スミャホ買いに行こう!
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翌朝、いつも通り宿泊客の中で一番早く起きたノブパーティーの面々は、朝のミーティングのためロビーに集まっていた。
「はい、おはよーございます。今日もがんばっていこー……って」
まずはリーダーの挨拶から始まり、続いて一日の予定についてざっくりした説明と確認という流れなのだが、今朝は違った。
メンバーの顔を見渡したノブが、フィーデルの異変に気づいたのだ。
「どうしたフィーデル君。だいぶ目が赤いけど?」
指摘を受け、もしや変化の術を失敗したかと不安がよぎったが、驚愕しているというよりは心配そうな顔だから、違う。
どうやら白目部分が充血している、という意味のようだ。
心当たりは、大いにある。
「ちょ…っと昨夜、遅くまで本読んでしまって……」
できれば読んでいたのが少年漫画であるということは隠しておきたかったのだが、
「わー、読んでくれたんですね、あの漫画!!」
ミアが喜んだものだから、光の速さでバレてしまった。
そもそも彼女から借りた物から、コソコソ隠すことでもないとはわかっているのだが、恥ずかしいというか気まずいというか……
「えっ、漫画読んで寝不足になったの?どんなの読んでたの?」
感情をうまく処理できず赤くなったり青くなったりしているフィーデルを差し置き、ノブが食いついてきた。
狼狽えるあまり言葉を出せないでいると、かわりにミアが答える。
「『霊界で探偵になった男子中学生が、事件解決したり武闘会に出たりする話』ですよ」
「マジか!!俺の聖典じゃん!!」
ああ大声で言った……オトナが少年向け漫画を聖典だと、堂々と……
……だが読んでしまった今、気持ちはわかる。わかりすぎるほど、わかる!!!
「そりゃあ、寝不足にもなるわ。続き気になって眠るわけにはいかないって感じになった?」
「はい、もうページめくるの止まらなくなっちゃって……」
こう答える他ないフィーデルを目にして、ノブはすごく嬉しそうだ。
「だよねー!!どこまで読めた?」
「四聖獣と戦ってる途中ですね。そこまでしか借りてなくて」
「それ初期のめっちゃ面白いところじゃん!」
大きな声で反応したのは、テリーだ。彼もまたドンピシャ世代である。
「ちょうどレギュラーの仲間が揃って、すっごい勢いあるところ!!
いや、この先も最終回まで面白くない話なんてないけど!!」
「やっぱりわかってるな、テリー!!早く続き読んだ方がいいよフィーデル君、これからもう……すっごい展開待ってるから!!」
「それ本当ですか?まだこれから面白くなるとか、ちょっと信じられないっていうか」
「あ゛~~、いいなあもう!!俺も記憶消して、もう一回まっさらな状態で読み直したい!!」
頭を抱えたノブが、「記憶消えろ」とか叫び出す。
まずい、興奮と奇行が止まらない。たぶん午前中いっぱいくらい語れる。
端から見たらバカみたいだろうが、あの作品を読んだ男子は、年齢など関係なく、もうこうなるしかないのだ。
三人の勢いに引いて、口を挟まずにいたアキナが、黙っているのも飽きたらしくミアに話しかける。
「しょうがないわねコイツら……ミア、また続き貸してあげてね」
「う~~ん……」
ミアは眉を寄せて指先で顎をつまみ、困ったような素振りを見せた。
「貸してあげたいのはやまやまなんですけど、今、布教用にあの文庫版三冊しか持ってないんですよね。
困りました」
会話が耳に入ってきたフィーデルは、慌てて首を横に振る。
「いいよ、自分で買うから」
「それなら電子書籍版がいいかもよ」
すかさず、ノブが自分のスミャホを取り出して見せた。
「荷物にもならないし、最終巻までいっきにまとめ買いできるしさ。すごい便利」
せっかく貰ったアドバイスだが、これにも首を振るしかない。
フィーデルのその動作を見て、ノブは採用した日に現状確認で彼から聞いた話を思い出した。
「そっか、スミャホ持ってないんだっけ」
その通り。だから本屋で買うことにすると告げる前に、ノブは何か閃いたようで、ポンと手を打った。
「よし、じゃあ今日は予定変更!メイウォーク市へフィーデル君のスミャホを買いに行こう!」
「ええっ?」
思ってもみなかったことに驚くフィーデルに、ノブは明るく笑いかける。
「いやー、気が利かないでごめんね。近いうちに用意しなきゃとは思ってたんだけど、闇魔法に夢中になっちゃって頭から飛んでたよ」
「いえ、でも、俺は別に……」
パーティーに長居する気はないのは勿論、買ってもらう義理もないから断りたいのだが、ノブは聞こうとしない。
「いいからいいから遠慮しないで。通信料は自分で払ってもらうけど、本体のほうはテリーにもミアちゃんにも買ったし、経費で落とすから。
ちょうど昨日、猿頭の獅子倒した分のお金があるし」
「でも、その……」
「大丈夫大丈夫、きっといいヤツ見つかるって。
それじゃ、行くぞ!ケータイショップ!!」
ノブが拳を突き上げると、フィーデル以外のメンバーも「おー!!」と声を上げ気合いを入れる。
こうして新しいスミャホを求めてノブ一行はメイウォーク市を目指して歩き出し、フィーデルもそれに追従するしかなくなった。
***
三時間後、一行はつつがなくメイウォーク市のケータイショップへ到着した。
小ぢんまりとした建物だが店内は清潔で明るく、そこかしこに置かれたテーブルの上に、色とりどりの機械が整然とディスプレイされている。
こういった場所には初めて来たフィーデルには、どれも同じにしか見えないが、ノブには違いがわかるようだ。
「最新」という札が立てかけられているものをウキウキとした表情で手に取る。
「おっ、これ、話題の5Gってやつか。いいな~~カッコいい!
これでドリャクヘウォーキングやったらどんな感じかな?」
楽しそうなノブに、冷静なテリーが値札を指差して注意を促す。
「値段見てみろよ、3万だって」
ノブはそっと見本を戻すと、フィーデルを振り返った。
「予算、1万2000くらいで!お願いします!」
「はあ……」
そう言われても、どれを買えばいいのやら。
選びかねて見本も触れないでいるフィーデルに、助け船を出したのはミアだ。
「これなんかいいじゃないですか?型は一つ前のものだけど、初心者には使いやすいですよ」
差し出されたシルバーの端末を、恐る恐る受け取ってみる。
サイズの割に重みがあるな、くらいの感想しか抱けないが、自信を持って薦めてきているようだし、いい物なんだろう。
「よくわかんないからこれでいいかな……」
率直な気持ちを言葉にすると、ミアに服の裾を掴まれた。
「決まりですね!向こうに他の色もありますよ~~」
嬉しそうなミアに、引っ張られていくフィーデル。
「中々お似合いじゃないか?あの二人」
微笑ましい光景を、テリーはにこやかに見守っているが、兄心が騒いでしまうノブは細目で睨んでいる。
少し距離を置いて成り行きを見ているヴェンガルも複雑な表情だが、視線の先に居るのはフィーデル一人だ。
昨夜、抱いてしまった疑念は消えることなく、頭の中で燻っている。
そんな状態だからつい彼に向って注意を向けてしまうが、今日に限っては少しお堅いだけで普通の青年に見えた。
魔族ならあんな風に漫画で盛り上がったり、人間の女の子と仲良くしたりしないだろう。
そうは思うが……やはり何か引っかかる……
「なあに?先輩もミアにお節介?」
アキナに声をかけられ、慌てて目を逸らす。
「いや、そういう訳じゃねえんだが」
「はいはい。あの子も保護者が大勢いて大変だね」
クスクス笑いながら、アキナは近くの棚に飾られているケータイに目をつけた。
「この辺、お年寄り向け簡単ケータイだって。先輩もこの機会にスミャホ買ってみたら?」
「俺ぁいいよ……」
アキナに付き合いながら、もう一度、フィーデルに目を向けてみる。
機種は決まったので、後はどの色にするかでミアと話しこんでいるところだが、やはり不自然な雰囲気はなく、ごく普通の若者としか見えない。
ヴェンガルも疑っているとはいえ、根拠は薄い。ただの考え過ぎだといいが……