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崖っぷち受験生サトル、どうやら転生したらしい④

 ***

 10分ほど歩いただろうか。木立ちの向こうに動き回る人影と、何か巨大なものが蠢くのが見えた。

 今までに聞いたことのない獰猛な呻き声の合間に、緊迫した男女のかけ声と、金属が空を斬る音が鼓膜に響く。

 初めて耳にする、本物の戦闘の音だ。


 逸る気持ちを抑えながら、サトルは慎重に音源のほうへ近づく。

 戦闘の現場まであと数メートルのところまで来ると、幹の太い一本の木を選んで身を隠し、そっと様子を窺ってみる。


 まず目に飛び込んで来たのは、縦横無尽に動き回る五人の男女だ。

 いかにもRPG風の装束に、武器を手にした若い男性と女性が二人ずつと、コアラがいるのには驚いた。獣人というやつだろう。

 マントを翻して剣を振り回すコアラだけでも現実離れしているのに、五人が立ち向かっている相手を確かめ、更に圧倒される。


 長く伸びた首と尻尾、それを支えるどっしりとした胴体、手足には鎌のような鉤爪。

 鋭い牙の並んだ口からは、不気味な唸り声とキラキラ光る白い煙がひっきりなしに吐き出されている。


 それは全身を青く輝く鱗に覆われた、巨大なドラゴンだった。

 戦いを挑んでくる冒険者たちを鋭い金色の眼で睨みつけながら、象ほどもある巨体を揺り動かし、強靭な尻尾と爪で凄まじい威力の攻撃を繰り出す。


 だが冒険者たちも負けていない。

 ドラゴンの攻撃を素早く避けながら、男性二人とコアラ型獣人は剣や短刀を巧みに使い、赤毛の女性はナックルをつけた拳をふるって、ドラゴンへ反撃する。


 怯まない冒険者たちに体力を削られ、危機感を覚えたのだろう。

 ドラゴンが動きを止め、首を上げた。天を仰ぐその口から、キチキチと金属が擦れ合うような、独特の音が鳴り始める。


「みんな、離れろ!『氷の息吹ブレス』がくるぞ!!」


 長剣をふるっていた青年が、厳しい顔つきで仲間たちへ警告した。

 それを聞いたメンバーたちは、言われた通りザッと後ろに退く。どうやら彼がこのパーティーのリーダーらしい。


 前衛のメンバーがドラゴンから距離を取り、防御の構えをとると、後方で見守っていた白いローブの少女が杖を振り上げた。

 杖の持ち手に嵌まっている翡翠色の球体から、仄白い光が迸り、五人を包む。少女がひそひそと呪文を唱えると、光は小さなドーム状の結界へと形を変えた。


 ―――すごい、本当にRPGの世界だ―――


 今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑え、サトルは静かにチャンスを待つ。

 どうせなら登場シーンは劇的なものにしたいから。


 ドラゴンの口がぱっくりと大きく開き、咽喉の奥から真っ青な光が漏れだす。

 少女の杖から出た優しい色をした光とはまったく違う、見ているだけで目が痛くなるような凶悪な冷光だ。ドラゴンからはかなりの距離があるというのに、刺すような冷気を感じられる。


 このまま吐き出されれば、かなり強烈な攻撃になるのは間違いない。

 あの冒険者たちもそれなりに強いようだが、きっと無事では済まないだろう。


 転生勇者の出番、かな?やれやれ……


 十分に力を溜めたドラゴンが顔の向きを変え、冒険者たちを狙って冷気を吐き出そうとした瞬間、サトルは腕を突き出した。頭に浮かんでいる呪文を、思いっきり叫ぶ。


破滅への(デストロイ・)衝撃(インパクト)!!」


 広げた掌から、目に見えない衝撃波が放たれた。

 反動からか、サトルの手はピリッとした痛みに襲われたが、ドラゴンのほうはそれどころではなかった。

 サトルが放った衝撃波をもろに頭に食らい、溜めていた冷気はおろか鳴き声ひとつあげることもできぬまま、ゆっくりと倒れる。


 小山のような巨体が地面にぶつかると、凄まじい地響きが辺りに響き渡った。

 ドラゴンが倒れ伏し、軽い地震にも匹敵する揺れが治まった後も、冒険者たちは目の前で起こったことが信じられないらしく、呆然と立ち尽くしている。


 初対面は苦手だが、こちらから声をかけたほうがいいか迷っていると、リーダーの青年が動いた。

 慎重な足取りでドラゴンに近づくと、もう息をしていないのを確かめ、青ざめた顔で呟く。


「何てことだ……」


 まさしく、サトルの欲しかった言葉に他ならない。驚愕と緊張の入り混じったリアクションも完璧だ。

 目を見開いてドラゴンをまじまじと眺めながら、青年はそばにいるドングリ帽子の男性に話しかける。


「俺たちが最後に攻撃してから、残りHPはどれくらいだったんだ?」


 男性も困惑を隠しきれない様子で、顎をさすりながら答えた。


「たぶん3600弱……くらいかな」


「3600か……」


 繰り返したリーダーの表情は、固いままだ。

 この狼狽ぶりからいくと、一撃で3600ダメージ、きっとすごい数値なんだろう。


 次はどうなるかな?

『初期装備でこんなの有り得ない、実は魔族なんじゃないか!?』かな、

 それとも『信じられないけど、ひょっとして君が、伝説の救世主メシア……!!』とか?


 最初から持ち上げられるのも面白くないから、まずは疑ってほしいかな。

 無理難題ふっかけて僕の力を試したはいいけど、全部あっさりクリアして、後で平謝りっていう展開、憧れる。


 女の子たちも、僕に惚れちゃってもいいんだよ?

 どうせなら銀髪の超絶美少女とか、ゴーグルの似合うメカ女子とかが良かったけど、まあ二人とも可愛いしハーレムの初期メンバーとしては合格かな。


 世界の命運を託され、モテまくってフーヤレヤレしている自分を妄想しつつ、ワクワクしながら待っているサトルの耳に届いたのは、リーダー青年のこんな言葉だった。


「……あと1ターンで倒せたのにぃ…………」


 ……ん?何それ?


 いやいやそこは、『一撃で3600のダメージなんて!!こんなこと有り得ない!!』とかでしょ。

 その台詞だと、別に僕が手を貸さなくても倒せた、みたいなニュアンスになってますけど……?


 サトルの疑問など知る由もなく、リーダー青年の静かな嘆きは止まらない。


「3600……あと一回、『烈風斬』当てれば倒せた……」


 ドラゴンの前で膝を折り、声を震わせるリーダーの周りへ、警戒を解いた仲間たちがぞろぞろと集まって行く。みんな、横槍を入れられて白けた、という感じの表情だ。

 一番近くにいたドングリ帽子の男性がまず、腰を落としてリーダーに声をかけた。


「そんなに落ち込むなよ、ノブ。ほら『凍てつく背びれ』は盗めたから。

 これで、お前が欲しがってた『霧氷刃』を造れるぞ」


 慰める男性の手の中で、菱形状の薄い板のような物が青く光っている。それがドラゴンの背びれなんだろうが、リーダーは膝をついたまま立ち上がらない。


 なおも色々と声をかけてリーダーを元気づけようとするドングリ帽子の男性の横で、赤毛の女性とコアラ剣士も悔しそうにドラゴンを見つめている。


「3600か……あたしの『百裂拳』でもキメられたわね」


「俺の『乱れ斬り』でもイケたな」


 女性は綺麗めの顔に合うハキハキとしてよく通る声だが、コアラのほうの声の低さと重い響きには驚いた。外見からはよくわからないが、けっこう年をとっているのかもしれない。

 そういえばこっちの人たちって、どうやって獣人の年齢を見分けているんだろう?


 取り留めもないことを考えていると、二人はサトルに顔を向けてキッと睨んできた。


「ちょっとアンタ!!どういうつもり!?」


他人ヒトの獲物を横取りするたぁ、いい度胸してんじゃねえか」


 怒りを隠そうともせず凄みながら、二人はこちらに向かってくる。女性とコアラの組み合わせが、こんなに恐ろしいことってあるだろうか。


 この状況はかつて、駅の地下で別の高校の不良たちに絡まれカツアゲされた時のことを思い出させる。

 あの時は全財産2800円を巻き上げられてしまったが、今回は助けが入った。

 座り込んでいたリーダーの青年が立ち上がって素早く二人に駆け寄り、肩を掴んで止めたのだ。


 

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