面接前夜
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追加メンバー求人募集の期限、二週間が過ぎ、面接を兼ねた入団実技試験を翌日に迎えた日の夜。
用事を終えたお爺ちゃん先生をモウグス村へ送り、トンボ帰りでメイウォーク市の常宿へ戻っていたノブは、自室へメンバーを集めると、ギルドから届いた書類を例の『何故かリーダーの部屋に必ず置いてある大きいテーブル』に並べた。
面接前の事前会議を始めようという訳だ。
「結局、応募してきたのは三人か……」
ずいぶん少ないな、と思ったテリーだが、ノブは違うようだ。
「いや、思ってたより集まってくれたよ。一人でも来てくれたら御の字だと思ってたから。
ヴェンガル先輩の言った通り、応募ゼロでもおかしくなかったし」
「ふーん……そんなもんか」
そうは言うものの、まだまだ疑問の残っているテリーのために、ノブは説明モードに入る。
「黒魔道士っていうのは、絶対数が少ないんだよ。
白魔道士みたいに教会や修道院みたいな教育施設がある訳じゃなくて基本は一対一の師弟制だし、一説によると今エーヤンにいる黒魔道士の人数は、1000人にも満たないらしい。
その中でも、魔王城近くに出るモンスターとの戦闘に耐え得る実力を持っていて、なおかつ冒険に積極的な魔道士ってなると、たぶん50人より少ないんじゃないかな」
「へえ、そんなに!」
驚いた直後、テリーの表情は暗くなる。エーヤンで歴史を学んだことのある者なら誰でも知っている、ある嫌な単語を思い出したのだ。
「それって、やっぱりあれの影響なのかな……百年くらい前にあったっていう、“黒魔道士狩り”」
恐ろしげに響くその言葉を耳に入れ、アキナの表情も曇る。
「ああ、幼年学校で習ったわね。怖くてあんまり調べたことないけど」
アキナやテリーのように、残酷で胸の悪くなる話が無数に飛び交う負の歴史を忌避する者は多い。
できれば詳しく知らないままでいたかったが、黒魔道士がメンバー入りする以上、知らないでは済まされないだろう。
ここはリーダーのノブが率先して説明しておくべきだろうが、これについてはなかなか難しい。
面白い(と自分で思っている)話や趣味についての語りなら止まらなくなるノブだが、暗く悲しい歴史については口が重くなってしまう。
そんなノブの迷いを察し、
「発端は、百年と少し前。教会の権力が『リシエラ会』の一派に集中したことから始まります」
かわりにミアが口を開いた。
「その名の通り、正義の女神リシエラを篤く信仰する組合でした。
それ自体は悪いことではないのですが、強い信仰心が仇となって、暴走としか言いようのない酷い行為に及ぶようになります。
彼らが理想郷を得るためと称して独自に作った厳しい戒律に照らして、少しでも神の教えに反したと判断された者は身分・性別・年齢の格差なく捕らえられ、尋問とは名ばかりの過酷な拷問を受け、その最中に亡くなったり、処刑されてしまった人もいましたが―――主に槍玉に上げられたのが、黒魔道士です」
「……どうして、そこで黒魔道士が出てくるんだ?同じ人間同士だし、白魔道士にとっても魔族やモンスターと一緒に戦ってくれる大事な仲間じゃないか」
理不尽に思うあまり、説明を遮って声に出してしまったテリーの質問に、すかさずノブが補足を入れる。
「その頃の黒魔道士たちにも、かなり問題があったんだよ。当時は闇魔法の研究が全盛期で、色々な成果や新しい発見が相次いでいた……といえば聞こえはいいけど、その分の犠牲もあった。
闇魔法の基本はモンスターや中級以上の魔族が使う攻撃魔法を、自らの潜在魔力と技術をもって擬似的に再現すること――要するにモノマネだからな。
詳しい情報が欲しいあまり、魔族に近寄り過ぎたせいで魔王側に取り込まれてしまったり、情報交換のため魔族に請われるまま貴重なアイテムや、時には人間そのものを献上する、なんて取り引きも後を絶たなかった。
もちろん、そんなことをするのはごく一部の不届き者に過ぎないんだが、黒魔道士に対する世間の不信感は募っていく一方で―――」
苦い表情でノブが言葉を切る。少し間を置いてから、ミアが説明を再開する。
「最初に捕縛された黒魔道士はちょうど十人。この人たちは実際に魔族と許されざる取り引きをした確証のある罪人だったそうですが、理由はどうあれこの十人が一斉に逮捕、処刑されると、いよいよリシエラ会の暴走は歯止めが効かなくなりました。
罪のある人もそうでない人も、黒魔道士というだけで捕らえられ、いい加減な裁判のあと処刑台へ送られる。
この繰り返しで、当時は5000人以上いた黒魔道士が、わずか二年の間に300人未満まで減ったといいます。
でも、これはまったくの愚行でした。
黒魔道士の数が激減すれば当然、魔族やモンスターへの対抗力が急激に落ち込みます。
これを好機と見た魔王軍は城外へ進軍、破竹の勢いで侵攻し、実に大陸の三分の一が魔王の手に落ちてしまいます。
窮地に陥ったエーヤンの人々を救ったのが、皆さんご存知、女性黒魔道士のレディー・アデライラです」
「“蒼炎の聖女”ね」
深刻そうだったミアの声に明るさが戻り、アキナにも笑顔が浮かぶ。
女子なら一度は憧れる、杖一振りで百人の魔族を屠ったという伝説の美女だ。
「アデライラの活躍によって、敗走していた人々の士気も高まり、魔族は魔王城へ押し返されました。戦いの渦中、残念ながら彼女は戦死してしまったそうですが、黒魔道士の名誉は回復されます。
かといって、奪われた命が戻るわけではありませんし、一度受けた迫害の記憶と遺恨はそう簡単に消えません。
数少なくなった黒魔道士たちは表社会から距離を置き、闇魔法の研究や技術の伝承は、人知れぬ山奥や森の中で、ひっそりと行われるようになりました。
……と、こういうわけで黒魔道士さんというのは数が少ないし厭世的ですが、時代が進むにつれ、このままじゃダメだっていう革新的な人たちが出てきて、ここ二十年くらいで冒険に参加する黒魔道士さんも増えてきています。
喜ばしいことだけど、読み本や伝説に憧れて、自称黒魔道士を名乗ってるだけの偽物も多いですからね。この人達のことも、ちゃんと見極めないと」
長かったミアの説明が終わると、刺激を受けたメンバーたちは三枚の書類に目を向ける。
どうせなら戦力になるのはもちろん、深い絆を結べる人を選びたいものだ。まずはノブが、右端の書類を手に取った。
「このデレクって子はまた若いな、16だって。お……黒山羊の獣人かあ!カッコいいじゃん!!」
簡単なプロフィールを読んで目を輝かせるノブを、アキナが軽く睨む。
「16って、今回の募集要項ギリギリの年齢じゃない。そんな若くて黒魔道士になれるもんかしら?ちょっと怪しいわ」
冷静な意見だが、ノブの目に宿った輝きが曇ることはない。
「それだけ天才ってことじゃないか?天才魔道士少年・黒山羊のデレク……やべえ、超カッコいい!!」
「プラス思考にも程があるわ!!」
己の中に巣食う中学2年生が暴れ出したノブへのツッコミはアキナに任せておいて、ヴェンガルが真ん中の書類を手元へ引き寄せる。年齢の欄に記入されている内容が引っ掛かったのだ。
「こっちのポルパってのはどうなんだろな……74歳って、俺よりだいぶ年いってるぞ。冒険して大丈夫か?」
「……先輩って何歳なんすか」
前から気になっていたことを、思い切って質問してみたテリーだが、
「アラ還」
というざっくりした答えが返って来ただけだった。
この件に関してはあまり深く追求しないほうが良さそうだと判断し、テリーは最後の書類を手に取る。
「お、この人は字もキレイだし期待できるな。年齢は二十歳ちょうど、名前は……フィーデル、か」
三人のうち、いったい誰が新しい仲間となるのか。和気あいあいと続いていく談義を、窓の外からじっと観察している者がいた。
宿屋の庭木の枝に停まっている、白いフクロウだ。
一見すると何の変哲もない、小さなフクロウだが、もし近くで見ることができれば、その目が異常なことに誰しも気がつくだろう。
右は猛禽類独特の、丸い大きな黒い瞳が浮く金色の目だが、左は違う。
瞳は縦に長く伸びて、虹彩は不気味な黄緑色に光る、トカゲのような目だ。
不揃いの、恐ろしげなその目は、窓の向こうに居るノブたちにじっと注がれている……