適当に冒険していたレベル不足パーティーの末路②
もはや破局は決定的となった恋人たちの様子を見てユウジとボンゴがげらげら笑い出すと、マリンは動いた。
笑い転げる二人に無表情でつかつかと近づくと、両手を振り上げる。
ビンタでも食らわすのかと思ったが、その手は二人の頭頂部をがっちりと掴んだ。
「うるさいんだよ、このハゲーーーーーーーーー」
数年前によく聞いた感じの叫びとともに、ユウジとボンゴの髪が毟り取られた。
一瞬、マリンが力任せに二人の髪を頭皮から引っこ抜いてしまったのかとノブは錯覚したが、違う。
本物の髪ではなく乗っかっていただけだ。
覆っていたものを奪われ、二人の頭は惨憺たる様相になっていた。
ユウジは絵に描いたようなバーコード、ボンゴはもう無毛で肌色に輝いている。
もちろん禿げているからって悪いことではないのだが、カツラを被ってまで隠そうとしていたものを晒されてしまっては、驚いていいのか気の毒に思えばいいのか正解がわからない。
いやこの状況に正解なんてあるのか……?
混乱し狼狽するノブのことなどお構いなしに、マリンは悪魔のような形相で笑いながら、両手に持ったカツラを振り回す。
「ギャンギャン吠えやがって、耳障りなんだよハゲども」
ちょっと前まで演じていた可憐な白魔道士の面影はどこへやら、顔つきも凶悪なら声も低い。
ここまで酷くないけどミアも二面性あるし、白魔道士ってみんなこうなんだろうか。
「何すんだ、返せ!!」
憤慨したユウジが、マリンの手からカツラをひったくる。
頭皮に残っている筋状の髪が、風にそよいでいるのが物悲しい。
「俺のはハゲじゃなくてスキンヘッド!!
それにこれはヅラじゃなくて髪の毛風の帽子だあ!!」
意味不明な言い訳を叫んで、ボンゴも自分のを取り返す。
興奮して顔が真っ赤になっているが、露わになった頭頂部まで赤く染まってしまっている。これも物悲しい。
急いでカツラを被り直す二人を、刺すような鋭い目で見ながら、マリンは冷たくこう言い放った。
「もうアンタたちなんか顔も見たくない!
さっさと消えて、どっか行って!!」
パーティーを壊滅させる、決定的な言葉だった。
「こっちのセリフだ馬鹿野郎」
「やってらんねえぜ畜生、あばよ」
口々に捨て台詞を吐き、ユウジとボンゴは足早に去っていく。
直し方が不十分だったものか、その頭頂部でカツラが浮いて揺れており、遠ざかっていく後ろ姿がとても切ない。
二人が見えなくなると、マリンはスミャホを取り出した。
サッとお目当ての番号をタッチして、耳に当てる。相手はすぐ出たようだ。
「あ、もしもしリュウヤぁ?今から会えないかなあ?」
笑顔が弾け、いつもの男心をくすぐる甘い声が唇から転がり出る。
リュウヤって誰だ、タイガはどうした。何人ホスト抱えてんだ。
「うん、うん、いいの。もう明日からヒマだから~~。
冒険?知らなーーーーいっ」
スミャホから耳を離さず、通話を続けながら、軽やかな足取りでマリンも去っていく。
今更、引き止める言葉も見つからないだろう。
デイビットは立ち尽くしたまま彼女を見送った。
こうして市警団の玄関前広場には、ノブとヴェンガル、そしてデイビットの三人が残った。
仲間たちを失い、一人ぼっちになったデイビットから、助けを求めるような哀れっぽい目を向けられ、ノブは慈愛に満ちた微笑みを返すが、
「ハゲって馬鹿にするのは良くないよね」
その口から出たのはこんな言葉だった。
「誰も好きで髪の毛が抜けるわけじゃなし、デリケートな問題だからさ。
罵倒したくなっても一呼吸置いて、よく考えてから発言したほうがいいと思うんだよね」
ダメだこりゃ。予想外の事態が続いて処理できなくなってしまっている。
ヴェンガルはなるべく優しく聞こえるよう心がけながら、ノブに声をかける。
「ノブ、そこは今、フォローしなくていいから」
「いや大切なことですよ」
ノブはちょっと厳しい顔つきになって、反論する。
「禿げていてもカッコいい人はたくさんいますから。
老化現象とか身体的特徴をあげつらって馬鹿にするのは人として最低な行為なわけで……」
「もういいわボケぇ!!!!」
デイビットの絶叫がノブを止めた。
己の人徳の無さが原因とはいえ、仲間を失ったばかりの身に、息の合ったやり取りを見せられて堪えられなくなったらしい。
込み上げるどうしようもない怒りと悲しみをどうにか発散させようと、腹の底から叫び続ける。
「こんな世界、どうなろうと知ったことか!!!!
魔王とかどーーーーでもいーーーーーい!!!!」
……それ冒険者として絶対言ったらダメなやつ……
ノブとヴェンガルから何か言われる前に、デイビットは背を向けるとワーッと泣き喚きながら走って行ってしまった。
別に二人とも何か言うつもりもなければ追いかける気もないのだが。
デイビットの姿が見えなくなると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「……俺が悪かったんですかね、余計なことして」
感じなくていい責任を感じて意気消沈してしまうノブに、ヴェンガルは首を横に振ってみせる。
「遅かれ早かれ、こうなってただろ。気にすんな」
ノブの表情はどんよりと曇ったままだ。
ヴェンガルは優しくぽんぽんと背中を叩いてやりながら、励ましの言葉を募らせる。
「ほらほら、そんなに思い詰めるなよ」
「いや……実はちょっと心配になっちゃって」
ほぼ自業自得といえど目の前で一つのパーティーが瓦解したことで湧き上がってきた不安を、ノブは恐る恐る語り出す。
「俺って、ちゃんとリーダーできてるのかなって……
あのデイビットみたいにサボったりしてる訳じゃないけど、考えてみたら一人で町の周辺散策したりトレーニングしたりしてる時に仲間が何してるかなんて知らないし。
今日だって俺の勝手な都合で元々の予定を強引に変更してるし、自覚ないだけで横暴なリーダーなのかも……
みんなの信頼失っちゃってるかな……なんて……」
「ばか言え。そんな訳ないだろ」
ノブを慕うメンバーの顔をそれぞれ思い浮かべながら、ヴェンガルはきっぱりと否定した。
「あいつらがそんなことで、お前を嫌うはずがないだろ。
お前みたいに仲間のサポートも自分の修業も怠らない立派なリーダーなんて滅多にいねえし、あいつらだってその辺はちゃんと理解してらあ。自信を持てよ」
そうだといいな、と思うノブの耳に、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ノブ!」「ノブさーーん」
見れば、噂をすれば何とやら。アキナとミアとテリーの三人がこちらに駆け寄ってくる。
ヴェンガルが嬉しそうに笑う。
「さっき宿に連絡しといたんだ。
待っとけって言ったんだが、迎えに来てくれたみたいだな」
ノブのもとへ最初に辿り着いたのはテリーだった。
満面の笑顔で、ノブの肩をばしばしと叩く。
「聞いたよ、詐欺師を捕まえたんだって!?
やるじゃないか!!さすがリーダー!!」
「いや……それほどでも」
テリーにつられて、ノブも笑う。
かすかな笑顔だが、さっきまでの曇った様子とは違う、明るい顔つきになっている。
女子二人も追いついてきて、まず口を開いたのはミアだった。
どこか店に寄って来たのか、四角い包みを胸に抱えている。
「昨日の盗賊が詐欺師だったんでしょ?ノブさん、よくわかりましたね……
ひょっとして最初から怪しいと思って見張ってたんですか?尊敬しちゃう!」
「あ……いや……何て言うか偶然で」
きらきらと目を輝かせる彼女に、まさかいつもの「死亡フラグ回避しなきゃ病」が切っ掛けになっているとはとても言えない。