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パターン1:先に魔王城へ入ってしまったモブパーティーの末路(前編)

* * *


 冷たい石の壁に囲まれた暗闇に、剣戟の音と機械のモーター音が響く。

 古めかしくおどろおどろしい石の回廊にはいささか場違いな、小型バギーのライトが映し出すのは、強硬な殻を持つ巨大な毒サソリ。

 愚かにも自分のテリトリーに入ってきた獲物たちを仕留めようと、鋭いハサミを振り上げ、危険な毒針を突き込んでくる。


 しかし、こちらも魔物相手に連戦してきたパーティーだ。そう簡単に倒せると思ってもらっては困る。


 サソリの恐ろしげな容貌に臆する者は無く、激しく動き回りながらも呼吸は乱れない。

 傭兵グウェンの大剣が毒針の攻撃を弾き返し、剣士ウィルの素早い剣舞がハサミを翻弄する。


 二人の激しい攻撃によって出来た隙を縫い、盗賊ケッジがサソリの体を隈なくダガーで叩く。

 硬い殻には無意味な攻撃のように見えるが、これも作戦のうちだ。


 ケッジのダガーがある一点に当たった時、セルビーのゴーグルがキュイィ、と独特の音を出した。

 内蔵されているサーチ機能が反応した時の合図だ。


「わかったよ弱点、97%の確率で、額の黒い模様だ‼」


 グウェンとウィルが、お互いの目を見合わせる。ほんの一瞬のことだったが、意志は通じた。

 弱点に近い方にいるのはウィルだ。


 サソリの動きはもうだいぶ鈍くなっている、とどめの一撃を刺す名誉はウィルがもらう。

 サッと正面に回り、大きく剣を振りかぶる。


「破っっ」


 かけ声と共に額を目掛けて刃を叩き込むと、サソリは断末魔の悲鳴をあげながらも、最後のあがきを見せた。

 針の先端から、毒の雨を撒き散らしたのだ。


 グウェンとケッジは距離を取っていたため上手く避けたが、正面にいたウィルは逃れられない。

 素早いバックステップで直撃は交わしたものの、数滴の毒が腕にかかった。


「ぐっ……」


 鋭い痛みが走り、皮膚が赤黒く変色していく。

 すかさず後方にいたセリーナが杖を振り、人工的なライトとは違う、青白く清らかな光が迸った。


「大地を潤し、病を癒す、水の女神の加護を!」


 凛として涼やかな声による詠唱。青い光がウィルの体を包むと、たちまち痛みも痣も消えてしまう。

 セリーナに治癒してもらうたび、まるで彼女の優しさそのものに触れたような、温かい気分になる。


 サソリが倒れて動かなくなるのを確かめてから、ウィルはセリーナに歩み寄った。


「ありがとうセリーナ、助かったよ」


 セリーナは気恥ずかしそうにニコッと笑う。その後ろで、ケッジが恨めしげにこちらを見ている。


「僕だって頑張ったのになあ」


 ウィルは慌ててケッジに駆け寄ると、その頭を撫でた。立派な毛並みがわしゃわしゃと音を立てる。


「ごめんごめん、ケッジもありがとう」


「ウー、一番に褒められたかったよぅ」


 ぶつぶつと文句を言いながらも気持ちがいいらしく、ケッジは目を細めている。

 ニヤニヤしながら近づいてきたグウェンに、何やら嫌な予感がした。


「まあまあ、ウィルの一番は何でも嬢ちゃん(セリーナ)だからな。二番でも大したもんだぜ」


「べ、別に俺は……」


 耳まで赤くなるウィルを見て、ケッジはキョトンと首を傾げる。


「何で?何でセリーナは一番になれちゃうの?」


「あ、あの、私、役に立つものがないか見てきますね」


 同じように赤くなったセリーナが、居たたまれなくなってサソリのほうへ駆けていってしまう。

 サソリのそばにはセルビーも居て、楽しそうに見分を始めている。

 ウィルがキッと睨みつけると、グウェンは


「悪い悪い、ちょっとからかい過ぎた」


 とまるで反省していない様子で、懐から煙草を取り出して火をつけた。

 ケッジがギャーッと叫んで、ウィルの背中へ隠れてしまう。


「僕の隣で煙草吸わないでよ、オジさん!」


「お、すまん……って、残りがもう五本しかねえな」


 ケッジにもまるで真剣に取り合わず、グウェンは手持ちの煙草を数えて苦々しい表情になった。


「こりゃあ、今日中には無くなるな。魔王城のモンスターって、煙草持ってる奴いねえのかな」


「そんなの聞いたことないよ‼」

 

 煙草を持っているヤニヤニモンスターを想像してしまったケッジは、不快なあまりキャンキャンと吠えた。


「このオジさん最低‼煙魔人‼」


「ケッジもこう言ってるし、せっかくだから禁煙したらどうだ?グウェン」


 ウィルの助言にグウェンは「ん~」と気の乗らない返事をしただけで、早くも煙草は短くなってしまっている。

 ウィルは苦笑いしながら、ケッジに肩をすくめて見せた。


「その辺にいるモンスターのほうが、グウェンより健康かもな」


 ふざけている男性陣のもとへ、セリーナが戻ってきた。その表情はあまり明るいとは言えない。


「足りなくなるのは、煙草だけじゃないみたいですよ。

セルビーと一緒に手持ちのアイテムを確認してみたんですけど、傷薬とか魔力回復キャンディとか、消耗品がだいぶ少なくなってきてます」


 その後を追って、セルビーも駆けて来た。

 大きな箱を両手で抱えており、彼女の走りに合わせて中身がガチャガチャと音を立てる。


「消耗品が減った代わりに、モンスターから集めた素材はいっぱい増えたんだ。

これも荷物になってるから、換金したり武器・防具のカスタムに使いたいんだけど、ここじゃ無理」


 確かに箱の中身は魔物由来の角や牙で溢れていて、外の市場に持っていけば価値のある宝物だが、ここでは無用の長物だ。

 セルビーが乗っているバギーにも収納庫はあるが、それも限りがある。


「ふむ……近いうちに、どうにかして外に出ないと厳しいみたいだな」


 でも、どうやって?

 自分で言ってみてウィルは悩んでしまう。

 セリーナの帰還魔法は風の女神の力を借りるので魔王城では使えないし、セルビーのバギーも運搬用で一人乗りだから脱出には向かない。

 解決につながりそうな手段をひらめいたのはセリーナだった。


「たしかモウグスの村で他の冒険者さん達から集めた情報の中に、10階で魔王城と村の教会を行き来できるアイテムが手に入るって話がありましたわね」


「それ、小石みたいなモンだってのも聞いたぞ」


 早くも二本目の煙草を吸い出してしまったグウェンが口を挟んできた。


「本当にあるなら早いトコ見つけねえと。今なら煙草一本に1000ダリーでも払っちまいそうだ」


 1000ダリーあれば傷薬が50個も買えてしまうが、たぶん本気だろう。ウィルはケッジに視線を向けた。


「ニオイでわからないかな?」


「えーっ、無茶言わないでよぉ。そのアイテムがどんなニオイか知らないと探せないよ」


 と言いつつも、根が真面目なケッジは鼻をひくひく動かして臭いを確かめてくれる。


「だいたい、グウェンの煙草が臭くて、鼻あんまり効かな――――んっ?」


 ケッジの顔つきが変わった。眉間と鼻先にしわを寄せ、険しい表情になっている。


「どうした、何か臭うのか?」


 警戒しながら訊ねる。緊張で空気が張り詰める中、セルビーが不安げにキョロキョロと辺りを見回している。


「今、エンカウントしたらまずいよ。

雑魚ならいいけど強いヤツだったら、手持ちのアイテムじゃギリギリか、足りないかも」


「ううん、これは……大変、ヒトの血の匂いだ!!」


 臭いの正体に気づくと同時に、ケッジは走り出した。


「それもすごい量‼誰かが大怪我してるよ、助けないと‼」


 聞き終わるより先に、ウィルも駆け出す。

 どんなに不利な状況でも、こうなったリーダーが止められないのは全員、承知している。

 後の三人も先陣の二人を追って走った。


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