親しき仲に秘密あり
「あたしもたまにはモンスターじゃなくて悪党を捕まえてみたかったなあ」
市警団本部の建物を見上げながら、アキナが羨ましそうに呟いた。
「今度やる時は声かけてよね。ねえ、調書とか取ったんでしょ?
取り調べ室入った?カツ丼出してくれた?」
ミアとはまた別の理由で瞳が輝いているが、これも否定しなくてはならない。
「いや、俺は証人だから調書っていうか証言記録とられただけ。
だから取調室じゃなくて小さい会議室みたいなところで話聞かれたし、昼飯も終わってたからカツ丼も無しだったわ……
あ、でも三時にお茶は出してくれたぞ。あったかいダージリンとオーガニックのマフィン」
「お、OLさんの優雅なティータイムみたいね……
まあそんなもんか、現実なんて」
詰まらなそうなアキナに、ミアがくすっと笑う。
「刑事ドラマ観すぎですよアキナさん」
「わかってるけどさあ、夢ってもんがあるじゃん?」
軽妙で朗らか、でもどこか間の抜けた、いつもの会話を重ねているうちに、落ち込んでいたノブの気分は緩やかに浮上していく。
「なあ、手柄を立てたことだし、表彰とかされちゃうのか?
金一封もらったりとか?」
女子二人のやり取りに笑っていると、テリーがこんなことを訊ねてきた。
「いや、通報しただけだから、そういうのは無いな。
後で感謝状は宿に郵送してくれるって言ってたけど」
「ふうん、ケチ臭ぇな」
呆れたような口調で言った後、テリーはなぜかミアを振り返り、ニッと笑う。
「アレ買っておいて正解だったな」
「はい!!」
ミアはニコニコしながら頷くと、ノブの前へ歩み出た。
さっきから大事そうに抱えていた包みを、そっと差し出す。
「これ、私たちからの功労賞です。どうぞ開けてみて、ノブさん!」
受け取ってみると、ずっしり重い。
いったい何が入っているのか。期待しながら包みを広げる。
出て来たのは、茶色い革表紙の豪華な本だった。
金色の美しい装飾文字で綴られた「魔王城内 魔族・魔物図鑑 最新版」のタイトルを目にして、ノブの体に歓喜の震えが走る。
「こ、これ……」
それ以上は言葉にならないノブを見て、アキナが微笑む。
してやったり、という顔だ。
「あんた、本屋に行くたびにこれ見てたでしょ」
アキナの言う通り、この本は咽喉から手が出るほど欲しい物の一つだった。
だが、一冊で1500ダリーもするので買えずにいたのだ。それだけの金があったら、消耗品に回したい。
ノブの考えていることに気づいたらしく、金額をどうこう言い出す前にテリーが先回りしてフォローする。
「今日のクエストの報酬、2000ダリーで買ったから気にするなよ。
ノブ、放っておくと装備や備品にばっかり金使って、自分の趣味の物買わないからさ」
「で、でもみんながクエストで稼いだ金だろ!?申し訳ないよ……」
「その通り。俺たちが稼いだ金だから、使い道も俺たちで決めさせてもらった。
文句は言わせないぜ、リーダー」
少し照れ臭いのか、茶化すような言い方をするテリーの横で、ミアが悪戯っぽくペロッと舌を出す。
「そう、文句は言わせません。おつりで回転寿司に行っちゃいましたよーだ」
堪え切れず、ヴェンガルが小さく吹き出した。からからと笑いながら、ノブに顔を向ける。
「買っちまったもんは仕方ねえ、こいつらの勝ちだな。
ありがたく貰っておけよ、ノブ」
「先輩の言う通り、よく読んで活用してよね、リーダー」
アキナが呼び捨てではなく、リーダーと呼ぶ時は、何か意味を含んでいる時がある。
今日はたぶん、「遠慮しないでもらっておけ」ということだろう。
それぞれの真心をしっかりと受け止めて、ノブは図鑑をひしと抱きしめる。
「ありがとう、みんな……お、俺、みんなのリーダーになれて本当に良かったよ!!
これからも……これからも、サボらずに頑張る!!」
感極まって思わず声が大きくなってしまうノブに、三人は呆れたような顔をする。
「なに言ってんの、今だって頑張り過ぎなくらいでしょ」
「俺もそう思う。たまには休めよな」
「また面白い漫画貸しましょうか?泣いても知りませんよ~~」
「そ……そっか」
ちょっと冷静になってみたら恥ずかしくなったものか、ノブが赤くなると、三人は笑いだした。
それにつられて、ノブも笑う。四つの笑い声が、夕暮れの街に心地良く響く。
……そうだ、それでいい。お前らの信頼は本物だ……
若いメンバーたちの微笑ましい様子を見守りながら、自身も温かい気持ちに胸を満たされているヴェンガルは知っている。
アキナ達が受けたクエスト、「近場の森で青いキノコを十個以上集める」の報酬は確かに2000ダリーだったが、途中でエンカウントしたレアモンスター“富豪天竺鼠”を首尾よく倒したおかげで、クエスト達成後には獲得金が8000ダリーに増えていたことを。
強引に予定を変え単独行動しているノブに対して、ちょっと拗ねていた三人は、相談の結果たまにはパーッと使ってしまおうということで意見が一致した。
どうせ泡銭だから罪悪感も少ないし。
ということで昼は回転寿司ではなく焼き肉屋へ行って、一人1000ダリーの高級コースで飲み食いし、午後はカラオケ三昧。
それでもまだおつりが3500ダリーも残ったので、ノブにはこれを渡そうと思って宿に戻ってみたら、まさかのノブとヴェンガルが悪人を捕え大手柄という報せ。
三人とも顔面蒼白。
もちろん本当のことを話したところでノブなら「今日一日オフにするって言ったんだから気にするな」と許してくれるだろう。
しかし、三人ともリーダーに負けず劣らずの小心者。
どうしてもノブ抜きで遊んでましたとは言えない、万が一にも傷つけてしまったら申し訳なさでこっちが死ぬ。
ならばいっそ黙っておこうということで、またも意見が一致。嘘をつくのではなく真実をちょっと隠す感じ、一日かけてクエストしてました、と誤魔化す方向でいこうと決めた。
高価な本を買ってプレゼントしたのは、少しでも罪悪感を軽くするためだ。
……誰にだって秘密はある、生きていれば嘘もつく。だが、それでいいんだ……
デイビットのパーティーと違って、アキナ達三人はノブを心から敬い慕っているからこそ、自分を許せず後ろ暗い真実を隠そうとしている。
それを裏切りと言うにはあまりに残酷。だからヴェンガルは知っていても黙っている。
だいたい、ノブだって結局は「死亡フラグ回避しなきゃ病」が悪化して騒ぎに巻き込まれた訳だし。
結果オーライだったから良かったものの、もっと取り返しのつかない展開になって怪我でもしていたら目も当てられない。
ということもノブは自覚しているだろうから、やっぱり黙っておく。
ちなみに、なぜノブはともかくアキナ達の動向までヴェンガルが細かく知っているかといえば、ぜんぶ本人達から聞いたからだ。
ノブは誤魔化せても、鼻のいいヴェンガルには焼き肉屋へ行ったことはバレるだろうと踏んだ三人は、先に市警団の事情聴取が終わっていたヴェンガルのもとを訪れると、洗いざらい白状したのだ。
しょうがない奴らめと思ったが土下座せん勢いで謝ってきた上、手土産に大好きな銘柄の高級酒「大吟醸 きゃんべら」(一本2000ダリー)をくれたし、
連中の心配する通りノブに本当のことを話したところで何の得もないと思ったから、黙っていることにしたのだ。
……長く一緒にいれば隠し事の一つや二つはできるもんだ。
余計なことは知らなくていいから、そのままのお前で、まっすぐ進めよ、ノブ!!……
声に出さず励ましつつ、「きゃんべら」に合わせるつまみは何にしようかなと考えているヴェンガルの前方で、気分を良くしたノブが
「よーーし、今日は久しぶりに焼き肉へ行くか!!」
と叫んだが、また今度にしようと速攻で断られた。
その日の夕飯は三人のリクエストで蕎麦屋へ行ったが、それはそれですごく美味しかったのでもういいと思う。この話もこれで終わりでいいと思う。
※大吟醸 きゃんべら……太平洋の波でサーフィンしたすぎてニャマガタ県からオセワニワ大陸へ移住した造り酒屋の次男坊が、故郷の味恋しさに現地で作った日本酒。アルコール度数はテキーラ並の35度。
一口飲めば灼熱の太陽が照りつけ、波の音が響くあの夏の海岸へトリップできる。
夏の海辺もサーフィンも縁がなくてピンと来ないという人もそこそこ楽しく酔えるけど、お酒を飲むときは節度を保って楽しもうね!!