尾行してみよう③
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色々ありすぎて遠くまで歩く気力もなく、ノブとヴェンガルは近場のカフェレストランに入った。
まだ昼食には早い時間なのでテーブルも空いており、注文した食事も数分で用意してもらえた。
ヴェンガルの前にはボリュームたっぷりのサーロインステーキ丼と味噌汁、お新香盛り合わせが並んでいるが、ノブのほうにはコーヒーとミニサラダの小鉢しかない。
「おいおい、それだけでいいのか?せっかくおごってやってんだ、もっと食べろよ」
器用に箸を使ってステーキと米を口に運びながら、ヴェンガルがメニュー表を差し出してくるが、ノブは受け取らない。
「食欲なくて……」
「そうか?じゃあ甘いものなんかはどうだ。疲れた時には糖分摂取が効くぞ」
かわりにメニューを開き、ヴェンガルは「おっ」と声を上げる。
「パフェもケーキもいっぱいあるな。メロンパフェなんか美味そうだぞ」
剣士ユウジのお母さんを思い出して、ノブは思わず口元を押さえる。
「メ、メロンは今、ちょっと……」
ひとつ思い出せば、ユウジと母親の大騒ぎがどんどんと記憶に蘇ってくる。
ノブは長々と溜め息をついた。
「あの剣士さんは、どうして妻子がいるなんて嘘ついてたんでしょうね?
そんな作り話したところで、なんか得があるとも思えないんだけどな……」
年を重ねているヴェンガルには、理由がわかるのだろう。ステーキ丼を食べる合間に、説明してくれる。
「お前はまだ若いからピンと来ねえだろうがな、あいつの年頃はたぶん、32か33かそこらだろ。
そのくらいの年齢になると友達とか年の近い親戚とか、どんどん結婚して家庭を築いていくからな。
自分だけ取り残されたような気になって、焦っちまうんだよ。要するに見栄だ、見栄」
「うーん……」
ヴェンガルが懸念した通り、まだ二十代前半のノブは、理屈を聞いてもわかったようなわからないような気分になっただけで、モヤモヤは晴れない。
「見栄を張るための嘘、賭け事、浮気、おまけにリーダーは二日酔い……どうしてそんなことになるんだろう。
あの人たち、冒険、楽しくないんですかね?」
それは純粋な疑問だった。
森や山で目にする、本でしか見たことのなかったモンスターや動植物。
初めて訪れる村や町、そこに住む人々との交流、冒険者たちとの出会い。
もちろん命の危機に瀕したこともあるし、冒険者に優しい人達ばかりではないから楽しいことばっかりじゃないけど、ノブは冒険が好きだ。
先へ進むレベルアップのためなら戦闘だって苦にならない。
だからデイビット一行の体たらくを理解できず苦悩してしまうのだが、ヴェンガルはあっさりしたものだ。
「ま、レベル50までは行ってんだから、連中も頑張ってるほうだぜ。
30も行かないうちに辞めちまうパーティーが殆どだからな。
危険なわりに、なかなか目に見える形で結果の出ない商売だからよ、モチベーション保つだけでも難しいもんだよ」
「……そんなもんですかね」
沈んだ気分を持て余しながら、ぬるくなってきたコーヒーをすするノブの耳に、聞き覚えのある声が入ってきた。
「足元、気をつけてね。おばあちゃん」
はっとして声のほうを見ると、盗賊のジャレムがいた。
一人ではない。七十代くらいのおばあさんと一緒で、彼女がテーブルにつけるよう椅子を引いてあげている。
「まあ~~、すみませんね。ご親切にどうも」
ニコニコと嬉しそうなおばあさんに、ジャレムも優しげな笑顔を返す。
「いいよいいよ、気にしないで、ゆっくりでいいからね」
おばあさんが無事に座るのを見届けてから、ジャレムもテーブルにつく。
正面から向き合って座ったジャレムに、おばあさんは深々と頭を下げた。
「さっきは役所まで案内してくれて、どうもありがとう、ジャレムさん。
本当に、お礼はお昼ご飯だけでよろしいの?」
「いやあ、役所なんてすぐ近くだったからね。お昼をいただくだけでも、行き過ぎなくらいですよ」
「まあまあ、ほんとに本当に、なんてご親切な……」
感極まった様子のおばあさんに、ジャレムは当たり前のことをしただけだから気にしないでほしいと繰り返す。
柔和で穏やかなその顔は、昨日、背を丸めて卑屈に振る舞っていた盗賊とはまるで違う。
親切な好青年そのものだ。
ノブは胸を高鳴らせながら、勢いよくヴェンガルのほうへ向き直る。
「先輩、あれ……!!」
それ以上は言葉にできないノブに、ヴェンガルは二度三度と頷いた。
「大したもんだ。なかなか出来ることじゃねえ」
「そうですよね、そうですよね!!」
ジャレムのお陰でさっきまでの沈んだ気分が晴れていく。ノブはまた勢いよく首を回して、ジャレムとおばあさんへ目線を戻す。
その後も、ジャレムの気づかいは続いた。
カフェに慣れておらず注文に四苦八苦しているおばあさんに、おすすめのメニューを一つ一つ説明して希望を聞き、自分はお店で一番安いランチメニューのサンドイッチを注文。
料理が来た後も、若い人とお喋りできるのが嬉しいのか、ついつい口数が多くなってしまうおばあさんの話を、嫌な顔一つせずニコニコと聞き相槌を打つ。
彼の行動に、救われたのはおばあさんばかりではない。その優しさを目の当たりにして、ノブも心が洗われる気分だ。
ジャレムが心清らかな青年だからといって、デイビット一行の呆れた行動の数々が帳消しになるわけじゃないし、ウエイトレスが近くを通りかかるたびにチラチラ見てるのも気になるけど、もういい。
君こそ、真の冒険者だ。ひとりでも真の冒険者が所属するパーティーなら、この先もきっと乗り越えられるさ……!!
歓談するうちに料理の皿は空になって片づけられ、ジャレムとおばあさんのテーブルには食後のコーヒーが運ばれてきた。
長くお喋りしておばあさんも疲れただろう、そろそろお開きにするタイミングだ。
おばあさんはコーヒーに手をつける前に、ジャレムにお辞儀をした。
「あなたのおかげで、今日はとっても楽しかったわ。ありがとうジャレムさん」
もう何回目になるかわからない感謝の言葉に、ジャレムはいやいやと首を横に振る。
「それはこっちのセリフだよ。僕はただ自分のしたいことをしただけなのに、お昼までご馳走になっちゃって」
本当に、なんて素晴らしい青年なんだろう。見習いたいものだ。
「ところでおばあちゃんは、メイウォークの市外に出ることって、あるかな?」
ジャレムはまだ雑談を続けるつもりらしい。
さっきまではおばあさんが喋ってばかりだったから、彼のほうから何か話したいことがあるのだろう。
おばあさんはちょっと考えてから、その質問に答えた。
「ええ、もちろん。娘がちょっと遠くの町に嫁いでいるからねえ。
寄り合い馬車に乗って、会いに行ってますよ」
寄り合い馬車とは、市が運営している護衛付きの大型馬車だ。
祝日や安息日を除いてほぼ毎日、午前中と午後の二便が周辺の町や村を往復している。
「そっか、寄り合い馬車でね」
うんうんと頷くジャレム。娘さんやお孫さんの話を聞きたいのかと思ったが、違った。
「でも馬車って、料金高くない?」
ノブはモンスターと戦闘してなんぼの商売であるから馬車は使わないが、確か往復で二千ダリ―くらいのはず。
それにしても唐突に、何を言い出したのだろう。
おばあさんも質問の意図がよくわからないようで、困惑した顔をしている。
「まあ安くはないわねえ。でも安全には代えられないから」
その言葉を待っていたとばかりに、ジャレムは使っていない椅子に置いてあった荷物入れの袋へ手を突っ込んで、ごそごそと探り出した。
「実はね、護衛なしでも安全に旅ができる、いいモノがあるんだよ!」
そう言ってドンとテーブルの上に置いたのは、陶器の壺だった。
※ダリー……1ダリーは約5円くらいの価値。今決めた。