新入りさんとの距離感ってむずかしい①
***
背の高い草がさやさやと音を立てて風にそよぐ草原。穏やかな景色に不釣り合いな、激しい戦闘の音が響く。
高く鋭い剣戟、低く重い打躑、そして魔法を詠唱する囁き声。互いに命を賭け合う者たちが奏でる緊張の調べは、それほど長くは続かなかった。
野太い獣の咆哮を最後に音は止み、人と魔物による物騒な演奏会は終わりを迎えた。
敗北を迎え断末魔を絞り出した獣、獅子の体に猿の顔を持つ異形の魔獣が、草の上に倒れる。
静けさを取り戻した草原にはすでに、同じ姿をした獣が二頭こと切れており、合わせて三つの屍が横たわることとなった。
少し時間を置き、三頭とも動かないのを確認してから、戦いの相手を務めた冒険者ノブのパーティーは攻撃の構えを解いた。
剣を下ろしたリーダーのノブが、さっそく倒した魔獣のほうへ駆け寄って行く。
「おおー、すごい!!『猿頭の獅子』の群れを2ターンで倒せた!!闇魔法すっげえ~~」
声を弾ませてはしゃいでいるが、迅速に勝敗をつけられたのはパーティーの総合的な戦闘力の高さ故だ。
ノブとヴェンガルの正確無比な剣技、柔と剛を兼ね揃えたアキナの体技、
敵の弱点を見抜くテリーの眼力と、苛烈な攻防の合間に体のパーツやアイテムを奪う盗みのテクニック、
そして補助魔法でメンバーのパラメーターを上げ、敵のは下げ、体力回復や状態異常を治療するミアのサポート。
まさしく一分の隙もない布陣。各メンバーの基本能力が高い上に、互いに信頼し合い呼吸を合わせられるからこそ、生み出されている強さだ。
……陛下が危機感を抱く訳だな……
ここ一年ほど、魔王ヘルフェレスは直々に命令を下し、変化を使える中級魔族を斥候として城外へ飛ばしている。
人間側の動向、特に魔王城攻略に闘志を燃やす冒険者パーティーを探らせているのだが、その理由は古くからの予言にある「光の勇者」を警戒してのことだという。
信頼できる情報筋によると、既にそれらしい人物は特定されているという話だが、どうやら脅威はもっと身近なところにもあるようだ。
こんな、いかにも一般の冒険者の見本みたいな、「どこにでもいる普通のパーティー」という概念を具現化したような連中が、ここまで強いとなると、魔王軍も迂闊に全面攻撃には出られまい。
魔王直属の幹部を始め、驚異的な戦闘力を持つ上級魔族たちが、城からなかなか出ようとしないことも頷ける。
それを歯痒く思った時期もあるが、よほど強力な切り札でも無い限り、武力で大陸を制圧することは難しいだろう。
……思い切って城を出たのは正解だったな……
草の上に倒れている猿頭の獅子を眺めていると、つくづくそう感じる。
今は骸と化してしまったが、高い知能と身体能力を併せ持ち、城外にいるモンスターの中ではトップクラスに危険な獣のはずだ。
それが、わずかなターンで倒されてしまった。とどめを刺したのはフィーデルの風魔法だったが、それが無くてもこの連中なら難なく倒していただろう。
無力と思っていた人間が、日々の鍛練をこなし質のいい武器を持てば、ここまで強くなれるものだとは。
城の奥で地位と権力に甘んじ、閉じこもって格下相手に偉ぶっている生活では、知りようもなかったことが沢山ある。
パーティーに入ってまだ一週間ほどしか経っていないが、フィーデルの人間に対する評価は随分と変わっていた。
この種族は、一般の魔族が思っているほど弱くも愚かでもないし、きちんと統率も取れている。
だからもし、いま城内で実しやかに流れているあの噂―――魔王ヘルフェレスが百年ぶりに、魔王軍を総動員して全面攻撃を仕掛けようと画策しているという噂が本当なら、いざ実行された時には相当しぶとく抗戦してくるのではなかろうか。
もっとも、抗ったところで人間側に勝ち目があるかどうかは疑問が残る。
切り札が無いのは人間も同じ、善戦するだろうが最後は惨めに敗北し、今度こそヘルフェレスはエーヤンのすべてを手中に収めるだろう―――百年前に「蒼炎の聖女」が現れたように、魔王の軍勢を蹴散らし人々を勝利に導く、「光の勇者」でも現れない限りは。
ヘルフェレスが本当に存在するかどうかもわからない相手を血眼になって探している理由は、多分その辺りにあるのだろう。
全面攻撃を打ち出す前に、障害になりそうな者はすべて排除しておくつもりなのだ―――
「このモンスターって、換金するといくらだっけ?」
フィーデルの頭の中で、陰惨な未来図が描かれていることなど露知らず、ノブがテリーに訊ねる。
「一頭、4000ダリーってとこかな。なかなかの収穫だ」
ミアの魔法で縮小化された獣たちを袋に仕舞いながら、テリーが答えると、ノブの目が喜びで輝いた。
「体力もMPも大して消費せずに強いモンスターを倒せるなんて、闇魔法さまさまだなあ。
君のおかげだよフィーデルくん!!入団してくれてありがとう!!」
礼を言われるも、試験の時に自分ではなくて耄碌しかけたマジシャンの爺さんを採用しようとしていた記憶が蘇り、複雑な気分になる。
ひとまずマイナスな感情を読まれないように「どうも」とだけ返しておいた。
傍で会話を聞いていたアキナが、ノブを軽く睨む。
「確かに戦闘が格段にやり易くなったわね~……みんなのレベルの高さも考えたら、そろそろ城外に出るモンスター以外にも挑戦する時期なんじゃない?」
同調しつつも含みのある言い方だ。隣にいるヴェンガルが頷き、こちらはもっとストレートに伝えたいことを口にする。
「頼れる味方も増えたことだしよお、いい加減、行こうや魔王城。
最初は入り口の近くだけ探索したらすぐ戻るとか、そういう感じでいいからよ」
先ほどの元気はどこへやら、ノブはぐっと言葉を詰まらせ、
「……そこはまあホラ、まず例のフラグをどうにかこうにか……」
とはっきりした答えは出さず、小声でゴニョゴニョと呟くのみ。そんなリーダーに、戦利品を詰めた袋を担いだテリーが、目を細めて非難めいた視線を送る。
「結局それか……どうしようもねえな。フィーデル君はどうだ?魔王城、行ってみたくないか?」
急に話を振られ、一瞬だけ戸惑ったものの、特に答え方に迷うような質問ではないだろう。
「リーダーが行かないって言うんなら、それでいいんじゃないですか?
俺の意見なんか関係ないと思いますけど」
普通のことを言ったつもりだったが、テリーはちょっと面食らったような顔をした。
「あー……でもさ、それだけ強いんだから、自分の力を試してみたいとか思わないかな?
もうここまで来れば、城も目と鼻の先だしさ」
「? だから、決定権は俺に無いですから。行くも行かないも、リーダーの指示に従います。
何か問題でも?」
「いや、別に問題とかは……ないけど」
歯切れ悪くテリーが黙ってしまうと、何となく気まずい空気が辺りに流れる。
皆が居心地の悪さを感じていたが、フィーデルは気づかず、ノブに声をかける。
「ところでリーダー、だいぶ日が傾いてきましたけど、そろそろ戻りますか?それとも今日は野営しますか」
「え…っと、今日は戻るよ。宿で休もう」
「了解です。じゃ、帰りましょう」
向きを変え、さっさと歩き出してしまうフィーデルの背中を、五人は複雑な思いで見守る。
メンバーに入ったとはいえ、慣れあう気はない。そう語っているような背だった。
***
「あいつ、軍隊の出身かもしれねえな」
モウグス村の宿、ノブの部屋にある例の長いテーブルに着き、テリーとオセロ盤を挟んで相対しているヴェンガルが、ぽつりと言った。
「そうかなあ。ただの人見知りなんじゃないですかね?軍人の黒魔道士なんて聞いたことないし」
白のコマをどこに置こうか思案しつつ、テリーが答えた。ヴェンガルは主語を使わなかったが、誰のことを言っているかはわかる。ここにいないフィーデルのことだ。
忙しい一日を終えて夕食を摂り、就寝するまでの束の間の休憩時間、男性陣で集まって取り留めもない談話を楽しんでいるところである。
オセロ勝負しているヴェンガルとテリーから少し離れたテーブルの端にはノブも居り、ちまちまと手を動かして小さな立体パズルを組み立てているが、室内にフィーデルの姿は無い。
もちろん意図的に一人だけ外しているわけではない。夕食の後、部屋に来るかと声をかけたのだが、にべもなく断られてしまったのだ。
日頃の態度からしてそうなるだろうと予想していたので、しつこく誘ったりはしなかったが、やはりちょっと寂しいものがある。
「どこかの街の市警団に黒魔道士の人、居ましたよね?そんなところじゃないっすか」
テリーの意見は尤もだが、ヴェンガルはどうも腑に落ちない。オセロの勝敗などそっちのけで考え込み、うーんと唸る。
「……あの上下明確にして規律遵守!って感じな……あれは……」
いつもハッキリとものを言うヴェンガルが、柄にもなく言葉を濁らせてしまうのは、漠然とした不安があったからだ。
フィーデルの態度を見ていて思い出すのは、エーヤンの田舎自警団や都市部の警備隊ではなく、外の大陸で出会った、王族や領主が組織している大規模な軍隊の出身者たちだ。
エーヤンにも軍隊を持っている市や街はそれなりにあるが、確固たる身分制度がなく個人の権利が尊重されるお国柄、あんな風に上は上!下は下!と厳しく戒められている訳ではない。
一般職より規律は厳しいし体育会系色が濃くはあるが、上官に歯向かったら即制裁、上の言うことには死んでも従えというようなことはない。
団結して頑張ろう、みんなで一丸となり我が故郷を守ろうという意志のもと日々の鍛錬と勤めに励む人々で構成されている。
ただし、一つだけ例外がある。
単純だが絶対的な実力主義により、弱い者は強い者に付き従うしかないという鉄の掟が課せられた軍隊。
それは魔王城の主ヘルフェレスが率いる、おぞましい魔族の―――