転生勇者vsモブパーティー①
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どうも妙なことになったな……
今にも泣き出しそうな顔で立ち尽くしているサトル少年を眺めながら、ノブはいま一度、彼についてしっかりと考察してみる。
どこからどう見ても、貧弱で気の優しそうな少年。
アキナやヴェンガルの言う通り、装備が初級冒険者並みのものだったり、基礎的な歴史の知識が欠けていたりと、気になることはあるが、だからといって邪悪なものに見えるかといえば、そうでもない。
もちろん、魔族が善良な人間を演じているという可能性もあるが、そういうケースであればもう少し不審な点が出てもよさそうなものだ。
かつて、人間に化けた魔族と接触したことがあるという冒険者から話を聞いたことがあるが、ほんのちょっとの時間を共有しただけで疑いを持ったという。
まず見た目が現実感に乏しいくらいの美青年な上に、道に落ちていた1ダリー硬貨の持ち主を探そうと言い出したり、噴水で泳いでいるアヒルを見て「お水が冷たいだろうなあ、アヒルさん達かわいそおおお」と泣き出したりしてめちゃくちゃ気持ち悪かったそうだ。
“善”という感覚を持ち合わせていないものだから、人間の行動とズレが出るのだろうが、サトル少年からはそういった意味での不自然さは感じられない。
わりと可愛らしい、あどけない顔立ちではあるが人形みたいな美少年ではないし、ドラゴンに対しても「大勢で攻撃しちゃ可哀想だよおおお」なんて言わずにトドメも刺していた。
自分の運が著しく低いと聞いて、えらくショックを受けている姿は(気持ちはわかるけどね)、普通の少年以外の何でもないように見える。
間違っても「死の影に取り憑かれた闇の世界の住人」とかそういうんじゃないだろう。さてどうしたものか……
勢いで剣を抜いてみたものの、解決策が浮かばず考えあぐねていると、後方にいたテリーが近づいてきた。
「ノブ、先輩」
ノブとヴェンガルにぎりぎり聞こえるくらいに声をひそめて、囁きかけてくる。
「あの子、もしかしたらさあ……転生勇者ってやつじゃないかな?」
テリーのおかげで、目の前に漂っていた靄が晴れたような気持ちになった。
「そうか!あの初期装備も、歴史について無知なのも、それで説明がつくな!」
恐らく正解と思われる答えを得てノブはすっきりしたものの、ヴェンガルはピンと来ていないようで、まだ渋い顔のままだ。
「テンセー勇者?何だそりゃ」
「まあざっくり言うと、努力しても報われない不遇な毎日を送る主人公が、いったん死んで異世界に転生、勇者になったっていう境遇の人のことですね」
「大概、最初からレベルMAXだったり、最強のチート技を持っていたりして、魔王軍相手に無双するのがセオリーかな。あと美少女に惚れられてハーレムとか」
ノブとテリーが交互に説明しても、ヴェンガルの表情は変わらない。それどころか眉間に寄った縦皺が、ますます濃くなってしまう。
「何だそりゃ。最初から強くてモテるって……それ何が面白えんだよ」
「うわああ!!先輩!!それ絶対言ったらダメなやつ!!時代に逆行する老害は引退して隠居しろって総攻撃される!!!」
「諸事情でタイトルは出せないけど面白い作品いっぱいあるから!!いつも更新ありがとうございます!!!!」
真っ青になって慌てふためく二人の様子にちょっと引いて、さすがのヴェンガルもそれ以上の追及はやめた。自分なりに考えをまとめてから、改めて口を開く。
「お前らの言うことが本当なら、デタラメに強くても魔族じゃなくてただのガキってわけか。それじゃ攻撃するわけにゃいかねえな」
危機を脱して、落ち着きを取り戻したノブは頷く。
「そうですね。まずは穏便に話しあいたいところだけど、グズグズしてたらアキナが殴りかかるかミアちゃんが強制転送してしまう。俺が何とかするから、二人とも適当に話を合わせてくれ」
三人は顔を見合わせ、深く頷き合う。まずはノブが剣を下ろし、大声で叫んだ。
「うわーーー、驚いたぁ!!まさかレベル99の、ステータスはすべてMAX値とはなあ!!俺たちじゃとても、かなわなーーい」
突然、わざとらしい調子で語り出したノブに、女子たちが怯む。同じような猿芝居で、テリーもノブを援護する。
「ほんとにすげぇぇーー!!半端ねえーー!!こりゃあ世界の救い主にちがいないから、すぐに騎士団長さまに報告しないとなああーーー!!」
「はあ?騎士団長って」
任命権を持つ王がいないのだから当然、騎士だってエーヤンにはいないだろうが。
そうアキナが突っ込んでくる前に、ノブを筆頭とした男三人はサトルへ走り寄る。
「そういうことで俺たち、彼とちょっと話あるから!」
「ええ?危ないですよ、まだ正体ハッキリしたわけじゃないし」
ミアが止めようとするが、かまわずノブはサトルの左腕を掴んだ。
「大丈夫大丈夫、この方はたぶん世界に光を取り戻すため天から遣わされた光の戦士とかそういう感じのアレだから。
俺たちでちゃんと話つけるから、ちょっとそこで待っててくれ!!」
ノブが女子に説明になってない説明をしている間に、テリーはサトルの右腕を、そしてヴェンガルは両脚を掴んで抱え上げると、連れ去るようにして走りだした。
少し離れた木陰へ運ばれ、地面へ下ろされると、サトルは目を丸くして三人をキョロキョロと眺める。
急に態度を変えてきたものだから困惑しているのだろうが、数秒経つとフッと笑った。
たぶん、やっと僕の価値に気づいたなモブどもめ、などと思っているのだろう。ちょっと可哀想だが、意を決してノブは少年へ告げる。
「間違ってたら申し訳ないけど、サトルくん、君は……転生勇者、なのかな?」
「ええ!?」
思わず口から出た鋭い叫びが、驚愕に見開かれたその目が、答えも同然だった。
「な、なぜそれを……」
ダメ押しするかのような台詞を吐くサトルに、ノブは神妙な面持ちで言葉を続ける。
「転生勇者については、情報を得ているから。それが何者なのか、どんな宿命を背負っているのか……だいたいのことは教えてくれるんだ、これが」
ノブとテリーが懐からスミャートホンを取り出すと、サトルは眼球が飛び出すんじゃないかと心配になるくらい目を剥いて驚いた。
「スミャホあるんかい!!!」
たいへんキレのいい突っ込みだ、将来有望な若者である。
「あるんだよ、スミャホが……なので『アレ』も『コレ』も読んでる、大好き」
諸事情でタイトルははっきり書けないが、ユーザーの皆さまなら一度は目を通したことがあるであろう名作のタイトルである。
「『アレ』も『コレ』も……!?」
ノブが挙げた題名を繰り返すサトルは、ショックのあまり小刻みに震えている。
「それじゃあ、もちろん『ソレ』も『ドレ』も……」
「読んでる、アニメも帯録りしてる」
「アニメもあるんですね!?……ああ、でもそうか……スミャホがあるんだもんなあ」
頭を抱えてしまうサトルだが、ハッと何かに気づいて顔を上げた。
「ひょっとしてこれ、VRですか!?さんざん引っ張ってメタ落ち!!?」
「ひいい~~~ちがう、ちがう!!ちゃんと魔王いるし、最後まで冒険するってーーーー!!!」
「おおおーーい、ノブぅ!!若干ネタばれしてるぞ!!」
慌ててテリーが指摘してくれたおかげで、ノブは我に返った。
何ということだろう、うっかりオチの可能性を一つ潰してしまった。
自爆しておいて何だが、これはなかなか久しぶりに手強い敵だ。早いところ決着をつけないと、色々な意味でこっちの身が危ない。
「すまない、ちょっと取り乱した……今のは忘れてもらえるかな」
顔を伏せ、ゲフンゲフンとわざとらしい咳払いをするノブに、サトルは一応ハイと答えるが、無理だ。メタ落ちではないということは心に刻まれてしまった。
気を取り直して、ノブは目線をサトルに戻す。
「そういう訳で、衣服や建造物、移動手段は中世ヨーロッパ風なのに、スミャホもゲームもパチンコもあるような、ゆる~~い世界観でやってるんで、通常の転生勇者さんのような活躍は出来るかどうかわからない感じかな」
「あ、はい。この30分で思い知ってます」
まさしく悪夢のような時間を過ごしてしまったサトルだが、ざっと説明を受けたことで少し希望は持てた。