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第一回宿屋会議②

 

 ***


 全員がページを読み終えた頃、ノブはゆっくり顔を上げ、一言だけ声に出した。


「……な?」


 唯一、ヴェンガルだけが頷いたが、あとのメンバーはさっぱり訳がわからない。


「いや……な、って言われても、何の事だか」


「なにぃ!?」


 当たり前の疑問を口にしたアキナに、ノブは声を荒げる。


「ピンとこないか!?このパーティーどう考えても……主人公パーティーだろ!!」


 雑誌のウィルフリード少年をビシッと指差しながら主張するリーダーだが、まったく疑問は解消されない。


 どうしたんだリーダーは。

 昼間にエンカウントした毒キノコモンスターが吐いた毒の粉にまだやられているのか、と言いたげなメンバーたちに、ノブの苛立ちはどんどん高まっていく。


「ああもう、ハッキリ言うよ!!魔王倒すのはこの人たち、勇者ウィルフリード一行‼」


 メンバーに反論する余地を与えず、ノブは次の一言を叫んだ。


「そして俺たちはモブだあああ」


 その悲痛な叫びは四方の壁に跳ね返り、パーティーを襲う…が、一番ダメージを受けたのはノブ本人のようだ。

 おのれの言葉に恐れおののき、頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまう。


「おお…言ってしまった……ついに……」


 嘆くリーダーの肩を、ヴェンガルの小さな灰色の手がそっと叩く。


「よく言ったぜノブよ。いつかは伝えなきゃいけねえことだ」


「ヴェンガル先輩……」


 重苦しい空気になっているものの、女子二人はついていけずにポカンとしてしまうが、盗賊テリーは頷いている。


「そういうことか……うん、悲しいけど、ちょっと解るかも」


「どういうこと?」


「つまり、このパーティーには魔王を倒すセオリーって言えばいいのかな?お約束みたいのが揃っているんだよ」


 アキナの問いに答えるテリーは、ちょっと楽しそうだ。説明するため雑誌を引き寄せる。


「略さなきゃいけないくらい長い名前の主人公。

 クリスチャンでもないのに名字との間にある謎の名前を持つヒロイン。


 それに細分化された職業……剣士と傭兵って、だいたい装備できる武器・防具、一緒じゃん?だったら両方、剣士でいいじゃん。分ける必要ある?


 更には魔法大陸だっつってんのにメカニック担当までいる…しかも少女……

 うん、魔王倒すのこの人たちだわ。主人公パーティーで間違いないわ」


 自分の放つ言葉にどんどんとダメージが蓄積されていったようで、楽しそうだった様子はどこへやら、テリーも落ち込んでしまった。

 負けん気の強いアキナは、しおれている男子たちに腹が立ってきた。


「そんなこと、わかんないじゃない。大体、今どこまで進んでるのよこの子たち?」


「シルフ・エレの村を出たところみたいですね」


 答えたのはミアだ。ここまで言われるパーティーに興味が湧いたらしく、特集記事を目で追っている。

 シルフ・エレといえばノブ一行はもう二カ月も前に訪れた平和な村である。


「水晶の滝がある村だっけ?なーんだ、ぜんぜん、まだまだのトコじゃない」


 ほっとしたアキナだが、記事を読み進めるミアの表情はだんだん険しくなっていく。


「ん……でも何か、変なこと書いてありますよ。“滝の謎を攻略して『風の聖弓』を入手した”……?そんなイベントありましたっけ」


「ない」


 それに答えたのはノブだった。


「正確には、俺たちが行った時には起きなかった、だ」


 いつものノブとは思えない、冷たく響く低い声だ。


「詳しくは後半の特設ページに書いてあるので読んでほしいが……


 水晶の滝の前で『ささやきの笛』を吹いたら滝が割れ、裏側にシルフィードの園が広がってて、

 そこで暴れてた魔物を倒したら妖精たちがお礼に『風の聖弓』をくれたんだとさ」


「な、何その素敵なイベント!?ささやきの笛!?どこにあったのよそんなの?」


「村はずれに『妖精の大樹』って大きな木があっただろう。

 黄昏時にその前を通ったら、この美しいセリーナさんがふしぎな歌声を聞いて、その通りに歌ってみたら白い妖精が現れて笛を授けたそうだ」


「すてきーー!!」


 ぴったり合わせて女子二人が叫ぶ。

 雑誌の中、優しげに微笑む銀髪美少女に比べれば地味でも、心はファンタジーを愛する乙女なのだ。


「すご、めっちゃファンタスティック……ミア、あんた聞こえなかったの?」


 アキナに問われるも、ミアはふるふると首を横に振った。


「何にも。あの村で覚えてるのって、名物のブルーベリーラーメンがクソ不味かったことだけです」


「しょーもない記憶だな」


「ミアちゃんを責めるなアキナ!そんな資格はお前…いや、俺たち誰にもないんだ」


 含みを持たせたノブの言葉に、アキナは首を傾げる。


「どういうこと?」


「シルフ・エレの村の前にギノッソスの洞窟ってあっただろ」


「ああ、ドワーフが掘ったって伝説のあるやつね」


 その洞窟ならよく覚えていた。

 近くの村人がしつこく「強くておっかない盗賊が住み着いているから行くなよ、ぜーーったい行くなよ」と言ってたからだ。

 もちろん、危ないので行っていない。


「その通り。あの洞窟近くにあった、ドワーフの王様を祀っているっていう祠にお参りして、銅貨を一枚お供えしただろう」


「うん、覚えてるわ。旅の安全祈願のおまじないだっけ?

 パーティーで最も『力』の数値高い者が供えないとご利益がないからって聞いて、私が持ってた銅貨でやったけど……」


 自分で言いながら、嫌な予感が襲ってきた。


「まさか……」


 不安がるアキナに、ノブは無慈悲に頷く。


「そのまさかだ。このパーティーが同じことやったら、マジでドワーフ出たんだってよ」


「嘘だろ!?」


 動揺するアキナに対し、ノブは妙に冷静だ。


「いや本当本当。

 そんで、そいつに案内されて、洞窟の最深部まで行って、そこを根城にしてた盗賊と悪いドワーフ倒して、ウルフマン仲間入りして、『大地の盾』ゲットしたって」


「そんな……」


 勢いを失い、しゅんとしてしまったアキナだが、素直にミアに頭を下げる。


「ごめん、ミア。私だって力不足だったのに……

 あの祠で覚えてるのって、お堂に飾られてた『ハイパーマッスル&ハンサムドワーフキング』って銅像がめちゃくちゃ気持ち悪かったってことだけだわ」


「いいんですよ。アキナさんの記憶もしょーもないですね」


 許し合う女子たちに笑顔が戻ったところで、再びノブが口を開く。


「ミアちゃんもアキナも力不足だったわけじゃないぞ。

 さっきも言ったけど、こういう一連のイベントはこの人たちじゃないと起きないんだ。


 傭兵さんとメカ少女が仲間に入った時も、もれなく普通じゃない事件が起きている。


 酒場のマッチングシステム使って組んでる俺たちみたいなパーティーとは、背負っているものが根本から違うんだ」


「あの……いいですか?」


 フォローになっているようでなっていない言い分に、恐る恐るミアが手を上げる。


「はい何だろう?何でも言ってみてくれ!」


 ノブの勢いにちょっと気圧されつつ、ミアはゆっくりと意見を述べる。


「この人たちが何かスゴいのはよくわかったんですけど……それでも、まだ私たちのほうが結構、先に来てるしレベルも高いですよね?


 普通に考えたら魔王を倒すチャンスがあるの、私たちの方だと思うんですけど」


「そ……それは……」


 ノブが続く言葉を出せず、黙ってしまうと、


「そうだな、ミアちゃんの言う通りだよ!」


 ミアの考えに勇気づけられたテリーが立ちあがった。


「結構な数のパーティーが挫折していくなかで、俺たちは諦めずにここまで来たんじゃないか。

 俺たちにだって魔王、倒せるよ!」


「……よく言うじゃない?努力は裏切らないって」


 アキナの声は落ち着いている。二人の勇気に当てられ、動揺は消えていた。


「この新人たちがいくら凄くたって、先に魔王城攻略したもん勝ちよ。

 モブで上等!雑草魂、見せてやりましょうよ!!」


「それ、いいですね、雑草魂!!」


「うん、地道に冒険して、こつこつレベル上げしてきた俺たちにピッタリだな!雑草魂‼」


 ライブ後のアンコールのごとく、雑草魂というワードを繰り返しながら拳を振り上げる三人の姿と裏腹に、ノブとヴェンガルの表情は暗い。


「わかってない……わかってないよ、やっぱり……」


 一瞬、それがノブの口から出た言葉と、三人はわからなかった。

 今までに聞いたことのない、不気味に静かな声を響かせるノブの顔は、幽鬼のごとく青白い。


「やっとここまで来れた……努力は裏切らない……雑草魂……?

 こんなもの、モブパーティーにとっては死の呪文でしかない……


 こういう、ちょっといいこと言って団結力を上げていくたびに……


 打倒魔王って燃えれば燃えるほど……

 ぶっとい死亡フラグがバカスカ立っていくんだよおお‼‼」


 聞く者の胸を打つ、悲痛な叫びだった。

 死亡フラグ、とは聞き慣れない言葉だが、ノブの様子から尋常でない事態がパーティーに起きているということは何となく伝わってくる。


「死亡フラグ、聞いたことあります」


 重々しい雰囲気の中、口を開いたのはミアだった。緊張している声だ。


「どんな即死系呪文よりも恐ろしい、死の呪いだと」


「その通りだ」


 頷きながらヴェンガルが引き継ぐ。


「そいつを立ててしまったが最後、よほど上手く回避しない限り、全滅は必至‼

 説明してやれ、ノブ。このまま俺たちが突き進んだとして、その先に待っている展開を」


 頼もしい先輩から促されてノブは、リーダーらしい、強い目つきで一人一人を見渡した。


「心して聞いてくれ、みんな。今の状態で魔王城10階まで行ってしまえば俺たちは、まず間違いなくこうなる」



※ブルーベリーラーメン・・・シルフ・エレの村の村長が、友人のラーメン屋店主と酒の席で盛り上がった際、ノリで考案した名物ラーメン。


サワークリームを練り込んだ、甘酸っぱくてコシのある細麺と、煮干しベースのおいしいスープに濃縮ブルーベリーエキスをぶっ込んで台無しにした紫色のスープが特徴的な一品。


見た目のインパクトと一口ごとに襲ってくるマズさから、ネタ目的のためと罰ゲーム以外で注文されることはまずない。


同じラーメン屋の看板メニュー「あっさり和風だし醤油ラーメン」はとってもおいしいので、よい子はそっちを注文しよう。




※ハイパーマッスル&ハンサムドワーフキング・・・太古の昔、地下資源をめぐって同族間の争いが絶えなかったドワーフたちをまとめ、一つの国家を造りあげた伝説の王「グレート・バルタザールⅠ世」をモチーフとした赤銅の像。


ハゲ散らかした中年男性がブーメランパンツ一丁でポージングし、隆々とした筋肉を見せつけてくるその姿は、肝心のドワーフからも微妙に嫌がられている。

特に女性はよほどの用がない限り、祠にすら近寄らない。



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