いよいよ本番、面接試験③
「すごいな~~、他のも出来ます?」
リクエストを出したのは、まさかのリーダーだ。
そういう都合のいい言葉は聞こえるらしく、老人は肩から下げている鞄を探ると、トランプの束を取り出した。
「ほれ、ここから一枚、引いてみい」
広げたトランプを差し出され、ノブは言われた通り、一枚引く。
「全員にわかるように柄を見せい」
指示通り、ノブはトランプを高く掲げた。カードの柄はダイヤの6だ。
全員の確認が済むと、老人はカードを受け取り、トランプの束に戻す。
「ほんじゃ、これをよくシャッフルするぞい」
年齢を感じさせない器用な手捌きで、素早くトランプを切る老人。耳が遠くなろうが腰が曲がろうが、指先の感覚が一つ一つの動きを記憶しているのだろう。
あらかたトランプが混ざると、一番上のカードに指を置く。
「おぬしが引いたカードは…………これじゃ!!」
自信満々に引っくり返したそのカードに描かれていた柄は、ハートの6だった。
「あー、惜しい!!でも、ほぼ正解だよな」
「そうね、たまには失敗もあるもんね」
ノブとアキナが優しくフォローすると、老人は首を傾げる。
「おー?これは違ったか……ほ、そうじゃ。ちょっと勘違いしとったわい。
最近、物忘れが激しくてのお~~、失くさないように、ここに仕舞っておいたんじゃ」
語りながら、おもむろに上着のポケットからトランプを取り出す。
その柄はなんと、ダイヤの6!!
「おおおお~~~~」
ひときわ大きな歓声が湧きあがり、惜しみない拍手が贈られる。
得意げに、両手を広げてポーズを取る老人。こちら側にいる黒山羊少年ですら、「スッゲー」とか声に出しながら拍手している。
……だから魔法っていうかこれ……手品…………
ただ一人、呆れてリアクションを取れないフィーデルの耳に、ノブパーティーの会話が聞こえてくる。
「いいですね、宿屋で他のパーティーとコミュニケーション取りたい時にこういうのやってもらえたら、助かるだろうな」
「う~~ん、でも戦闘では役に立たないだろ」
ノブに同意は出来ないようで、コアラは渋い顔をしている。いいぞ、さすが歴戦の老剣士。
「それに、私達と同じ速度では動けないでしょうね。あの様子じゃ、一緒に移動するだけでも難しそう」
女格闘家も反対のようだ。当然だろう、相手はやっと立っているような年寄り……
「もし採用するなら、どこかの宿屋で待っててもらうしかないかしら。荷物の受け取りとか手紙の代筆とか、簡単な事務仕事でもしてもらってさ」
まあまあ出来そうな案を出すな!!前向きに検討してんのか!?
「戦力増強のための黒魔道士募集ですよね?非戦闘員を入れるのは本末転倒じゃないでしょうか」
冷静な白魔道士の意見に、コアラ剣士も頷いている。
この二人はどうやらまともだ、お前ら、この二人の言うことをちゃんと聞け!!
「でも家族以外の誰かが待っててくれるって、いいかも。心の支えになってくれそう」
盗賊が余計なことを!!
年老いたマジシャンが支えなきゃ折れるくらいの強度なのかお前のメンタルは!?
そんなガラスのハートなんざ、叩き割って不燃ゴミの日に捨ててしまえ!!
あ゛~~、もう何なんだこいつら……闇魔法は子供のお遊戯でも、老人の隠し芸でもない……こんな試験、崇高な闇魔法への冒涜だ!!
ぎりぎり自分を保っていた精神の糸が、プツンと音を立てて切れた。
フィーデルはそっと右手を上げると、指先を真ん中の丸太に向けた。炎を起こす呪文を、誰にも聞こえないくらい小さな声で囁く。
たったそれだけの動きで、丸太に巻きつけられた藁束が、瞬く間に燃え上がった。
「うわっ、な……何だ!?」
突然の発火現象に、ノブのパーティーは驚き慌て、
「み、水!!消火器――!!」
丸太の一番近くに居た盗賊がギルドの建物内部へ駆け出そうとするが、それには及ばない。
さっさと次の呪文を唱えると、透明な水の膜が燃える藁束を包みこんだ。
ジュッと音を立てて炎が消えてしまうと、水は丸太にまとわりつきながら二度、三度と小さく波打った後、動きを止めた。氷結の呪文によって、芯まで凍りついてしまったのだ。
柔軟な水の膜から、堅固な氷の塊へと姿を変えたそれを、今度は風魔法が襲う。ヒュウッと鋭い音を立てて巻き起こった風の刃は、たちまち氷塊を切り刻んだ。
一つの大きな楕円形の氷は、無数のごく小さな氷の粒となり、キラキラと輝きながら落ちていく。それらが地面に着く前に、丸太の周りを帯状の炎が取り囲んだ。
藁を焼き尽くした激しい炎に比べれば、規模の小さい火ではあるが、かなりの高温らしい。落ちてきた氷が触れると、瞬時に蒸発させてしまう。
あらかた氷を溶かしてしまうと、すぐに炎も消えた。
こうして、火から始まり水・氷・風の連続技を食らった藁の束は、完全に消滅してしまった。
後には真っ黒に焦げた一本の丸太が残されるも、左右の試験用丸太はまるで無傷だ。技の威力はもちろん、使う側のコントロール能力の高さも、十分に伝わってくる。
本物の闇魔法を目の当たりにして、フィーデルを除く一同、誰も言葉が出ない。
みんな呆気にとられた顔で、変わり果てた丸太を眺めるばかりだ。
しばらく続いた沈黙の後、フィーデルは口を開いた。
「……ちゃんと戦える黒魔導士は俺だけみたいですね。冒険、同行してもいいですか」
その静かな声を耳にして、ノブは丸太に釘付けだった目をフィーデルに向けるが、相変わらず言葉を発することが出来ない。
開いたまま塞がらない口、これ以上ないくらい大きく見開かれた目。
ちょっとやり過ぎだったか?もしや驚きを超えて、怯えさせてしまったかと少し不安になったが、別に震えたり顔色が悪かったりはしない。これは……もしや……
引いてる、か…………?
「ノブ。おい、ノブ!」
リーダーの無言に焦れたコアラ剣士が、短い手を伸ばしてその背を叩く。
「どうしたんだ。もうアイツで決まりだろ。早く採用って言ってやれよ」
それこそフィーデルの求める唯一の答えだが、リーダーは違うらしい。
「いや……あの……あんな凄い人が来ると思わなくて……」
「願ったり叶ったりじゃねえか。あの若いのが入ったら、大幅戦力アップ、生存率も急上昇で間違いなしだ。
ほら、さっさと行って来い!!」
文字通りに背中を押され、ノブはこっちにやって来る。フィーデルの前に立つと、いかにも作り笑いとわかる顔で笑いかけた。
「いや~~、お見事ですね。本物の闇魔法って、さすが、迫力が違う!!」
「はあ、どうも」
「まだお若いのに、ここまで出来るなんて、ほんと信じられない。ところで……」
なかなか『採用』とは言わない。まさか正体がバレたのか?もう少し見た目を老けさせたほうが良かったか。
いや、とぼけた風を装っていても、この男はかなりレベルの高い冒険者だ。姿かたちの他に何か、不審な点を目敏く見つけたのかもしれない。
警戒し、身構えるフィーデルだが、続くノブの提案はまったく予想外のものだった。
「ひとつ前の町に、ウラジミールさんていう、40代始めくらいの方が率いているパーティーがありまして。
ちょっと平均年齢は高いけど、実力は確かで人間性も非常に立派なメンバーが揃っている、素晴らしいパーティーです」
「? はい……?」
「そこがですね、つい先日、主戦力の一人だった格闘家さんが戦闘中に大怪我を負ったんです。
で、治療に専念するため、残念ながら引退されてしまいまして。
その穴を埋めるために強いメンバーを新規募集してらっしゃるので、良かったらこちらで紹介状を……」