女性の名前だろう。彼女を目にした時、戦士は深いため息をこぼした。


「あーあ、あれじゃ花嫁のベールは被れねえな……俺も、あいつの親父さんも、楽しみにしてたんだけどなあ……」


 セリーナのスミレ色の瞳が滲み、大粒の涙が一粒こぼれ落ちる。それはバギーが発する人工的な光に反射して、宝石のように光った。

 暗闇の奥から再び、ドラゴンの狂ったような叫び声がこだまする。片腕の戦士は乾いた声で笑った。


「怒ってやがるな。ざまぁみろ……そうだ、アイツからぶんどったのは、爪だけじゃねえぜ」


 ごそごそと腰の革袋から取り出したものを、無造作にぽいとウィルに投げてよこす。

 掴み取って確かめてみると、それは奇妙な文字が描かれた、小さな平たい石板だった。


「それがあれば村に戻れる。使ってくれ、俺たちにはもう…不要だ」


 命がけで奪ったアイテムを託し、安心したのか、戦士の表情が穏やかになり、息づかいもゆっくりとしたものに変わる。

 それは死の間際の平穏だった。もう痛みもそれほど感じていないだろう。

 ウィルは戦士の前に跪くと、まっすぐにその目を見た。


「無駄にはしません。あのドラゴンは……いいや、魔王ヘルフェレスは、必ず俺たちが倒します」


 晴れ渡る空と同じ色をした青い目。それは暗闇のなかで朽ちつつある戦士には、希望の光そのものに見えた。

 こいつなら、もしかしたら、本当に……


「向こうで祈ってるぜ。無事に……帰れよ」


 それきり、戦士が口を開くことはなかった。

 少しの間の後、セリーナの指が、開いたままの両目をそっと閉じると、堪え切れずケッジとセルビーがぼろぼろと涙をこぼし始めた。


「こんなの……こんなの、あんまりだよ」


 グスグスと泣きじゃくるケッジの肩を、グウェンが優しく叩く。


「なあ、おチビさん達よ。この城に転がってる骨の欠片だの、壊れた甲冑だの……みんなこういう連中だったんだぜ?」


 ケッジとセルビーは顔を上げ、涙に濡れた目で周りを確かめる。

 あちこちに髑髏や、装備の残骸が落ちているが、グウェンの言う通りこれらは、過去に魔王に挑んだ人々が果敢に戦い、死んでいった証なのだ。


「魔王まで辿り着けないまま散った連中が大勢いて、俺たちもその一組にすぎないのかもしれない……

 そんなことはわかってたはずだ。


 だが、まあ、頭で考えるのと実際に見ちまうのとは違うよな。

 どうする?せっかく勇敢な兄さんから貰ったソレもあることだしよ、引き返すなら今のうちだぜ」


 グウェンの言葉は、ケッジ達ではなく、自分に向けられている。

 魔王に挑むこと、城を攻略すること、それがどんなに困難で恐ろしい道であるのか、今日まで何もわかっていなかったのかもしれない。

 けれど。


「これは、使わせてもらうよ」


 立ち上がり、石板を強く握るウィルを、セリーナの心配げな視線が追う。


「ウィル……」


 彼女に微笑みかけてから、グウェン、セルビー、ケッジにも強い視線を送った。


「万全に準備をしてから、また此処に戻ってこよう。先に進んで、魔王を倒す。

 それが俺達にできるこの人たちへの……いいや、かつてこの城で戦った勇者たちへの、唯一の弔いだ」


 その表情に迷いは無い。ウィルは仲間にも、自分自身にも、絶対に嘘はつかない。


 セルビーとケッジは涙を拭い、ぐっと拳を握る。

 グウェンはいつものように口の端を吊り上げて皮肉っぽい笑みを浮かべているが、ウィルを見つめる目には馬鹿にしたり侮っている雰囲気はなく、強い信頼があるだけだ。


 迷いを吹っ切ったウィルに勇気をもらい、セリーナも立ち上がる。

 ウィルはいつだって、暗闇を振り払ってくれる。


「わたしに少しだけ、時間をもらえますか?祈らせてください、勇気ある冒険者たちのために」


 セリーナが祈りのかたちに手を組むと、皆も胸に手を当てて目を閉じる。

 邪悪な存在が支配する暗闇の中、死者を悼み、天界の女神のもとへ送り届けるための歌が、優しく響き始めた。


 ―――『思い出の石板:魔王城で最後にセーブしたポイントとモウグス村の教会を行き来できる』を入手しました―――


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