適当に冒険していたレベル不足パーティーの末路①
***
市警団の警備隊がカフェに到着したのは、ちょうどノブがタルトを食べ終えた頃だった。
それほど腕っ節が強いわけでもないジャレムは大人しく連行され、ノブとヴェンガルも証人として話を聞かせてほしいということで市警団の本部に移動した。
それから見たこと聞いたことを事細かく話し、あれやこれや質問に答えて、やっと解放された時にはもう午後四時近くになっていた。
ヴェンガルの聞き取りはもう少し早く終わっていたらしく、ノブが来るまで正面玄関のロビーで待っていてくれた。
ノブはよほど疲れた顔をしていたのだろう、開口一番、「お疲れ」と声をかけてくれる。
「そっちもお疲れ様です。先輩のほうが早かったんですね」
「ああ。俺は通報するために席を離れちまったけど、お前は見張りしてる間にけっこう長くアイツの話を聞いちまってたろ。
多分そのせいだな」
「なるほど」
証言記録を取っていた警備隊が、ちらっと洩らしていた話を思い出して、ノブは大きな溜め息をつく。
「あのジャレム、他にも何件か余罪があったみたいで……
逮捕に貢献したってことで、後で感謝状を送ってくれるそうですよ」
「そりゃ良かったな」
偶然が積み重なっただけとはいえ、お手柄には違いないが、いくら感謝状や称賛の言葉をもらったところでノブの気持ちが晴れることはない。
かといっていつまでも此処にいても仕方ないから歩きだすが、その足取りは重い。
「お年寄りの敵を捕まえられたのは良かったんですけど、当初の目的とは違うような……
今日一日、何してたんでしょうね、俺」
「いいじゃねえか。これでレベル不足の連中から死亡フラグを回避する方法のヒントなんて得られない、ってのがハッキリしたろ。
そもそもレベルが足りてなきゃ、どんな重いセリフを吐こうがフラグそのものが立たねえんだな」
たぶんヴェンガルの言う通りだ。
デイビット一行のようなやる気のないパーティーが英雄ぶったところでフラグは立たないというのが、答えなんだろう。
それを知るためにずいぶん体力使ったし精神も削がれた。損した。
「それを証明するついでに婆さんひとり救ったし、立派なもんだぜお前は」
なおも慰められながら歩き、正面玄関の扉から外へ出る。
もう一刻も早く仲間の待つ宿へ帰りたかったが、
「ノブさん!!」
デイビット一行の面々が通りの向こうから走ってきた。
正直もう関わり合いたくないが、鉢合わせてしまっては仕方ない。
やあ、と右手を上げて微笑むノブに、息せき切って走り寄ってきたデイビットは、深々と頭を下げた。
「すみません、ご迷惑をおかけしまして……まさかジャレムが詐欺師だったなんて!!
どうして気づけなかったんだろう……っ」
苦しげに眉をしかめ歯を食いしばり、悲愴な色に染まった表情は、見た目だけは崇高な精神を持つ若きリーダーに見える。
だがノブはもう内情を知っているので、ちゃんと早起きして様子見てたら良かったんじゃない?という嫌味なアドバイスが咽喉まで出かかったが、大人なので我慢して飲みこんだ。
「まあまあ、デイビット」
一歩踏み出したユウジが、悲嘆に暮れるリーダーを宥める。
「あいつのことは残念だったが、そんなに自分を責めるな。
この街は広いから、きっと仲間になってくれるいい盗賊が見つかるさ。
終わったことは仕方ない、また一からやり直そう」
パーティーに居る時はスイッチが切り替わるものか、頼れる兄貴分的なキャラに戻っており、母親の前で見せた暴言息子の面影はどこにもない。
ちょっと怖い気もするが人間なんて裏も表もある生き物だし、パーティーが上手く機能するなら、多少の隠し事があったって問題ないんだろう。
ノブが自分の中でそう結論づけた矢先、
「ついでに新しい格闘家も探すってのはどうだ」
爆弾発言がユウジの口から飛び出した。
当然、格闘家ボンゴは驚いて声を上げる。
「な、何だと!?てめえ、どういうつもりだユウジ!!」
そうだそうだ、いきなり何を言うか。
焦るボンゴを見るユウジの口元が歪み、嫌な感じの笑みが浮かぶ。
頼れる年上剣士の仮面が剥がれ、母親を罵倒していた時に雰囲気が寄ってくる。
「ふん……知ってるんだぞ、ボンゴ。
お前、ギャンブルがやめられなくて――――」
バレてるじゃないか……まあ、普通気づくよな。
今日だけでも競馬とパチンコ梯子してるし、普段も色々やってるだろうから。
「借金まみれで首が回らなくなってるってな!!」
それは初耳なんですけど!!
「本当か、ボンゴ!?」
怒気で声を荒げ、デイビットがボンゴに詰め寄る。
「ギャンブルに借金だって?それが真実なら、うちのパーティーにいる資格はない!
すぐに出ていってもらおう!」
きりっとした目つきで言い放つ姿は、いかにも厳格なリーダーという風情だ。
態度だけは一流なんだよなあ、と思いながら、ノブは怒れるデイビットを宥めに入る。
「まあまあ、いきなり解雇はやり過ぎなんじゃないか?
今まで一緒に冒険してきたんだからさ、一回くらいチャンスあげなよ」
何故お前がフォローする必要があるかと疑問に思うヴェンガルだが、ノブのお人好しは今に始まったことではないので黙っておいた。
だがノブのお節介は、あまり効果は無かったようだ。
責められている立場のボンゴが、不敵に笑って口を開く。
「へっ……なら俺も言わせてもらうけどよ。
居もしねえ妻子をいる風に装う、虚言癖のある奴はどうなんだよ?」
ユウジもバレてんじゃん!!
「しかも入れ上げたキャバ嬢に訴えられて、裁判所から接近禁止令出てるストーカー野郎がよ、
パーティーにいる資格あんのかよ!?」
それも初耳なんですけど……怖い、やっぱりユウジ怖い!!
「お、お前ら……俺の知らないところで何てことを……」
次々と明るみになる真実を耳にして、デイビットがうろたえているが、もはや驚愕が大きすぎてフォローする気にはなれない。
恋人のピンチに、傍観していたマリンが動いた。
デイビットの前に躍り出ると、両手を広げて立ちはだかる。
「二人ともやめて!!デイビットが困ってる!!」
目に涙を溜め、小刻みに体を震わせながら、大の男二人から自分を庇おうとするマリンの健気な様子に、デイビットは胸を打たれたようだ。
「マリン……」
たとえ他の仲間を失っても、彼女さえ残っていればそれでいい。
なんてことを思っているのだろうが。
「あ?何言ってんだアバズレ」
「お前に言われたくねーんだよ」
冷めた表情でマリンを眺めながら、ユウジとボンゴが交互に言葉を放つ。
この流れならそうなるよね、バレてるよね。
そんで、初耳の新事実もあるよね絶対。
覚悟を決めたノブに、ユウジとボンゴは声を揃えてマリンの秘密を暴露する。
「ホストにどっぷりハマってるくせに!!」
そうきたか……タイガ、ホストだったんだ……
ちょっと待てよ、そうすると浮気ではない?
いやホスト遊びも浮気になる?
別物だったとして、どっちがより悪いの?
ホスト遊びと浮気って、どっちが……
もうわからない、思考がついていけない。
当然、デイビットはノブ以上に衝撃を受けた。
信じられないとばかりに大きく見開いた目で、マリンを見つめる。
「ほ、本当なのかマリン!?」
問い詰める声も少し震えている。マリンは勢いよく首を振った。
「嘘に決まってんじゃない!!
あたし、そんなことしてないもん!!」
当然、デイビットは恋人の言い分を信じたいだろうが、他の二人はそれを許さない。
見る者を不快にさせるニヤニヤ笑いを浮かべながら、まずはユウジが口を挟む。
「前にお前が見つけた、小物入れに隠してあったツーショットのプリ……
一緒に写ってるの兄貴だって言ってたけど、ぜんぜん似てなかったよなぁ?」
同じく口角を吊り上げて下衆じみた風に笑い、ボンゴが追撃する。
「今年のお前の誕生日にプレゼントした靴、ぜんぜんサイズ合わなくて履けてなかったよなぁ……
あれ、本命のホストとサイズ間違えてたんじゃねえか?」
いや~~危機管理能力ザルだなあ、マリン。
「マ、マリン……」
恋人を見るデイビットの目は、涙ぐんでいる。お前も気づけや。