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尾行してみよう④

 夏場、放っておいた食パンに生えちゃったカビのような緑色で、よく見たら不気味な顔をかたどっている。

 横に広くて半開きの目に、ひっつぶれた鼻。

 めくれあがった分厚い唇は歪んだ笑いを浮かべ、歯が一本もないかわりに表面にブツブツのある舌が覗いている。

 年老いたトロールとガマガエルを混ぜたような、とにかく不快な顔だ。


 これにはおばあさんも戸惑いを隠せない。


「何だか怖い顔だねえ……」


「そこがこの壺の秘訣なんだよ!!」


 ジャレムはとびっきりの笑顔を浮かべ明るい声を出しながら、壺のふちを撫でてみせる。


「これは魔族も恐れる最強の邪神、ガムルゴムルの力を封じ込めた壺なんだ!」


 ……これは、ものすごく悪い方向へ風向きが変わったような……


 ノブと同じく不穏なものを感じて仕方ないのだろう、ヴェンガルが胡散臭そうに目を細めながら、ノブをちらりと見る。


「ガムルゴムル……?聞いたことあるか、お前」


 ノブは首を横に振った。


「いや、全然」


「だよなぁ」


 離れて見守っている二人と同様、そう簡単には信じられず不審そうに壺を眺めるおばあさんに、ジャレムはさらに畳みかけていく。


「コレね、正規の価格だと20万ダリ―超えちゃうんだよね」


 高けぇ……20万あったらいい装備買い揃えて、おつりで寿司食べる……


「おばあちゃんになら、半額の10万で譲ってあげるよ!!

 こうやって出会えたのも、何かの縁だからね!!」


 そんな縁、今すぐ切れちまえよ!!10万あったらいい剣買っておつりで寿司食べるわ!!


 おばあさんはますます困り、片手で頬を押さえながら首を傾げる。


「う~~ん……それでも高いねえ」


 そうだよねおばあさん、ぜっっったい買っちゃだめだよ!!

 10万あれば娘さん家族と連れ立って夢の国(あのランド)へ旅行できるよ!!


 がんばれがんばれとノブは心の中で声援を送り、おばあさんもウンとは言わないが、ジャレムは諦めない。


「でも寄り合い馬車だと一回の往復で二千ダリーくらい使うでしょ?

 この壺の値段は五十回の往復分と同額だから、月に二回使えば、二年くらいで元はとれちゃうんだよ!!」


 スラスラとまくし立てる様子はいかにも手慣れていて、プロの手口を思わせる。

 これはもう、悪質極まりない詐欺で間違いない。ユーザーの皆さんも気をつけてください。


 おばあさんは豹変したジャレムにおろおろとしつつも、買う気はないらしい。


「月に二回も行かないし……」


 いいぞおばあさん、キッパリ断っちゃって!!


「お友達や家族と、みんなで使えばいいよ!そうすれば月二回、二年なんてあっという間だよ?」


 しぶといなコイツは!!


「今、そんなに持ち合わせないから……急に10万も用立てられないしねえ」


「月賦でいいから!!ああ~~もお、しょうがないなあ!!」


 ジャレムの声がひと際大きくなり、いらついているのが伝わってくる。

 手を動かしたので暴力に訴えるようならすぐに止めようと立ち上がりかけたが、また荷物入れを探っただけだった。


「今回は特別にこれも付けるよ!!」


 高らかにそう言ってテーブルに置いたのは、さっきの邪神の顔のペンダントだ。


「これで効果も二倍だ!!」


 要らない!!なんか壺より立体的で、より気持ち悪い!!絶対、身に着けたくない!!


「ほんとに凄いご利益だから!!ゲメラギメラ!!」


 さっきと邪神の名前が違うんだけど!!


 もうこれ以上は、観察の必要もないと判断したヴェンガルが動いた。

 まだ少し残っていたどんぶりの中身を平らげ、すっかり冷めてしまった味噌汁を飲み干すと、椅子からぴょんと飛び下りる。


「……市警団に行って、警備隊呼んでくるわ。

 あの婆さんも信じちゃいねえようだから大丈夫だろうが、一応お前、最悪なことにならないよう見張っててくれ」


「……はい」


 会話を聞いているだけで精魂尽きたノブはもう、短くそう答えるのが精一杯だった。


 ヴェンガルが行ってしまうと、無性に甘いものを食べたくなった。

 糖分摂取は疲労に効くとさっき聞いたし、せっかくお洒落なカフェに来ているのだからケーキでも食べておこうと思い立ち、メニューのデザートのページを開く。


 ケーキもパフェもたくさん種類があって迷うが、スイートポテトのタルトなんか美味しそうだ。

 本日のスペシャルケーキというのもちょっと気になる。


 どっちかにしようと決め、近くを通りかかったウエイトレスを呼び止めた。

 足早にノブのテーブルに来たウエイトレスは、注文票を片手にとびっきりの笑顔を降り注いでくれる。


「ご注文をどうぞ~~」


 光輝くような営業スマイルに、ちょっと救われる。


「えーっと、コーヒーおかわりと……本日のスペシャルケーキって何ですか?」


「はい、産地直送ハニーメロンのショートケーキとなっております!」


 あまり好き嫌いのないノブは、いつもなら「じゃあ、それで」と答えるところだが、今日ばかりはそれはできなかった。


「すいません……スイートポテトのタルトで……」


「かしこまりましたあ!」


 ノブの注文を受け、ウエイトレスはきびきびした足取りで厨房へ向かう。

 その通り道にジャレムのいるテーブルもあったものだから嫌な予感がしたが、ウエイトレスさんが横を通る時にやっぱり、ちらっと胸のあたりを見た。


 今更もう不快感すら湧き上がって来ず、ノブはただケーキと市警団が来るのを待つのだった。






※メロンケーキ……メロンの季節じゃなくない?と思った方も多いでしょうが、ハウス栽培なんでOKということで……あとほら、魔法大陸だから……秋メロン的なやつがある感じのあれで……

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