転生勇者vsモブパーティー③/何となく新章幕開けの予感?
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三人が元の場所へ戻ると、さっそくミアが声をかけてきた。
「皆さん、大丈夫でしたか?誰か転送魔法、使ったみたいだけど……」
さすが上級白魔道士。距離を取っていても魔法の気配には敏い。
ミアの問いには、まだ怒りの収まっていないヴェンガルが答えた。
「あのサトルってガキが、魔法使って逃げたんだよ……新種の魔族だ、あんなもんは!!」
いつになく猛っているヴェンガルの怒りっぷりにちょっと引きつつ、アキナが首を傾げる。
「なに、結局、正体は魔族だったの?それにしては情けない感じだったし、ひょっとしたらただのイキった学生じゃないかって、ミアと話してたんだけど」
鋭い……さすがというか、女の勘って侮れない。気をつけよう。
「まあ正体はともかく、だいぶ面倒な子だったけど……彼のおかげで、この先に進むにあたって重要なことがわかったぞ」
勿体ぶった言い方は、メンバーの注意をひき付ける効果があった。いったいどうしたのかと、全員の視線がリーダーに注がれる。
ノブは少し時間を置いて、頭に浮かんでいる考えを吟味してみたが、やはりこれ以上の策はない。メンバーをざっと見渡すと、自信たっぷりに口を開く。
「今の状態で何も不満はないんだけど、もし攻撃魔法を使えるメンバーがいれば、魔王城での戦闘の効率もパーティー生存率も、いっきに上がると思うんだ……
だから、追加募集しよう!黒魔道士!!」
「ええーーー!!?」
四人の口から、ほぼ同時に驚きの声が上がった。
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「はい……はい、はい……いいですね。承りました~~」
ノブの手からパーティーメンバー募集希望の用紙を受け取り、必要事項がすべて記入されていることを確認すると、年配の女性職員は受け付け済みの判子をポンと押した。
「それでは、お預かりいたします。良い出会いがありますように」
「はい!よろしくお願いします!!」
上機嫌で頭を下げるノブだが、後ろで見守っている四人の胸中は複雑だ。
「本気でメンバー追加する気なのねえ……」
不安に思ってアキナが独りごちるが、無理もない。冒険も後半、魔王城まであと一歩というところまで来て、欠員補充以外の理由で新しいメンバーを入れるパーティーなんて、聞いたこともない。
人数が増えれば、ここまでの経験をもとに築いてきた戦闘のスタイルを再構築しなければならないし、新人の人となりによっては、パーティーの信頼関係にマイナスな影響が出る可能性すらある。
もちろん、ノブはそんなこと承知の上だろうが。帰りの道すがら、考え直さないかとアキナとヴェンガルでやんわり説得してみたのだが、頑として譲らなかった。
それどころか、サトルが使ったような攻撃魔法が、どれほど戦闘において効果を発揮するかというメリットを延々と語ってくる始末。
リーダーがその調子では、もう誰も反対できない。
メイウォーク市に着くと、まっすぐ役所に向かい、併設されている冒険者ギルドでさっさと求人手続きを済ませてしまったのだった。
色々あった一日だったが、宿屋へ戻るべく役所を出た後も、ノブは浮足立った感じですごく楽しそうにしている。
「ギルドって便利だよな。田舎だと冒険者の酒場とかで交渉しないといけないけど、書類一枚書けば終わりだ。もっと普及しないかな~~」
たしかに、ミアとテリーが入ってくれるまで仲間探しには苦労したものだ。旅の道連れを求めて酒場や教会を三人で駆けずり回った日々のことを思い出せば、ギルドの求人システムはとても有り難い。
だからといって、今回のノブはちょっと、能天気すぎるように見える。
「便利なのはいいけどさあ、変な奴が来たらどうすんのよ」
アキナが苦言を呈しても、どこ吹く風といった様子だ。
「ちゃんと面接するから、大丈夫だって。これだ!って人がいなかったら、見送って今後もこのメンバーのままで行くし」
「……ノブもこう言ってることだし、あんまり心配するな、アキナよ」
ヴェンガルがフォローしてくるが、今回ばかりはノブの肩を持つつもりはないらしく、続く言葉は辛辣なものだった。
「黒魔道士ってのは数が少ねえからな。期限内に応募は0人、なんてオチかもしれねえぞ」
この説得力がある予想にアキナは安心し、一方でノブは大いに落胆したが、果たして老剣士の読みは、幸か不幸か外れることになる。
翌日の午後、ノブの書いたメンバー募集希望用紙が求人掲示板に貼り出されると、一時間もしないうちにひとりの青年が受け付けに問い合わせをしてきたのだ。
「すみません、掲示板を見たんですが……戦士ノブのパーティーって、どんな人達ですか?」
対応したのは昨日その募集を受理したのと同じ、年配の女性職員だった。人の良さそうな若いリーダーの顔を思い出しながら、にこやかに答える。
「とても堅実で、実力も確かなパーティーですよ。あまり目立つタイプじゃないけど……もうドラゴンも何体か倒しているし、クエスト成功率は今のところ100%です。優秀なチームよ」
「なるほど……」
強さもクエスト達成率も興味はないが、堅実で目立たない、という二つのポイントは、“彼”にとって大きな魅力だった。
“彼”が望むのは、手柄を立てることでも、名を挙げることでもない。冒険に出る若者が夢見るようなことは、何も望んでいない。
“彼”がいま欲しているのは静寂だ。極秘裏に進んでいる大きな計画を担う、一つの駒として動くためには、目立たない隠れ蓑が要る。
地味だが優秀なパーティー、というのはたぶん、いい線だ。人間社会にうまく潜り込むことができれば、愚かしい“追っ手”の目を欺けるし、計画の要となっている“協力者”とのコンタクトも容易になるはずだ。
もちろん、リスクもある。
パーティーに入り、長時間ともに行動するようになれば、正体がバレる可能性がある。そうなれば厄介なことになるだろうが……
まあいい、その時は口封じのため全滅させてしまえばいいだけだ。
このご時世、冒険者など毎日、何十人も死んでいるのだから―――五人ばかり一度に消えたところで、誰も怪しんだりするまい。
戦士ノブが出している求人募集へ、ぜひ応募したいと頼むと、必要な書類を持ってくるからそこで待つように言って、職員は奥へ引っ込んだ。
手続き……面倒なことだ。
表面上は大人しく待ちながらも、“彼”は内心で舌打ちする。
社会性だか何だか知らないが、ヒトというのはまどろっこしいやり方を好む生き物だと聞いているが、どうやらその通りだ。
弱い者は強い者に従うしかない―――という、たった一つの明確なルールで成り立っている魔王城とは、まるで違う。
城内に漂う濃密な闇と、血の臭いを含んだ生ぬるい風を懐かしく思い出していると、女性職員が書類を持って戻って来た。
「それでは、こちらに必要事項をご記入ください」
「……どうも」
うんざりしながら書類を受け取った時、自分の手の色が職員に比して白すぎることに気づく。これは、今日のうちに調整しておいた方がいいだろう。
ついでに目の色も、緑より青に変えたほうが良さそうだ。髪は今のまま、灰色がかった茶色で問題なさそうだが―――もう少し、よく観察して人間らしさを追求しなくては。
蝋のように白い肌、鈍い銀色に光る爪、そして黄緑色の虹彩の中、縦に長く伸びる瞳が浮く、爬虫類のごとき眼。
魔族とわかる特徴はすべて隠したつもりだが、恐らくまだ完璧ではない。
幸い、面接の日取りまではまだ二週間ある。その間に、より詳しく人間について学習しておこう。
面倒だが仕方ない、計画を遂行するためにはどんな労力も犠牲も厭わないと誓ったのだから。
……お前らもせいぜい役に立ってくれよ、戦士ノブのパーティー……
さらさらとペンを動かして書類に必要事項を書き込みながら、まだ見ぬ雇い主にそう願う。
二週間後、ちょっと予想していなかった面接試験が待っているとも知らずに……