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崖っぷち受験生サトル、どうやら転生したらしい⑥

「なあ、要らないって言うなら、貰っておかないか?」


 ドングリ帽子のテリーが、ドラゴンの尻尾に触れながら言った。


「このまま放置しておいても、三日も経てば風化して塵になるだけで勿体ないし、ドラゴンにも悪いよ。

 順調に戦闘を続けていれば俺達が倒してたんだしさ、もうトドメのことは目を瞑って、有り難く使わせてもらおうぜ」


 どうやらこの世界では、魔物の死体は放っておけば腐らず風化していくらしい。

 ならばテリーの言う通り、早く加工したほうが得策というものだが、ノブはまだ渋い顔をしている。


「うーーん、でもなあ……」


「……あのお~~」


 控えめだが可愛らしい声が、険悪な雰囲気を打ち破った。テリーの近くに居た白魔道士の少女が、口を開いたのだ。


「思いついちゃったんですけど、教会に寄付するのはどうでしょう?

 そうすれば、防衛予算の少ない村の自警団なんかに武器や防具として使ってもらえると思うんです」


「ああ、なるほど。それはいいかも」


 これはノブだけでなく、誰もが認める名案だった。渋い顔をしていた他のメンバーも、「まあ寄付なら」と頷いている。

 仲間たちの反応を見て、ミアは前へ進み出るとドラゴンに向かって杖をかざした。


「それでは、このドラゴンが、ゆるぎない信仰と恒久に続く平和への、尊いいしずえとならんことを願います……それっ」


 ミアが杖を振ると、たちまちドラゴンの巨体が縮み出し、さっき見たリスくらいの大きさになってしまった。これは凄い。

 手頃なサイズになったドラゴンをテリーが物入れの袋に仕舞い込んで、この件は一応、解決となった訳だが、ミアは何故かこちらへ向かってくる。

 サトルと向かい合う位置に立つと、ノブがしたように、にこりと笑いかけてくれた。


「サトルさん、でしたね。さっきの一撃にはびっくりしちゃいました。私とそんなに年も変わらなそうなのに、お強いんですね!」


 同年代の女子から、こんなに優しく話しかけられるのは初めてだ。サトルは赤面して、目を伏せてしまう。


「いや……まあ、はい」


 こういう時は誉め返したほうがいいのだろうが、またズレたことを言ってしまったら、せっかく良くなりかけている空気が壊れかねない。

 何を話したらいいかよく考え、魔法のことを話題にしようと思いつく。


「さっきドラゴンにかけたのって、縮小魔法ですよね?初めて見たんで、僕こそ驚きました。魔法、お上手なんですね」


 変な言い方だったかな、と思ったが、


「わあ、ありがとうございます!がんばって修業してきたので、誉めてもらえると嬉しいです」


 いい笑顔だ、ホッとする。ひょっとして僕のハーレム女子1号ってこの子かな?見た目は向こうのアキナさんのほうが好みだけど、ぜんぜんウエルカムだよ。

 やっぱり最初に付き合うなら、こういう優しい女の子がいいよね。


 色とりどりの花が咲き乱れる、どこかのお花畑で二人、ピクニックしている未来図など妄想しているサトルに、ミアは話を続ける。


「実は私、こう見えてもレベル81まで成長してて。他にも日常生活で役に立つ魔法、たくさん使えるんです」


「へえ」


「特に転送魔法は最上級のやつを使えるので、今までに訪れた街や村の教会、ぜんぶに瞬間移動できちゃいます」


 あれ?何か嫌な予感がするぞ。


「という訳で、メイウォーク市でもテパジメの村でも、ご希望があればパパッと転送してあげますよ。どうですか?」


 うわーーー!!厄介払いだ!!この子、僕のこと厄介払いしようとしてるよ!?


「いや……大丈夫です、道すがら色々聞きたいことあるし……歩きで送ってほしいです」


 ショックを受けながら、やっとの思いで答えたサトルに、ミアは


「わかりました。じゃあ気が変わったら、いつでも言ってくださいね」


 笑顔でそう釘を刺して、背を向けた。そのまま小走りでアキナのもとへ駆けていくと、大袈裟に肩を竦めて、首を横に振って見せる。アキナはお疲れさまと声をかけて、ミアの頭にぽんと手を乗せた。


「わかってると思うけど、強制転送だけはやっちゃだめだからね?あとで訴訟沙汰になりかねないから」


「はあぁ~~い。あーあ、空気読んでほしいなぁ」


「うん、まあ気持ちはわかるわ」


 くっ……聞きたくない会話が聞こえてくる……これは転生したから耳までよくなったに違いない。でなければ、彼女達はわざと聞こえる音量で話しているとか……女子怖い!!


「さ、行こうか。明るいうちに移動しないとね」


 ノブに促され、サトルは歩き出した。

 この状態では街に行ってもあまり活躍できる気がしない。最強勇者ってうまく行かないもんだなあ。


「そのメイウォーク市って、お城はあるんですか?」


 ごく一般的な質問をしたつもりだったが、ノブは不思議そうな顔をした。


「お城?復元城とか城跡とか、そういうもののことかな?」


「? いや、そうじゃなくて、ちゃんと王様が居て機能してるお城のことなんですけど」


「何だお前、ひょっとしてエーヤンの出身じゃねえのか?よその大陸から渡ってきたのか」


 ノブの代わりに答えたのは、剣士ヴェンガルだ。


「エーヤンには国王とか大公とか、絶対君主はいねえぞ」


「ええ!?そうなんですか!」


 これは意外だった。てっきり、世界観からして大小さまざまな国があって、それぞれ個性豊かな王族が治めていると思ったのに。

 ……ところで、エーヤンってこの国の名前なのかな。なんかカッコ悪~~。


 サトルが内心、大陸の名前についてディスっているなどと思いもせず、ヴェンガルは更に説明を続ける。


「地方豪族が“貴族”を名乗っちゃいるがな、土地の所有者ってだけで人民に対する支配権は持ってねえ。

 代わりに地方政治を任されてるのは住民から選出された有識者による議会だ」


「200年前までは、いたんだけどね」


 ノブが悲しげな顔で、補足してくる。


「でも魔王城が出現してからは、王族が魔族に操られたり脅されたりして、国民に圧制を強いたり虐殺したり、なんてことが後を絶たなくて。

 それを防ごうと『最後の王ジークアルド』って若い王様が、王家に連なる一族を皆殺しにした上で自らも命を絶った時、“我より後に何人なんぴとたりとも王冠を被ることならず”って遺言したんだ。

 エーヤンの人々はその最後の王の言葉を、今も守ってるってわけさ」


「ははあ……」


 なかなか面白いが、陰惨な話でもある。負の歴史を抱えているのは、RPG的世界でも一緒か。


「ま、そういうわけで、我らがエーヤン大陸で『王』を名乗るのは、200年前から魔王城の主のみっていうことだ」


 長々と続いた歴史の講釈を締めくくったヴェンガルは、やけに明るい口ぶりだ。


「ところで、いま思い出したんだけどよ。エーヤンの外の大陸から来る連中ってのは、渡航する前には必ず、エーヤンについて最低限の知識があるかどうか試験を受けるんだよな。

 それに落ちたら渡航の資格なしってことで、エーヤン行きの船には乗れねえんだ。もちろん、試験には歴史の項目もある」


 ここまで来て試験の話なんか聞きたくもないサトルだが、ノブのほうは興味津々といった眼差しをヴェンガルに向けている。


「先輩、詳しいですね」


「まあな。もう随分昔のことになるが、冒険で食い詰めた時期があってよ。その時にエーヤンから出て、傭兵なんぞやってたんだが―――その話はまた今度だ。

 俺が言いたいのは、こいつはエーヤンの人間でもなけりゃ、外の大陸から来た渡航者でもねえってことだ」


 言い終わるや否や、ひゅっと空気を斬る音がした。


 目の前に鋭い剣の切っ先を突きつけられ、サトルは一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 電光石火の早業でヴェンガルが抜刀したのだと理解したとほぼ同時に、老剣士は叫んだ。


「ノブ、離れろ!!こいつ、人間に化けた魔族かもしれねえ!!」


 魔族、という一言をきっかけに、空気が変わった。ノブはさっと身を翻してヴェンガルの横へ移動すると、剣を抜いて構える。少し距離を置いた所にいる三人も、それぞれ臨戦態勢をとっている。


「魔族か……確かに変よね、あの軽装備でここまで来れるわけないもの」


 ミアを守るようにして拳を構えながら、サトルを睨みつけるアキナの瞳は、疑念と警戒の厳しい光で燃え盛っている。


「ち、ちがう!!僕はそんなんじゃ……」


 叫びながらサトルは、ハッと恐ろしいことに気がついた。


 ひょっとしたらヴェンガルの見解は、的を射ているのではないだろうか?

 転生した僕は、勇者ではなく魔族……この体の内側でみなぎっている強い力は、邪悪な闇の加護によるものであっても、不思議はない。


「魔族……にしても、変では?」


 サトルに剣を向けながらノブが言った。このひ弱そうな少年が魔族だなどと、いくら先輩剣士の言うことであっても半信半疑らしい。


「人間に化けられるくらい能力の高い魔族が、初歩的な歴史の知識を欠いているなんて、そんなことあるかな」


 その問いに、ヴェンガルはいっそう表情を厳しくしただけだ。


「俺たちの物差しで魔族は測れねえぞ。何か魂胆があってとぼけてるだけかもしれねえ……確かめてみりゃハッキリするさ。テリー、『あばく』を頼む!!」


「了解!!」


 指示を受けて、盗賊の目つきが変わる。スキルが発動したのだろう、両の瞳がギラリと不穏に輝いた。


「な……んだ、これ」


 ひとしきりサトルを調べたテリーの口から出たのは、絞り出すような声だった。


「どうしたテリー!?何が見えたんだ!?」


 問うノブの声も緊張している。

 これはもう間違いなく、シリアス展開だ。僕は最強の勇者じゃなくて、最凶の魔族だったんだ。

 サトルの予想を裏付けるように、テリーは囁くような声音で言葉を続ける。


「あの年齢で、レベルはMAX……それにしてもありえないステータス値だ。

 攻撃力、潜在魔力、防御……すべて99なんて、こんなの聞いたことがない……」


 そうだろう、最強の転生魔族……なんだから。

 勇者になれたと思ったのに、僕は闇の住人だった。この世界にとっては災厄でしかない存在……それが、僕。


 こんなの、こんなの悲しすぎるよ。自分で望んだわけじゃないのに、生きているだけで世界を脅威にさらすなんて。


「……あれ?なんだ、なんか……えっ?」


 次は何を言うのかな、テリーさん?


『凄まじい暗黒のオーラが背後に見える』とか?それとも『忌まわしい死の影に取り憑かれている』かな?

 さあ、思い切って言ってみて!!どんな恐ろしい運命でも、僕はきっと乗り越えてみせるから……!


「運だけ異様に低いなあ?」


 ……あ、予想外のが来ました……


「他のステータス値はぜんぶ99なのに、運は……うおっ、一桁!?

 そんなことある!?こわ!!」


 やめろ!!せっかく残酷な運命の歯車によって世界の敵になってしまった悲しみに暮れていたのに、台無しにするな!!


「へえ~~、そんなに低いのか?」


 おいこらリーダー、そこに食いつくな!!


「ああ。うちのパーティーで一番、運の数値が低いのはノブ、お前だけど、それでもギリギリ二桁いってるからな。あの子はもう一桁とか……生きてるのが不思議なレベル」


「え!?一番運ないの、俺!?リーダーなのに!!?」


 ノブもショックを受けているようだが、二桁あるならいいだろうが。一桁だぞ僕は!!


 ああ―――なんか全然楽しくない。転生したのに楽しくない、何この状況。

 こんなの―――こんなの――――ぜんぜん思ってたのと違う!!!!



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