崖っぷち受験生サトル、どうやら転生したらしい⑤
「まあまあまあ!!二人とも落ち着いて!」
まだちょっと声に震えは残っているものの、ごく穏やかな口調だった。メンバー二人が怒り出したことで、逆に冷静になったらしい。
女性とコアラ剣士は足を止めたものの、その表情から怒りは消えていない。
「どうして止めるのよ?先に手を出してきたのはあっちじゃない!」
「そうだ、ちゃんとカタをつけないと気が済まねえ!」
「気持ちはわかるけどさ、喧嘩腰はいけないよ。相手は一人だし、見たところ大人しそうな少年じゃないか。多勢に無勢は良くないって」
絶妙に大人のプライドをくすぐる言い分だ。これには殺気立っていた二人も黙った。
さすがリーダー、人を纏める資質がある。
感心しつつ、コアラはともかくキレーなお姉さんにめいっぱい怒られるのはちょっと興味があったかも、などと不埒なことを考えていると、ドングリ帽子の男性と白いローブの少女もリーダーに加勢する。
「ノブの言う通り、ここは俺たちが大人になろうぜ。争ったって何にもならないし」
「こういう時のために、冒険者の鉄則がありますよね?戦闘でモンスターを仕留めた際、その所有権は―――?」
この二人は穏健派らしい。赤毛美女とコアラ剣士はちょっと間を置き、声を揃えて答えた。
「とどめの一撃を食らわせた者が得る」
不満たっぷりの口ぶりだったが、リーダーは満足げに大きく頷いた。
「その通り。わかってくれて嬉しいよ、二人とも」
感謝を込め二人の肩をぽんぽんと叩いて、リーダーは一歩を踏み出す。
「それじゃ、俺が話してくるから。みんなここで待っててくれ」
まだ納得のいかない様子の二人を残して、リーダーは小走りにこちらへ近づいてきた。
ちょうどいい距離を置いてサトルの前に立つと、ニコッと笑いかけてくれる。
優しげな、安心できる笑顔だ。
「どうも初めまして、ノブといいます。向こうにいるのは仲間なんですが、赤毛がアキナ、剣士のコアラさんがヴェンガル先輩、ドングリ帽子がテリーで、白魔道士の女の子がミアちゃんです」
「あ…ご丁寧にどうも。サトルといいます」
「サトルくん、堅実でいい名前だね。それにしても強いですね~~、一撃でドラゴンを倒すなんて。ビックリしたなあ」
なんという白々しい棒読み……
会話聞こえてたから。そんなに大したことじゃないんでしょ、ダメージ3600って!!
「あの~~……でもですねえ、ちょっとタイミングって言うのかな?問題がありまして」
ノブと名乗った青年の顔から、ふと笑みが消えた。口調も親しみやすいものから、少し固い雰囲気へ変わる。
この空気はあれだ……いつも優しい地理とか音楽の先生なんかから、静かに穏やかにダメ出しされる時のやつだ……
「他パーティーが戦闘してHP削ったモンスターに、横から攻撃してトドメを刺し所有権を得る行為は“トドメ泥棒”と呼ばれ、非常に問題のあることでして―――
もちろん、危機的状況だったり助けを求められた場合はその限りではないですし、今回も僕らがピンチに見えたから攻撃してくれたとは思うので、その気持ちはありがたいんですけど、今後はもう少しだけ気をつけて観察したほうがいいかもしれないですね。
血の気の多いパーティーに当たっちゃうと、大変なことになりかねないので」
ド正論だ……
こんな理路整然とした注意、言い返せる言葉などあろうはずがない。
聞けば聞くほど正論じゃん、そりゃ怒られても仕方ないよって、いま納得しちゃってるもん。
ってか、この状況ってすごくない?
転生してドラゴン倒したら正論で説教されてるんだけど。
ひょっとして僕の物語のタイトルって『転生してドラゴン倒したら、ガチの説教食らったんだが?』とかそういう感じ?斬新だけど、そんなん需要ある??
予想していなかった展開に混乱しながらも、ひとまず行儀良く頭を下げて「すみませんでした」と謝ると、ノブ青年に笑顔が戻った。
「いや、いいんですよ。今日は違ったけど、ピンチの時だったら大いに助かってましたから」
どうやら本当に、怒ってはいないようだ。いい人で良かった。
「いろいろ難しいこともあるけど、お互い冒険がんばりましょうね。それじゃっ」
「えええええ!!?ちょっと待って下さい!!」
軽やかに背を向けたノブに驚いて、思わず大きな声が出てしまった。
「はい?まだ何か?」
ノブは笑顔を崩さないが、目は笑っていないし声は少しイラついた感じに尖っている。さっさと切り上げて早く帰りたいという気持ちが透けて見えるようだ。
「あの!!一緒に連れてってもらえないんですかね!?」
まずはこのパーティーに同行して、近くの街へ行って国王直属の軍隊なり魔王討伐隊なんかに紹介してもらうのがベタなストーリーだと思ったのだが、
「はい?」
本当に訳がわからないようで、ノブは首を傾げるだけだ。
「いや、だからあの……僕、この通り一人ですから。パーティー組まないと冒険できないっていうか」
「あー、なるほど」
しどろもどろになりながらやっと説明すると、ノブは頷いたが、続けられた言葉は決してサトルの欲しい答えではなかった。
「パーティーを組みたいなら、この近くにあるメイウォーク市へ行けばメンバー募集・求人の情報たくさんあるから、きっと上手く行きますよ。
それか、ちょっと遠いけどテパジメの村なんかどうだろう?別名を『旅の始まりの地』って言うくらいだから、冒険初心者さん達が大勢集まってるんで、君くらい強ければ引く手数多ですよ。
みんな序盤はレベル上げに苦労するから、助けになってくれる強い人を探して常にアンテナ張ってるんでね。オススメです」
これは本当に、僕の知ってる転生ものではないぞ―――?
もはや焦りも混乱も通り越して、逆に冷静になってきたサトルは考える。
サトルが求めるのは、最強勇者がチート無双で俺tueeeっていう、王道のストーリーだ。
軌道修正するためには、これ以上この空気読めないパーティーと関わっていても仕方ない。
ひとまず人口の多い所に移動するのが賢明だろう。大きな街へ行けばきっと、サトルの実力と価値をわかってくれる人がいるはずだ。
それを通して王様とか将軍に認めてもらえればこっちのもの。
大丈夫、転生したんだもん。世界を救う勇者は僕だ。
大出世した僕を見て、後で吠え面かくなよ、モブどもが!!
「すみません、実は僕、帰り道がよくわからなくて―――」
情けないけど真実だ。でもこれで、“横からドラゴンを奪った生意気な奴”から“可哀想な迷子”へシフトチェンジできる。ますます情けないけど、これ以上嫌われてしまうよりは同情されたほうがいいだろう。
押してダメなら引いてみろ、という作戦だが、さっそく効果はあったようで、ノブの表情からいらついた様子は消えた。ちょっと真剣な目つきをして、サトルの話を聞いてくれる。
「その、メイウォーク市っていうところまで送ってもらえませんか?ドラゴンは差し上げますので」
なるべく下手に出たつもりだったが、ここでも少々、感覚のズレが出た。ノブは難しい顔をして、腕を組む。
「送って行くのは構わないけど、ドラゴンは……。君が倒したものだからね、貰えないですよ」
「え?でも素材とか欲しかったんじゃ?」
コアラ剣士ヴェンガルが、キッとサトルを睨む。
「お情けのつもりか?小僧。俺達は冒険者だ、物乞いじゃねえ」
なるほど、プライドある冒険者としては、他人が倒したモンスターを譲ってもらうことは恥になるらしい。
考えてみれば当然だ。サトルは慌てて釈明する。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです。ただこんな大きいドラゴン、どうしたらいいかわからなくて」
素直な気持ちを語ったサトルに、赤毛美女アキナが眉をひそめる。
「よくわかんない奴ねえ。何がしたいの、アンタ。」
これにサトルは答えられなかった。
自分、何がしたいんだろう。
もちろん、チヤホヤされたい!!という確固たる目的はある。
でも、それって、具体的にはどうしたらいいんだろう……