ついに決定、新メンバー!!
「ぐぉらああーーーー!!ノブぅ!!!」
ちょうど頭の高さまでジャンプしたコアラ剣士が、リーダーの後頭部を叩く。
相当な衝撃があったのだろう、ノブが頭を抱えて蹲ると、コアラ剣士ヴェンガルはその襟首をむんずと掴んだ。
「すまねえ兄ちゃん、お前さんの魔法が凄すぎたもんで、コイツちょっと取り乱してらあ。
あっちで落ち着かせてくるからよ、ちょっと待っててくれ」
まさか他パーティーの求人を紹介されるとは思わず、呆然としているフィーデルを置いて、ヴェンガルはずるずるとノブを引き摺って行く。
パーティーメンバーの前にひっ立たせると、さっそく糾弾が始まった。
「バカかお前は!!あれだけデキる黒魔道士なんて滅多にいねえぞ。早いとこ契約しちまえよ!」
「だからビビってんすよ!!」
気心の知れた老剣士相手には本音が出るらしく、ノブは涙目で訴える。
「あんな優秀な人、俺なんかが、ちゃんと使いこなせるか自信がない……
パートタイムの経理さんを募集したら、有名国立大卒の元エリート銀行員が来ちゃった町工場の社長の気持ちです」
「お前それは、どっちの立場の人にも失礼だぞ!エリートが町工場の経理やって何が悪いんだよ、問題なんか一つもないだろうが!」
「先輩、論点がズレてる」
女格闘家が、ヴェンガルを嗜めつつ、盗賊と白魔道士を振り返る。
「二人の意見はどう?あたしはせっかくだから、入ってもらったほうがいいと思う。
実力は折り紙つきって感じだし、頭も良さそうだからさ。これからの戦闘や旅の行程に、いい変化が得られるんじゃないかな」
リーダーやコアラと違って、建設的な意見だ。少しの間を置いて、まずは白魔道士が答えた。
「私も賛成です。最近、ちょっとずつだけど、モンスターが強く賢くなってきてる気がするんですよ……
冒険者のレベルや持ってる武器の技術向上に合わせて、モンスターも進化しているのかも。だから戦力の増強は、生き残る上で欠かせないと思います。
……そ~、れ~、に~~」
女二人が顔を見合わせ、いきなり手を取り合った。
「イケメンですもんねー!!声もいいし!!」
「わかるーー!!冒険に張り合いが出るわよね!」
それでいいのか、お前らの選考基準。
満面の笑顔でくるくる回る女子たちを呆れ顔で見つめながら、盗賊も発言する。
「俺も、採用するに一票。冒険を進めていく上で、心強い味方は何人いても困らないよ。
でも、決めるのはノブ次第だな。もともと、コレ!っていう人がいなければ流す予定って言ってたし、ミアちゃんの言うことは一理あるけど、今の五人でも特に戦力不足は感じてないからさ」
「……なるほど、みんな概ね賛成か」
メンバーの忌憚なき意見を聞いて少し冷静になったか、リーダーは真剣な表情で腕を組み、考える素振りを見せる。
「みんなの言う通り、即戦力としてフィーデル君の攻撃魔法は是が非でも欲しいところ。あとは俺に、彼の特性を無駄遣いせず十分に活かす甲斐性があるかどうかだ。
もしかしたら実は、将来を嘱望された頭取の息子で、フィーデル君を取り戻すために様々な嫌がらせを銀行から受けることになるかもしれない。
そうなったら果たして、零細企業が大手銀行にどこまで立ち向かえるものか……」
後半からおかしくなってきたリーダーの話に、コアラ剣士と女格闘家が声を荒げる。
「ちょっと!!途中から町工場の設定が混じってるわよ!!」
「まだ頭ハッキリしてねえのか、お前は!たとえその状況でも社員はキッチリ守れや!いけ好かねえ銀行の野郎なんぞに死んでも渡すんじゃねえぞ!!」
脱線と修正を繰り返すこの話題が、どこへどう転がっていくものか、もう見当もつかない。
どんな表情を浮かべていいのかもわからず立ち尽くすフィーデルの肩を、節くれだった手がポンと叩いた。
振り向くと、老マジシャンのポルパがニコニコと笑っている。
「なかなかやるのう、お主。どうじゃ、ワシの知り合いが経営してる寄席に出てみんか?
お主ほどの腕前なら、大ウケ間違いなしじゃわい」
グッと親指を立ててウインクしてくるが、寄席って。潜伏が目的なのに、見世物になっては本末転倒だ。
「いや、俺のはマジックじゃないんで」
やっとそれだけ答えて顔を戻すと、黒山羊少年デレクが視界に飛び込んできた。
いつの間に正面に回っていたのか、きらきらした目でまっすぐにフィーデルを見つめながら、祈るように両手を握り合わせる。
「どうか、師匠と呼ばせてください!!」
絶対おことわりだ、14歳。お前と四六時中、一緒にいたら、どんだけ深い穴掘っても足りなくなるわ。
「弟子を取れるほどの身分じゃないんで……修業中なので」
「そこを何とか!!お願いします、師匠!!」
「ちゃんとギャラ出るぞい!弁当もタダじゃあ!」
食い下がってくる少年と老人に頑として首を横に振りながら、もう疲れた……いっそ転送魔法でどこか遠くへ飛んでしまおうかと現実逃避していると、
「いたいた!!ポルパさん!!」
老人を呼ぶ声が、喧騒の中に響いた。
フィーデルを採用するかしないかで喧々諤々と議論を続けていたノブパーティーも、中断して声のしたほうを見る。
五十代くらいの年嵩の女が二人、グラウンドの向こうから息せき切って駆けてくる。
一人は背が低くて小太り、もう一人は背が高く痩せていて、対照的な二人組だが、着ている服はまったく同じだ。紺色の上着に茶色のズボン、どこかの施設の制服か。
二人はまっすぐポルパのもとへ来ると、安堵した様子でホッと息をついた。
「もお~~、また勝手に居なくなるんだから!探しましたよ!」
「さ、お茶の時間も過ぎちゃったし、帰りましょ。足元気をつけてね~~」
小柄なほうがポルパの手を引いて歩き出し、痩せているほうはノブの前まで移動した。
「どうもすみません、ご迷惑をおかけしまして」
「あ、いえ……」
深々と頭を下げられ、ノブもお辞儀を返す。そのやり取りを見守っていた白魔導士が、何かに気づいた。
「その制服……聖マルシウス病院の方ですか?」
「あらお嬢さん、よくご存じで」
痩せた女は上着に刺繍されているマークがよく見えるよう、誇らしげに胸を張る。
「わたくし達、聖マルシウス病院の職員ですの。と言っても、系列の高齢者専用ホームの従業員ですけどね」
「え……高齢者ホーム?」
目を白黒させながら、ノブが繰り返す。
「そういうのって、七十代前半くらいじゃ、まだ入れないですよね。ポルパさん、74歳って自己申告してましたけど」
今度は女職員のほうが、目を丸くした。
「あらヤダッ!!もぉ~~、しょうがないわねサバ読んじゃって。
あの人は今年でもう、88歳ですよッ!!」
相変わらずフィーデルには、七十でも八十でもわずかな差のようにしか思えないのだが、ノブパーティーには衝撃が走ったようだ。女格闘家とヴェンガルが、ひそひそと会話を始める。
「88って。ほぼ90だわね!」
「その年にしては手品とか出来て大したもんだけどよ……良かったな迎えが来て。
一歩まちがえれば、身元不明の爺さん預かるところだったぜ」
まだ披露していない手品があるから見せたいとゴネるポルパをあやしながら、職員たちは歩みを進め、やがてグラウンドから見えなくなった。
親が決めた門限に間に合わなくなるから、ということで黒山羊デレクも帰ってしまうと、ノブは改めて、フィーデルと正面から向き合った。
「えーっと……それじゃ、他の二人は年齢に問題あったし、闇魔法もまったく使えないから、応募基準に満たなかったということで……
フィーデル君、採用です!これからよろしく!!」
朗らかに笑う口元に、白い歯が光る。リーダーらしい、気持ちのいい笑顔で、他のメンバーもにこやかに微笑みながら拍手をくれる。
予定通り、まずは第一関門突破だ。望んだ結果は得られた……
が、どうしてだろう。ぜんぜん、釈然としない……何か、なんか…………すっっっごいモヤモヤする!!
―――黒魔導士フィーデルが仲間に入りました―――