新入りさんとの距離感ってむずかしい②
「どっちにしろ、もう少し歩み寄ってくれるといいですよね」
位置を決めて自分のコマを置き、テリーが言った。ヴェンガルはハッとして我に返る。
「ああいう堅苦しい感じ、得意じゃなくて。どうしたら打ち解けてくれるかな。
ノブ、どう思う?」
首尾よく挟み撃ちにした黒のコマをひっくり返すと、テリーはさっきから話題に入って来ようとしないノブに目を向けた。
「そうだなあ……」
指先に神経を集中したまま、顔も上げずにノブは気のない返事をする。
「まだ一週間だし……そんな心配しなくても…………できたあ!!」
朗らかに叫んだノブの掌には、オレンジ色の亀みたいなものが乗っている。
「完成したぞ、アンキロサウルス!!」
ノブは嬉しそうに組み上がったそれを高々と掲げて見せるが、他の二人は聞き慣れない恐竜の名前に戸惑うばかりだ。
「あんきろさうるす~~?」
「マニアックすぎないかそれ。攻めてんな」
交互に突っ込まれても気にすることなく、ノブは完成したミニチュア恐竜をいそいそと小箱へ仕舞い込む。
「これで“最近、宿屋の食堂で知り合ったちょっと不器用なおじさん”からのお願い、
“息子から頼まれた食玩を代わりに完成させてほしい”を達成したぞ。
おじさんに渡せば報酬の『おいしい干し芋 3袋』と交換してもらえる!」
なんか依頼風に言っているが、要するに知り合いからの頼みごとを引き受けただけか。
能天気なことだと思っていたヴェンガルとテリーだが、
「あ、そうそう、フィーデルくんのことだけど、欠席裁判みたいなことするのはやめようや」
直球で注意され、ぎくっと心臓が跳ねた。二人が怯んでいる隙に、ノブは自分の思いを語り出す。
「他人とは距離感取りたいタイプみたいだから、それはそれでいいと思うんだよね。
俺らがお気楽仲良しグループでやってるんだから、お前もそうしろ!なんて強制しちゃあ、逆に息苦しくなっちゃうでしょ。
新人がチームの空気に合わないから変えてやろうなんてのは、リーダーとして一番ダサくて最低な行為だから、フィーデル君には自分のペースで、やりやすいように冒険してもらいたいなと。
彼に限らず、メンバー全員が気兼ねせず伸び伸びと過ごせるパーティーっていうのが俺の理想だからさ、そうなるように人間関係も含めいろいろ調整していくのもリーダーの大切な仕事だと思ってる。
ということで、今後もフィーデル君が入ったことで皆がやりづらいようなら、それはちゃんと居心地いい環境づくりできてないリーダーの責任だから。
つまり俺の力不足のせいなんで、責めるなら俺にしてね」
恐竜パズルに夢中で聞いていないかと思ったら、ちゃんと考えていたようだ。
二人が感心しきっていると、視線を受けているうちに気恥ずかしくなったらしく、ノブはがりがりと後ろ頭を掻いて照れ隠しに笑う。
「ま、そういう訳で、しばらくは様子見で行こう。ふとした切っ掛けで距離が縮まることもあるかもしれないし……
ほら先輩、負けてますよー!!」
強引に話題を変えようとするノブに指摘され、ヴェンガルはオセロ盤の三分の二くらいが白で埋められていることに気づく。
「おっと、こりゃマズイ」
さてどうしたものかと黒を置く位置について集中して考えようとするも、一度湧き上がった不安というものは中々消えてくれないから困ったものだ。
フィーデルの不自然なまでに上下の規律を重んじる態度、それが意味するところとは……考え過ぎだといいのだが…………
***
ヴェンガルが己の胸の中に漂うモヤモヤとした不安を打ち払うべく、オセロに集中しようとしているのと時を同じくして、ノブの部屋から離れた廊下の片隅で、フィーデルもまた危機感を抱きながら佇んでいた。
魔族の耳が持つ聴力をフルに働かせて会話の一部始終を聞いていたのだが、老剣士が自分を疑っていることは伝わってきた。
今は確証のない、漠然とした疑念でしかないから心に留めているのだろうが、この先フィーデルが失敗し尻尾を出すような真似をすれば、もう黙ってはいないだろう。
バレたところで姿をくらまし、逃げ切るくらいの自信はあるが、せっかく潜入に成功したのだからもう少し時間を稼ぎたいところだ。
その為には少し、歩み寄りが必要だろう。まずはリーダーを懐柔し、信頼を勝ち得ることができれば、他のメンバーもそれに続くはず。
だが、その為にはどうしたら……?戦闘以外で、自分を認めさせる手段とは?
完全なる実力主義の世界だった魔王城での在り方しか知らないフィーデルには、難しい問題だった。
いくら考えても答えは出でこない。壁に背を預けて悩んでいると、
「いたいた、フィーデルさーん」
聞き覚えのある声に呼ばれた。
見れば、パーティーメンバーの女二人がこちらに向かってくる。
もう寝るところなのだろう、二人とも寝間着姿で、格闘家アキナは手ぶらだが白魔道士ミアのほうは妙な紙袋を提げている。
「部屋に居なかったから、探しちゃいました」
「何やってんのよ、こんな所で」
問われたところで、本当のことなど言えるはずはない。
「ちょっと考え事を……そっちこそ、何か用ですか」
冷たい声色だが、特に気にしていない様子で、ミアが一歩前に出る。
「余計なお世話かもしれませんけど……ちょっと目を通しておいてほしい物があって」
そう言って紙袋を差し出してきた。訳がわからないながら、とりあえず受け取ってみる。
中身はどうやら、何冊かの本だ。
「それ、ノブさんの聖典なんです。大切なことはぜーんぶコレに記されているって、日頃から公言してまして」
聖典という言い方は大袈裟だが、要するにリーダーの愛読書か。冒険の手引き、それとも武術の指南書だろうか?
いずれにしろ、この実力は確かなパーティーでリーダーをやっている男がそこまで言うのなら、かなり有益な情報が書かれているものなのだろう。
少し興味が湧き、一冊取り出してみる。出てきたのは、予想していたどんな書物とも違うものだった。
「…………漫画?」
意外すぎて声に出してしまった。白魔道士が力強く頷く。
「はい、『霊界で探偵になった男子中学生が、事件解決したり武闘会に出たりする話』です」
はっきりタイトルは書けないので察してほしいが、さすがにフィーデルも題名くらいは知っている有名なやつだ。それにしても。
「これが聖典……って」
漫画本を見つめながら首を傾げるフィーデルに、アキナが肩を竦めてみせる。
「わかるわ。いいオトナが何言ってんだって、呆れるわよね?
でもすっっっごい面白いし、読んでみて損はないと思うわ」
「はあ……」
ついていけず、生返事しかできないフィーデルに、アキナは困ったような顔で微笑みかけた。
「まあ無理にとは言わないけど、ノブと話す切っ掛けになればいいなと思うワケ。
あいつ、態度に出ないように気をつけてるみたいだけど、あんたともう少しちゃんと話せないかって、柄にもなく悩んでるみたいだからさ。
よかったら仲良くしてやってくれないかな?あの通り、お気楽でお人好しな冒険バカだから、あんたみたいなキチンとしたタイプには苦手な相手かもしれないけど、仲間のことは大切にする奴だから。
こんな風に言うと変かもしれないけど、もっと頼ってやってほしいのよね、ノブのこと」
アキナが自分で言っている通り、フィーデルには到底理解しがたい内容だったが、リーダーと距離を詰め信頼を得るチャンスだということはわかった。
二人から反感を買わないようにする為にも、ここは無下に突き放さないほうがいいだろう。
「二人とも気を遣わせてしまって、申し訳ない。俺も皆さんとは仲良くやっていきたいけど、どうしていいかわからなかったから有り難いです。
この本、近いうちに読んでみますね」
思惑はどうあれ、素直な気持ちを告げたら、ちゃんと伝わったらしい。女たちは顔を見合わせると、満足げに頷き合った。
「それじゃ、また明日。時間取らせて悪かったわね」
「おやすみなさーい」
短く挨拶を済ませると、背を向けて去って行く。廊下の角を曲がり姿が見えなくなると、声を潜めて会話を始めた。
当然、その詳細も、フィーデルの耳には届いてくる。
「ちょっと、何をニヤニヤしてんのよ」
「いやあ~~、ノブさんを語ってる時のアキナさんて、めちゃくちゃ可愛いなぁと思いまして。
乙女心って偉大ですね!!」
「コイツ、生意気言って!」
コツン、とアキナがミアを小突く音。
「あんたこそ、フィーデル君にはやけに気を遣うじゃないの」
「やだなあ。これぐらい普通ですよ、普通~~」
何が楽しいのか理解に苦しむが、キャッキャと盛り上がりながら、二人の声は捕らえることのできない距離まで遠ざかって行く。
一人に戻ったフィーデルは、ひとまず預かった本の表紙を開き、パラパラとページをめくってみる。
冒険に必要な情報が載っているとは思えないが、リーダーが心酔しているというなら、本当に何か重要なことが描かれているんだろう。
今夜中に一冊くらいは読んでみようと決めて紙袋を携え、フィーデルは自室に戻ったのだった。
※アンキロサウルス……ヨロイリュウの一種。アルマジロっぽくて可愛いのでぜひ検索してみてください。
長い首が美しいディプロドクスもオススメ。恐竜好きな方には今更ですが、有名なロンドン自然史博物館中央ホールの全身骨格はディプロドクスだよ!!ブラキオサウルスじゃないんだよ!!
※霊界で探偵になった男子中学生が、事件解決したり武闘会に出たりする話……いくら令和だからといって、この作品については補足する必要もないでしょう。……ないよね?